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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第一章 予兆
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予兆<13>

 三人は山を下り、家まで帰った。今日の出来事を甚蔵に報告した。破られた結界は、おそらく甚蔵の八代前にあたる芦屋道善(どうぜん)が張ったものだろうと、甚蔵は言った。道善は、江戸末期に残っていたほとんどの妖怪を封じ込めたと言われる陰陽師だ。彼の呪術は非常に強いものがあったと聞いている。


 甚蔵は、逃げ出した妖怪を早く封じ込めるんだと晴茂に言った。相手が九尾(きゅうび)のキツネなら、現在それに対応できるのは晴茂しかいないとも言った。晴茂は、自分がやるしかないだろうと返事をした。そして、圭介は修行の場へ戻り、晴茂は山の奥で数日間過ごすと言って芦屋家を出た。


「圭ちゃん、また見に行くよ」

「ああ、晴茂も気を付けてな。九尾が逃げないうちに封じ込めなきゃ」

晴茂は、自信を持って答えた。

「九尾は逃げない。僕を待っているはずだ」

そう感じる。晴茂は何故か、九尾は晴茂がゆくのを待っている、と確信していた。


理由は分からないが、遠く晴茂の視界を横切った九尾には、懐かしさが漂っていた。会えば激戦になるかもしれないが、晴茂はもう一度、あの九尾に会いたいと感じている。修行の場入り口まで一緒に来た二人は、そこで分かれた。


 晴茂は、木々の枝を飛ぶように伝って山奥へと入って行った。数時間後、晴茂は山奥の突き出た岩の頂上で、瞑想に耽っていた。隣の岩には元の姿に戻った朱雀(すざく)が、じっと晴茂を見つめている。しばらく後、瞑想から覚めた晴茂は、朱雀に話しかけた。


「朱雀よ、十二天将の中でもっとも強いものは?」

朱雀は答えた。

「我々の間では強い、弱いの区別はつけられません。十二天将にはそれぞれの役割があり、その役割に合った強さを持っています。また、これまで強弱を比較したこともありません」

「そうだな。朱雀は、そうしか答えられんか」

晴茂は、愚問だったと恥じた。


「ならば、あの()と戦うとすれば、十二天将のうちどれが適当か?」

「戦ならば、貴人(きじん)六合(りくごう)大裳(たいも)太陰(たいおん)天后(てんこう)を除くものでしょう」

「その五天将は、戦には向かぬのか?」

「六合は元々平和を司っています。戦う事はしません。大裳は文官です。これも戦いを好みません。太陰は知恵を司ります。戦より策略を弄します。天后は安全の女神です。戦いは安全と矛盾します。貴人は戦も平和もすべてを呑み込みます。貴人は我々の束ねです」


「なる程、そうか」

「しかし、それらの五天将でさえも、()を負かすことはできます」

「戦はしないが、それ程の力は備えているということか」

「そうです。それに、私を含めて四神と呼ばれるものは、基本的に護身神です。凶暴なものもいますが、あえて敵をやっつけるだけの戦は好まないでしょう」

「ふうん。朱雀、おまえは凶暴か?」

「私は天下泰平の時に出現すると言われ、瑞兆(ずいちょう)をもたらすと信じられているのです」

「あはは、だから凶暴ではないと言いたいのか」

朱雀は、晴茂の方を見て自嘲した。


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