1-1
若者と娼婦。裏取引を目的とした売人で賑わう売春婦通り。
そこから数ブロック離れた場所に、煉瓦造りの外観が特徴のバー『ファルコ』はあった。
築何十年も経っているせいか、赤煉瓦で造られた外壁は燻み、店名を彫った看板は売春婦通りの煌びやかなネオンとは正反対な質素な白熱電球に照らし出された飾り気のない物だった。
年季の入った外壁にはめ込まれているのは木製のドアだけで、他の店で見られるような大きな一枚ガラスは勿論のこと、小さな覗き窓すら取り付けられていない。
煉瓦造りの窓一つ無い建物。
どこか寂しげで、どこか排他的な雰囲気を醸し出すバー。
そこが、『戦争屋』と呼ばれる少女、アリス・サリバンの目的地だった。
彼女は、煉瓦造りの建物に徒歩で近づき、一瞬だけ太腿のホルスターに収められた得物を意識すると、いつものようにノブを捻り、無遠慮にドアを押し開けた。
古い蝶番が軋む高い音が耳を刺激した。
蝶番が少し錆びついているせいか所々で抵抗があるドアを開けると、薄暗い空間が目の前に広がった。
まず最初に目に入ったのは、他国の珍しい物から地元産の物まで様々な酒のボトルが立ち並ぶバーカウンター。
そこの支配者であるマスターが一瞬だけ鋭い目線を向けてきたが、来客者であるアリスの顔を見ると同時に、「入りな」と言わんばかりにその眼光を弱めた。
マスターの反応に対して軽く右手を挙げたアリスは、静かにドアを閉めると周囲を一別する。
マスターが立っているカウンター席には、今日は珍しく誰も座っていない。その代わりなのか、カウンターの周囲へ配置されたいくつかのテーブル席には、よく見知った兵隊の男達がワインを片手にくつろいでおり、彼らはアリスの姿を目にすると、アルコールで赤らめた顔で声をかけてきた。
テーブルに座っていた彼らからの声に笑みを返しながら、アリスは「今日は幹部の連中は誰も来てないのか? 」と、マスターへ問いかける。
「ああ、まだ誰も来てない」
無愛想な仏頂面で素っ気ない声を返すマスター。
「よし、それじゃあ少し待たせてもらうよ」
店と同じく排他的な雰囲気を醸し出す彼の返事に、アリスは気さくな様子でそう返すと、彼女のいつもの定位置である一番左側のカウンター席へと腰を下ろした。
しばらくの間、人の体温とは無縁だったのか、腰を下ろした椅子は少しばかり冷たかった。
そんな丸椅子に腰を落ち着かせた時だ。
「いつもので構わないか? 」と、マスターの低い声が聞こえてきたのは。
マスターの声が消え入ってから数拍の間思案を巡らす。
幹部の連中と話す時は素面の方がいいかもしれない。そんな考えが頭の中を過ぎったが、それは一瞬のことであった。
「ああ、いつもので頼むよ」
素面でもアルコールが入っているように思われるほど粗暴な自分を思い出したアリスは、その考えをさっさとかき消した。
マスターの言葉にそう返事をする頃には、彼はアリスに背を向け、彼女が好んで飲んでいるワインのボトルを取りに行くため、カウンター横の地下室への入り口に足を進めていた。
入り口と同じ調子の木製扉を開き、蝶番が軋む音を周りにまき散らしながら、ワインセラーを兼ねた地下室へとマスターは下りてゆく。
彼の後ろ姿を、アリスはまるで夕飯ができるのを待つ子供のような笑みを浮かべながら見つめていた。
熱帯に属すシチリアの夏は、たとえ夜でも鬱陶しい熱気が身体を火照らせる。熱気で火照った身体にセラーで冷えたワインを一息に流し込むのが、アリスはたまらなく好きなのだ。
グラスに注がれる紅い液体を頭に思い浮かべていた所だ。
マスターの後ろ姿を見送りながら、アリスはふと気がついたように立ち上がると、カウンター脇に設けられたカゴに左手を突っ込んだ。
カゴに突っ込んだ指先を動かすと、何やら薄く硬質な感触が神経を伝ってくる。
その感触の正体を知っているアリスは、指先でそれを何枚か摘むと、カゴから手を引き抜いた。
カゴの中を満たしていた物の正体が薄暗い照明の元に晒される。
長方形をした紙の表面に描かれているのは、前足を上げ、美しい毛並みを逆立てている雄馬のイラスト。
勇ましい姿の雄馬がプリントされた小さなシールを軽く握りしめると、座ったばかりの丸椅子から腰を上げる。
金属部品に所々小さな錆が目立つ丸椅子が軋み、ヒールが床を叩く軽快な音が響く。
「今日も一機撃墜したのか? アリス!」
