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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第七章 送り犬・番外
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送り犬・番外14

 三人は、鬼塚へ飛んだ。経若丸(つねわかまる)の異変を知らせた長寿丸(ちょうじゅまる)は物陰に隠れていた。目立った変化はないが、強い妖気を感じる。呉葉(くれは)が鬼女紅葉の遺体を移動した手下たちの墓石が、ぐらぐらと動き出した。


黒っぽい煙のようなものが、四方八方から飛んで来ると、その墓石の下に吸い込まれている。琥珀には邪悪な気があちこちから飛んで来て、墓石の下へ入って行くのが見えた。


「これは!いかん!呉葉さんの監視がなくなったので、経若丸が邪気を集めている。強大なパワーになるかもしれない」

「こんなに邪気って多いのですか?どんどん増えてます、晴茂様」

琥珀が言った。晴茂は、呪文を唱え始めた。


晴茂は、たて続けに印を切る。右手を高くあげ、人差指と中指を立てた。その二本の指先に気を集中させ、「かっっ!」と喝を入れた。二本の指先からは、白い光が飛び散り、墓石の下へ吸い込まれる邪気が止まった。


「いやはや、これは経若丸の妖気が、人間の邪悪な感情を妖気に仕立てて連れて来ている」

「ええ?人間の邪悪な感情が妖気に変わる?」


「そうだ。恨み、妬み、嫌悪、怒り、欲、そんな邪気だ。そりゃあ、いくらでもあるよ。人間の邪気ほど手強いものはないから、経若丸もいいところに目を付けたもんだ」


 人間の邪気は大小様々だが、数え切れない程の量だ。その邪気を集め妖気に変えようとしている。第六天魔王(だいろくてんまおう)から授かった呉葉の妖気が、経若丸の邪悪さで増長され、そんな術を生み出したのだ。もし、それが成功するなら、大きな脅威だ。


墓石が静かになった。邪気を吸い込むのが何者かに止められたと経若丸が気付いたのだ。


 これまでに、どれほどの邪気を吸い込んだのか分からない。人間の邪気が、経若丸の妖気で、更に邪悪な妖気に昇華されているのだろう。晴茂は、恐ろしく強くなったかもしれない経若丸の動きを待った。しかし、動かない。


「呉葉さん、長寿丸と身を隠してください。経若丸があなたを見つけると、更に凶暴になるかもしれない」

呉葉と長寿丸は五輪塔の中へ身を隠した。


 晴茂は、白虎(びゃっこ)青龍(せいりゅう)玄武(げんぶ)朱雀(すざく)を呼び、それぞれ西東北南の四方を守る方角に配置した。そして天空(てんくう)勾陳(こうちん)を呼び、墓石の前で、経若丸を見張れと指示をした。


四獣神には、決して経若丸をこの一角から脱出させるでないぞ、と念をおした。

経若丸が動いた時は、天空剣と勾陳の呪術で、徹底的に戦えと指示をした。


「晴茂様、わたしは何をすればよろしいか」

琥珀が聞いた。戦いの足手まといになりたくなかったからだ。


「琥珀は、僕と一緒に来い。経若丸や呉葉の生みの親である第六天の魔王に会う」

「はい、晴茂様」


「ええ…?第六天魔王に会えるのか?晴茂殿」

天空の問いに、晴茂は会えるはずだと答えた。


 第六天は、仏法で言う人間界の最上階に位置する。普通の人間が辿りつける最も上位の階だ。それより上は、悟りを開いた者しか登れない。第六天の魔王は、人間をその上に行かせまいと、様々な邪魔をする。だから、『魔王』なのだ。そんな第六天魔王に会おうと、晴茂は言うのだ。


