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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第七章 送り犬・番外
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送り犬・番外11

 ある日、お万が経若丸(つねわかまる)を探して山中を歩いていた。ふと見ると土から突き出た大岩の底と土の間に、不気味な穴が開いている。不思議に思ったお万は特異の怪力で大岩を押した。突き出た大岩を見事に倒すと、その穴の中に鬼女紅葉の鬼首が納まっていた。


「経若丸殿!」とお万は首を胸に抱きしめた。こんな姿になって、何ておいたわしいことだ。お万は泣き狂った。しばらくすると、首だけの経若丸がお万に語りかけた。


「お万、泣くでない。この首を、私の身体が埋葬されている所に連れて行ってくれ」


お万は、経若丸の声で我にかえった。『経若丸殿は、まだ生きている。この首を元の身体に戻そう』と、お万は豊満な胸に鬼首を大事に抱え素早い動作で鬼塚を目指して走った。


できたばかりの鬼塚を掘り起し、鬼女紅葉の墓を暴いた。


 しかし、そこには鬼女紅葉の遺体はなかった。五輪塔を設けた鬼女紅葉の墓から、呉葉(くれは)は既に遺体を別の場所に移してあった。経若丸の邪悪な一部と呉葉の一部が混じり合った妖気を、呉葉が監視しやすくするために別の場所に移したのだ。その場所は、鬼塚の奥に造られた手下どもの墓の中だ。


 お万は、掘った墓の中で、拳を振り上げ激怒した。「おのれ惟茂(これもち)め!経若丸様をどこへ隠した!」 振り上げた拳で、何度も何度も土を叩いた。


 そんな激怒の感情が高ぶり過ぎていたお万は、五輪塔の横に置いた鬼首の口から白い糸が何本もするすると流れ出ているのに気が付かなかった。呉葉の奥義、妖術土蜘蛛(つちぐも)の糸だ。鬼首の口から出る土蜘蛛の糸は、次第に本数が増えていった。


 拳で土を打っているお万の腕が、ふいに何かに止められた。お万が見ると、右腕には一本の細い蜘蛛の糸が絡まっている。お万は、左手でそれを軽く振り払おうとした。その途端、無数の蜘蛛の糸がお万の両腕を絡めていた。


怪力のお万だ。立ち上ると、蜘蛛の糸を遮二無二振り払おうとした。しかし、絡まった蜘蛛の糸は、一本も切れる事がない。お万が暴れれば暴れるほど蜘蛛の糸は全身に絡まってゆく。


手足、胴、頭、あたかも蜘蛛が獲物をその糸でからめ捕るように、土蜘蛛の無数の糸がお万の全身を覆った。怪力のお万も身動きがとれず、どっとその場に倒れた。細い土蜘蛛の糸で造られた(まゆ)の中に、お万は閉じ込められた格好だ。そして、土蜘蛛の糸が、お万の妖力も封じ込めている。


 本来なら、呉葉はこの状態で留めの攻撃をするのだが、如何せん首だけではこれで精一杯だ。呉葉は、自分が掘った穴に倒れ込んだお万の上から、土を戻し五輪塔を立てた。鬼塚は何事もなかったかのように、元通りになった。


 そして呉葉は五輪塔の中に隠れ、五輪塔の下に捕獲したお万を監視し、近くの手下たちの墓に埋め変えた鬼女紅葉の首なしの遺体、即ち経若丸の妖気の一部を監視する事にした。


 お万の全身を覆った土蜘蛛の糸は、呉葉の妖気でお万の妖気と動きを封じ、外界との交流を遮断している。しかし、所詮は蜘蛛の糸だ、徐々に(ほころ)びができる。呉葉は、その綻びを新たな蜘蛛の糸で修繕しなければならない。


 呉葉は、お万を捕獲し封じ込めたが、その所為(せい)でその場を離れられなくなった。それに、多くの妖力を消費する土蜘蛛の妖術を定期的に使わねばならず、その他の事に妖力を使う余力がなくなってしまったのだ。


 呉葉は、こんな状況であることを心ある誰かに知らせたく、少しずつ妖気を使いながら、松厳寺(しょうごんじ)の石灯籠につながる不思議な穴を造った。心ある誰かとは、妖気や霊気を感じる人なのだが、呉葉は安倍晴明を思い浮かべていたのだろう。


 しかし、何年、何十年過ぎても心ある人に気付かれる事はなかった。もっと沢山の人の目に触れる機会を作らねばと、呉葉は不思議な穴を松厳寺(しょうごんじ)から善光寺のお戒壇(かいだん)まで伸ばしたのだ。そして、長い長い年月が過ぎ、やっとその穴に気付いた人がいた。それが、琥珀だった。


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