「ああ、今日もコイツで叩き落としてやったぜ!」
立ち上がり、カウンターに背を向けて歩き出したアリスに気づいたソルジャーの一人が、赤い顔を見せながら陽気な調子の声を絞り出す。
それに得意げな表情で応じたアリスは、ホルスターからSAAを引き抜くと、まるで西部劇のガンマンのように銃口から上がった硝煙を息で吹き飛ばす真似を披露して見せた。
撃墜。という単語を聞くと、大空を飛ぶ航空機が様々な不可抗力により地上に叩き落とされる情景が思い浮かぶだろうが、アリスの仲間内ではその意味合いは違ってくる。
彼女の仲間内では、撃墜は一種の隠語。敵対する人間を無力化したことを意味する。
撃墜という単語を、一人の人間へ行われた破滅的な処遇へと置き換えたのには、このバーに置かれた一機の巨体が関わっている。
広いバーのスペースの大半を占める巨大な翼。
燃料タンクを兼ねるそれが取り付けられたのは、ずんぐりとした流線型の機体だ。
単座式のコックピットは涙滴型で、機首に据え付けられた千馬力のエンジンは、時速五百三十キロをはじき出す。
それまでのイタリア機とは異なる設計のレジアーネ社製戦闘機Re.2000。
Falcoという愛称で当時の戦闘機乗りから愛された機体は、男達が座るテーブルよりも奥の、広い空間に鎮座していた。
バーの雰囲気を壊さない程度の照明に照らし出されたレシプロ戦闘機は、セラーに下りていったマスターの先代が、話題作りの為に手に入れた物だ。
無論、機体の全てがオリジナルという訳ではない。
イタリアの休戦後、二機しか残っていなかったRe.2000の本物を手に入れるには途方もない労力と金がいるからだ。
道楽がてらにイタリア各地のスクラップ工場を旅して回っては、錆だらけの金属塊を掘り出し物と称して安値でパレルモへ持ち帰ると、表面を磨いて修理と塗装を施しては組み立てる。
言葉にすると簡単だが、先の大戦から十年近く経っていたせいか、中々、部品取りに使えるスクラップが残っておらず、かなり作業は難航したようだが。
紆余曲折を経て出来上がったのが、様々なロットの部品でレストアされた一機のRe.2000だった。
戦時中は戦闘機乗りとしてこの機体に乗り込んでいた先代。
既に人生も晩年に差し掛かかろうとしていた彼は、レストアされたそれの出来に満足すると、残りの全財産をはたいてパレルモの一角に土地を買い、機体の愛称を冠したバーを開いた。
それが、三十年以上パレルモの一角で営業を続けているバー、『ファルコ』だ。
「あの売春婦通りでまた薄汚いゴロツキに絡まれたんだ。嫌になっちまうよ」
SAAをホルスターにしまい込みながら、呆れたような顔で悪態を漏らす。
その悪態に対して、四人の男達が一様に胸の前で十字を切った。
アリスの癇癪玉を。シシリーの男性にも劣らないそれを、運悪く爆発させてしまったゴロツキ達への追悼だろう。
そうやって十字を切る間に、アリスはRe.2000のコックピット側面まで歩みを進めていた。
「まあ、お陰でスコアを稼がせて貰ってるんだがな」
流線型の滑らかなキャノピーの下。砂漠を連想させるようなベージュと深いグリーンで構成された塗装を、アリスは右手で撫でつける。ごく軽い力でだ。
撫でつけているコックピット直下の外板に張り付けられた物を、誤ってはがしてしまわないようにするためだ。
複数の色で構成されたまるで迷彩のような塗装の上に張り付けられていたのは荒々しい雄馬。先ほどアリスがカゴの中から掴み取ったシールにプリントされた模様と全く一致していた。
それが、縦十列。横は三列に渡り几帳面に張り付けられている。
古めかしい戦闘機。この煉瓦造りの壁に閉じ込められて以来、空を飛ぶことが叶わなかった鉄塊に張り付けられているのは、いわゆる撃墜マーク。
勇猛なパイロット達が撃ち落とした敵機の数を表すために用いたマークだ。
「見てみろよ! もうすぐであのバラッカ伯爵の記録を更新だぜ!」
手にした雄馬のシールの粘着面を露出させ、四列目の先頭へと貼り付ける。
合計三十一枚となった撃墜マークを指さし、アリスは歓喜の声を上げた。
なぜ、撃墜という言葉が、敵対する者への破滅的な未来を意味するようになったのか。
それは、バーのスペースを圧迫する戦闘機にアリスが悪ふざけで件の雄馬のシールを貼るようになったからだ。