この場を任せたぞと天空に言うと、晴茂と琥珀の両人は飛んだ。


 天空と勾陳は身を潜めて待った。辺りは静寂に包まれていた。経若丸は動かない。時が過ぎてゆく。微風さえない。この一帯の時が止まったように思える。


剣を握る天空の指が、みしみしと力んだ。

「経若丸が動く!」


天空のその言葉を待っていたかのように、立ち並ぶ墓石の下から天に向かって火柱が登った。


橙色に閃光(せんこう)が弾けた。そして、あっと言う間に、火柱が消えた。再び、辺りは静寂に包まれた。


「ちぇっ!派手なご登場にしては、姿がないぞ」

天空は、剣先を持ち上げ、気を集中した。あの岩陰だな。


天空の剣が岩を目掛けて伸びた。

「そこだっ!」

天空の剣は岩を砕いた。


すると岩の向こうから真っ黒な煙が立ち昇る。その煙は、もくもくと大きくなり鬼の姿に変わった。

「出たな、鬼めっ!」


天空は再び剣を正眼に構えた。


「安倍陰陽師の式神だな。積年の恨みを晴らす時がきたぞ」

何とも(おぞ)ましい声だ。地の底を這って湧き出たような経若丸の声だ。


「わしは、安倍晴明(あべのせいめい)の呪術で本来の身体を奪われた。他人の身体で生きる口惜しさが分かるか。しかも、晴明の小賢しい知恵がなければ、わしは源経基(みなもとのつねもと)の家督を継ぎ、朝廷の頂点まで登り詰めるはずであった」


真っ黒な煙の鬼は、更に大きくなり(うな)った。

「陰陽師、安倍家は根絶やしにしてやる。喰らえっ!」

経若丸は怨念の玉を放った。天空、それに勾陳は難なくそれを避けた。


地面に当った怨念の玉は弾けてその辺りに漂う。強烈な怨念玉だ。

「怨念の玉に触れるな!勾陳、頼むぞ」


天空が勾陳を促した。勾陳は、口から黄色い気を吐いた。勾陳の気が、怨念の玉を無毒な石に変えてゆく。


天空は高く飛び、剣を一閃振り下ろした。

「これを受けてみろ!」


天空の剣はするすると伸びて、鬼の左肩をとらえた。見事に鬼の身体を袈裟(けさ)掛けに切り裂いた。天空には手応えがあった。


しかし、切り裂いたはずの鬼は黒い煙となり、再び元の鬼に戻った。

「はははは、天空剣か。おまえの剣は、わしには効かん」


天空は自分の剣がこの鬼には何の威力もないことに驚いた。

「そんな、馬鹿なっ」、天空は剣をじぃっと見た。

「天空剣が効かないとは…!」と放心状態だ。


「危ないっ!」


玄武の声に目をやった天空は鬼の怨念玉を目の前に見た。

「しまった、気付くのが遅い!」 天空は観念して目を閉じた。


ばーん、と鈍い音が聞こえた。


目を開けた天空の直ぐ前に、黒色の亀の甲羅(こうら)が光っていた。

「天空、飛べ!」

玄武の声に促されて、天空は空高く飛んで逃げた。


 天空を救ったのは玄武の甲羅だ。天空は地上に降りた。上から小石がばらばらと落ちてくる。天空を狙った怨念玉の欠片が、勾陳の気で石になって落ちて来たのだ。


『天空、やつは他化自在天(たけじざいてん)の魔力でこの世に生まれた。

おまえの天空剣は仏の剣、仏道修行の剣だ。

清らかな天空剣を、今は魔力で邪魔しているが、必ず三障四魔(さんしょうしま)は破れる。

強い信念を持て!念じれば切れる』


晴茂の言葉がどこからともなく聞こえ、天空は我に返った。


「はははは、…。わしは第六天の魔王、他化自在天に命を授けられた、天子魔(てんしま)の申し子じゃ。

はははは、陰陽師などが勝てる相手ではない」


鬼は口から怨念の気を吐いた。勾陳も黄色い気を吐き対抗する。ばらばらと小石が降って来て、小石の山ができた。


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