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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第一章 予兆
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予兆<1>

 冬だというのに生暖かい南風が吹く。記録的な暖冬だ。こんな時は大地震が来るぞ、と昔の言い伝えを聞かされていた。天変地異が起こっても不思議ではない程の陽気だ。北の山にも雪は降らず、各地のスキー場は困り果てている。いつもはクリスマス寒波や年末寒波がやってくるのだが、こんな状態のままで正月を迎えるのだろうか。既に年末年始の休暇シーズンに入ろうとしている。


 ひとりの若者が、山間の田舎道沿いにある大きな石に腰かけている。近くに住む若者だろうか。周りは田んぼが寄り集まっている集落だ。若者は、午後の日差しが傾いて照らす遠くの山の頂をじっと見つめている。彼の名は、安倍晴茂(あべはるしげ)という。学生の晴茂は正月を迎えるために京都から帰省している。いくら暖冬だといってもジーンズのパンツに半袖のポロシャツは、寒くないのだろうか。暫くすると、晴茂が座っている前の大きな民家から若い女性が走り出て来た。


「晴茂、お久し振り」

声をかけた女性に晴茂は片手を挙げて、「おぅ」と言い立ち上った。同年代のふたりは、どうやら近所の幼馴染のようだ。この田舎には似合わないが、さすがに女性は、ピンク色のお洒落なダウンのジャケットを羽織っている。


 若い女性はこの土地の名士である芦屋家の長女で、名を冴子(さえこ)という。冴子は、晴茂の一学年下で東京の大学へ進学した。二人は、約一年ぶりの再会だ。冴子は美人なのだが、故郷に帰った気の緩みか、ノーメイクで髪の毛も整えず、幼馴染の前に走り寄って来た。


「冴ちゃん、変わってないな」

「晴茂だって変わってない」

冴子は年下だが、昔から晴茂の名前を呼び捨てにする。晴茂もそんな事には無頓着な様子だ。冴子は、見た目ほど性格が女っぽくなく、誰でも呼び捨てにしたり、君付けで呼んだりする。


「その石に座るなんて罰が当たるよ。晴茂は、昔から、そうやって座っているけどね…」

晴茂が座っていた石の横には、小さなお地蔵さんが立っていた。見る方向によっては、お地蔵さんに座っているように見えるのだ。晴茂は、お地蔵さんなんか気にならない様子で、にこにこと笑いながら言った。

「あそこに行くか?」

「うん、そうね」


 あそことは、芦屋家の裏山にある小さな神社だ。子供の頃から、二人でよく遊んだ場所だ。なぜか、芦屋家と安倍家が、神官でもないのに神社の世話役をしている。


 晴茂の安倍家と冴子の芦屋家は、昔から親戚のような付き合の間柄だと聞いている。しかし、最近では、親同士の仲はすこぶる悪かった。いつから仲が悪くなったのか、晴茂も冴子も知らない。そんな親同士の不仲とは関係なく、二人はお互いの家に出入りしていた。その神社の境内でも最近まで仲良く遊んだものだった。喧嘩をしている親達だが、子供が仲良くしていることは気にしていない様子だ。


 一年ぶりに神社にお参りをした二人は、社殿の階段に並んで腰かけた。大学での様子や都会での生活ぶりを楽しそうに報告し合った。


「圭ちゃんは、帰らないのか?」

晴茂が言う圭ちゃんとは、冴子の兄だ。

「兄ちゃん、忙しくって…まだ会ってない。でも明日には帰るって」

「そうか。圭ちゃんに会いたいな。今年の正月には会ってないしね、…」

「そうそう…、山田君が亡くなったって聞いたよ」


冴子が、兄の圭介から聞いた話を思い出して、大きな声で言った。

「山田君って?」

「ほら、中学、高校で晴茂と同級生だった、隣町の山田君」

「えっ、山田俊夫(やまだとしお)か? 嘘だろ」

「そう、その山田君」

「あいつは、確か…大学に行かずに、自動車のディーラーで働いていたんだよな」

「うん、晴茂の友達だったでしょ、よく私も一緒に遊んだよね。山田君、機械いじりが好きだったから、絶対自動車の整備士をするんだって…、中学から決めてたんだよね」


「えぇ~、全然知らなかった。なぜ死んだんだ?」

「私、兄ちゃんに聞いたんだよ。ほら、隣町の何とかいうお寺…、そのお寺の境内で倒れていたんだって。警察が来て、そりゃあ大変だったみたい。でも怪我もしてないし、死因をしらべたら心臓発作だったらしい」

妙輪寺(みょうりんじ)か…。いつ?あいつ、身体が弱かったかなぁ…」

「そうそう、妙輪寺だね。え~と…、先月末頃だよ。私も、聞いてびっくりしたんだ」

そうか、山田が死んだのか、と晴茂は山田との思い出がよみがえってきた。


 その時、晴茂がぼんやり見ていた境内にある狛犬(こまいぬ)の石像が、すっと消えた。慌てて目を擦って見ると、狛犬は何事もなかったようにそこにある。


さっきも、石に腰かけて冴子を待っている時、眺めていた山が、ふっと消えたのだ。山全体が消えたのだ。そんなに大きなものが消えたのは初めてだった。


 最近、よく経験する現象だ。突然、目の前の人や物が消えてしまう。何度かまばたきをすると何事もなかったように元に戻る。一日に数回起こるようになった。


何か目の病気かなぁと、晴茂は立ち上った。その立ち上り方が急だったので、冴子は驚いた。

「なに?どうしたの晴茂」

冴子も、立ち上った。


晴茂は、目の前の冴子の顔をしばらく食い入るように見つめた。何事も起こらない。

「どうしたの?」

「あっ、いや、…」


やはり病院に行くべきなのかと、晴茂は観念した。そう決心すると、意外に気が晴れるものだ。晴茂は、笑顔で冴子に言った。


「そうだ、あした山田の家に行こう。焼香でもさせてもらおう」


 暖冬とはいえ冬だ。夕暮れ時になるとさすがに寒くなってきた。明日、朝から隣町の山田家まで行くと約束をして、二人は神社を後にした。途中で晴茂は、さっき消えた狛犬に触った。冷たい石の感触が手に伝わった。何事もない。普通の石の像だ。昔からこの神社にある狛犬だ。


一方、冴子は、突然立ち上がってじっと見つめてきた晴茂の瞳を思いながら歩いた。胸に熱いものが込み上げる気分がした。

「じゃあ、明日十時に、よろしく」

と言う晴茂の声で、冴子は我に返った。「うん、じゃあ」と言うのが精一杯だった。


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