表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第六章 送り犬
114/231

送り犬<11>

 琥珀は、送り犬を連れて鬼無里(きなさ)村へ飛んだ。松厳寺(しょうがんじ)はすぐに分かった。鬼女紅葉(もみじ)の墓があった。その前に立ってみた。何も感じない。ここに紅葉の妖霊はいないと琥珀は感じた。


 鬼無里村で鬼女紅葉の話をあちこち聞き回ったが、ここでは紅葉は邪悪な妖怪ではないのだ。村人を助け、おそらく妖術を使ったのだろうが、人々の病気を治療したりしたと言う。それに、京の都の文化も伝えている。悪い話は一切ないのだ。


その恩返しに、村人は、都を離れて紅葉が淋しがらないようにお世話をしていたのだ。ここでの紅葉は邪悪な妖怪ではなく、人間を助ける精霊のような存在なのだ。


「どうも勝手が違うね、送り犬。紅葉は悪い妖怪ではないようだよ」

「鬼女紅葉が悪行をしたのは、鬼無里を離れて戸隠(とがくし)村へ行ってからと聞いている。紅葉が討たれたのも戸隠だ」


「そうなの。もう一度、松厳寺へ行ってみて、何もなかったら戸隠へ行こう」


 琥珀と送り犬は、再び松厳寺へ戻った。境内を歩き回っていた琥珀の足が止まった。正面にお堂が見える。お堂の奥には大きな松の木が枝を伸ばしている。本堂を右に見た小さなお堂だ。鬼女紅葉の墓からは見えない方向だ。


この風景だ。善光寺のお戒壇(かいだん)で見た構図だ。


琥珀はお堂に近づいた。何も感じない。送り犬が、琥珀の行動を見て聞いた。

「どうした?何かあるのか?」


「うん。善光寺のお戒壇で見た風景は、ここだわ。このお堂が見えた。でも、お堂には何も感じない」


「お戒壇の天井にあった小さな穴から覗いたんだろ。なら、その穴がこの境内のどこかにつながっているのじゃないか?そのお堂が見える場所に穴が開いているのじゃないか」


「そうか。そうだね、送り犬」


琥珀は、お戒壇の穴から見えた構図になるように、お堂を視野の中心に置いて後退りをした。後退りをしながら、ほぼ境内を横切った。


『この辺りだわ』と琥珀は後ろを向いた。そこには石灯籠があった。琥珀は、石灯籠をつぶさに調べた。善光寺のお戒壇では、暗闇の中だったので容易に小さな光る穴を見つける事ができた。


 しかし今は昼間で回りが明るい。小さな穴を見つけるのは難しい。琥珀は、気を静めて集中した。何か異常な気配が出ているはずだ。

「送り犬、あんたも探してよ!」


「俺にも見えるのかなあ」

送り犬は、しぶしぶ石灯籠の台座の辺りを探し始めた。


 他の人が見れば変な光景だ。若い娘と犬が、石灯籠にへばり付いて、何やら臭いを嗅いでいるような格好だ。琥珀と送り犬は、徹底的に石灯籠を調べた。苔生した所は、その苔も削ってみた。


「おっ!これじゃないか?琥珀、ここ。ちょっと変だ。俺には真っ黒にしか見えないが、…」

琥珀は送り犬が変だと言う場所を見た。


一番下の台座の石の中央に、確かに小さな穴が開いている。琥珀は、その穴を覗いた。向うが微かに見える。これだ。


「これだわっ!」

「そうか、で、何が見える?」

「うーん、暗いけど、…」


「そりゃあ向うは善光寺のお戒壇の中だから、真っ暗だろう?」


「いいえ、お戒壇の中じゃないわ。お地蔵さんかしら?いや、古い五輪塔(ごりんとう)だ」


「あれぇ?お戒壇からはここが見えるけど、ここからは別の場所が見えるのかい?不思議な穴だな」

「そうねぇ。不思議ね。あっ!」


驚きの声を発して、琥珀は穴から目を離した。


「何だ?どうした?」

「ええ、急に女の人の顔が現れた!」


「どれ、どれ」


送り犬が穴を覗いたが、何も見えない。もう一度、琥珀も覗いてみた。穴の向こうは、もう真っ暗だ。真っ暗なら琥珀には見えるのだが…、真っ黒だ。穴の奥を墨で塗り潰したような真っ黒さだ。


「もう何も見えない」

「変な穴だな。で、何が見えたのか、もう一度教えてくれ」


「若い綺麗な女性の顔。私をじっと見てた。その前は、…こんな形の石積みのお墓。これって五輪塔よね」


琥珀は、見えた石の塔らしい形を土の上に描いた。送り犬は、それをじっと見ていた。


「これは、…、たぶん」

「えっ、送り犬、この五輪塔って、知ってるの?」


「…戸隠にある鬼女紅葉の、…鬼塚の五輪塔だ」


「ええ?鬼女紅葉のお墓はこの松厳寺にあるじゃない」


「さっきも言ったが、実際に紅葉が討たれたのは戸隠で、そこで首を()ねられた。これは、そこの鬼塚にある五輪塔だよ」

琥珀が描いた五輪塔を見ながら送り犬は言った。


 それだ、そこに行けば何かが起こる。琥珀は、何故か胸が高鳴るのを感じた。もう既に夕陽が沈みかけているのだが、琥珀は戸隠へ行こうと思った。


「送り犬、その鬼塚へ行こう。案内してっ!」

「今からかい?もうすぐ暗くなるぜ」


「私は闇でも見える。送り犬、あんたも闇は平気でしょ」

「そりゃあ、そうだが、…。鬼女紅葉って怖そうだぜ」


「大丈夫だって。さあ、行くよ」


「まあ待てよ、琥珀。俺たちは、まず縊鬼(いっき)を探さないといけない。鬼女紅葉と縊鬼は無関係だぜ。兎に角、晴茂様の所へ戻ろう。戸隠は逃げはしないから。縊鬼をやっつけてからにしよう」


琥珀は、送り犬の言う通りだと考え直した。晴茂の指図でなく、琥珀の我がままで鬼無里まで来たのだ。この後は、縊鬼を封じてからにしよう。


「分かったわ、送り犬。じゃあ、戻るわよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