橋姫<14>
晴茂は、橋姫の亡骸に手を合わせ手厚く埋葬をした。橋を守る妖怪がいなくなった今となっては、長い年月を永らえた婆娑橋は崩れるだろう。もう一度、晴茂は橋姫に合掌すると、婆娑橋まで下りた。
やはり婆娑橋は崩れ始めていた。欄干の石積みが半分程、下の谷に落ちていた。このまま放置すると危険だ。誰かが渡れば橋全体が一気に崩落する。晴茂は、呪文を飛ばした。婆娑橋は役目を終えたかのように崩れ落ちた。晴茂は花を摘み、橋のたもとに供えた。道珍への橋姫の愛が、こんなにも長くこの橋を維持させていたのだろう。
その頃、琥珀は妖力を失った波山を結界に封じていた。
「すごいね、琥珀ちゃん。結界が張れるようになった」
天后は感心した。昨日までは、結界の五芒星を張るのに四苦八苦していた琥珀だが、もう今日は完璧にできるようになっている。天后は、『さすがに晴茂様の特別な式神だわ』と、改めて感じたのだ。
「さっき、晴茂様の緑の五芒星を見たよ。天后さんにも見せたかった。すごい迫力だったよ」
「そう、攻撃の五芒星か。琥珀ちゃん、あなたは、どんどん強くなってるね」
「ううん、これも天后さんに教えてもらったからだよ」
二人はにこっとほほ笑んだ。琥珀と天后、それに青龍は晴茂の許へ戻った。
婆娑橋の名残の側で晴茂は待っていた。
「波山は封じたか」
「はい、晴茂様」
「晴茂様、緑の五芒星を放ったのですね。天后も見たかった」
「いやいや、天后、あれは見ない方がいい。攻撃の五芒星は、命を絶つ術だ。僕も二度と使いたくない」
「あっ、はい、晴茂様。そうですね」
天后は、不用意な発言を深く恥じた。天上聖母と呼ばれる以前の姿である天后だとしても、命を絶つ術を見たかったとは情けない。
「これから北村の長屋坊の老人へ挨拶に行くが、天后も来るか」
「はい」
青龍を帰し、晴茂と天后、琥珀は麓の村へ下りた。
長屋坊は伝説のお沙世の墓が判明したので、丁重に弔っているところだった。墓石の前には新しい花々が供えられていた。
「長屋坊様」
晴茂が声をかけた。
「おお、晴茂殿」
長屋坊は晴茂の顔を見て、全てが終わったと悟った。
「火喰い鶏は滅びましたか」
「はい、もう安心です。婆娑橋も崩れました。あの橋はもう無用でしょう」
「はいはい、先祖からの忌まわしい記憶の象徴でしたからの、無くなった方がいいでしょう。で、綾小路という妖怪はどうなりましたかのぉ」
「恋焦がれた陰陽師と霊界で仲良くしているはずです」
「おお、それは良かったのお。結構な事じゃ」
晴茂は長屋坊に頭を下げ、琥珀と天后と一緒にお沙世のお墓に合掌した。
「戻られるか。いやいや、わしも人生の終わりに近づいて、みなさんの呪術を目の当たりにさせてもらった。冥途への良い土産じゃ。この若い娘さんたちも、なかなかやりおるでのお」
「長屋坊様、いつまでもお元気でいて下さい」
「山で修行を続けて下さいね」
琥珀も天后も、長屋坊に挨拶をした。
二人とも、衰えを知らないこの老修験者を好きなのだ。
「あははは、まだ修行をしろと、言われるか、琥珀殿、ははは」
長屋坊は明るく笑った。
「それでは、晴茂殿、お別れかの。見納めになるかもしれんでのお、あなたが初めてわしの前に姿を見せたような、派手な消え方を見せてくれんかのぉ」
「はい、では長屋坊様、お世話になりました」
もう一度、晴茂は長屋坊に頭を下げ、そのままの姿勢で熱く燃える太陽に向かって天高く昇って行った。
琥珀、天后も頭を下げて、晴茂の跡を追った。
北村長屋坊は、天高く消えて行く三人の姿を満足気な笑みで見送った。