彼女がファルコを訪れ、いつものワインを片手に戦闘機の外板へシールを貼った次の日には、敵対する者へ破滅的な最期が訪れる。
本来なら新聞記事の一面に載るような大物から、組織のボスを狙うヒットマン。組織の領土を荒らすしょうもないゴロツキまで。
置かれた境遇も地位も違う人間達が、彼女の持つ悪魔的なリボルバー拳銃に、築き上げた地位や富、名声。生命さえも奪われてしまう。
昼夜問わず。街中で。郊外で。時にはシチリアの片田舎まで。彼女が出向き、敵対する勢力の力が削がれる毎に、戦闘機の雄馬の数とエースパイロットのアリス・サリバンの撃墜スコアが増えてゆくのだ。
撃墜マークを張り終え、テーブルの四人に無邪気な笑顔を向けると同時に、マスターがセラーから戻ってきた。深緑のワインボトルを携えながら。
待ってましたといわんばかりに、アリスは早足でカウンターへと戻った。
「今日も一人消したのか?」
半ば指定席に再び腰を下ろすと、マスターが眉一つ動かさずにそう問いかけてきた。
恐らくは、アリスのはしゃいだような声がセラーでも微かに聞こえたのだろう。
「ああ、例の売春婦通りで騒いでた馬鹿をな」
ボトルをカウンターに置き、透き通るようなグラスを棚から取り出したマスターに、呆れたような表情でそう吐き捨てた。
「そうか」
滑らかなグラスの内面を、清潔で軟らかな布で拭き取る
拭き取ったグラスをアリスの目の前に置き、今度は手元の栓抜きを握った彼は、眉一つ動かさずに素っ気ない返事を返した。
栓抜きの螺旋部を慣れた手つきでコルクにねじ込み、ボトルを開栓する。
それから、透き通ったグラスに、栓を抜いたワインボトルが傾けられる。
鮮やかな深緑のボトルから、紅い液体がグラスへと流れ落ちる。
それと同時に、葡萄のフルーティーな香りと、若干のアルコール臭がアリスの鼻孔を刺激した。
鮮やかな紅。まるで、銃創から滴る鮮血のような紅。
特段高い物でもない地元産の赤ワイン。シシリーの家庭で好んで飲まれるようなごく一般的な赤ワインが、清潔なグラスへ適量注がれた。
「やっぱり夏場はコイツに限るな」
待ちに待った冷たい液体を呷るためにグラスへと手を伸ばしたその時だ。古めかしい引き戸が軋む音が店内に響きわたった。
カウンター席の男達とマスター。ワインを一息に呷ろうとしたアリスは、一様にバーの入り口を注視した。
「やあ、邪魔するよ」
軋み音から少ししてから聞こえてきたのは、落ち着き払った三十代の男の声。
その声の主は、百九十センチを越える長身の男。
シシリーの暑さに耐えかねたのか、白のワイシャツにネクタイといった出で立ちの彼は、彫りの深い顔に微笑みを浮かべながら後ろ手でドアを閉めた。
「今日は遅かったな、マリオ」
「ああ、ちょっと立て込んだ用事があってね」
店内に足を踏み入れた長身の男、マリオ・エルカーンの存在を認めたマスターが、彼にそうやって言葉をかけた。
その後、マリオはアリスの座るカウンター席へと足を進める。
革靴が床を叩く音に男達が気づいたらしく、緩んだ表情を無理に引き締めて挨拶した。このマリオという男は、彼らよりも格上だったからだ。
「今日は特別に暑い。熱帯夜だな」
ソルジャーの四人にワイシャツのネクタイを緩めながら応じたマリオは、取り出したハンカチで額を軽く拭いながらアリスの隣へと腰を下ろした。
「丁度よかった。報告があったんだ」
マリオが丸椅子に腰を落ち着かせるやいなや、グラスをカウンターへと置いたアリスが、清々しい顔でそう言う。
その表情は、飼い主に狩りの成果を報告しにきた猟犬のようにも見えた。
「ああ、言わなくても大体内容はわかっているさ。件の売春婦通りはその話題で持ちきりだったからね」
対したマリオはというと。毎夜のように遊び歩く非行娘を心配するような硬い表情でアリスに応じた。
娘を心配するような声色だ。厳しさと優しさ。そして、ほんの一抹の呆れが混じっている。
「飲み物はどうする?」
アリスとマリオの会話に、マスターの低い声が割って入る。
彼がこの店にキープしているボトルを用意しようと身構えたマスターだったが、マリオは「グラスだけお願いしよう。中身はこの“バカ娘”のを少しばかりいただくとするさ」とだけ言うと、右手で彼を制した。
「おい、アタシのを横取りしようってのかい!?」
一瞬の間が空いた後に、一度はカウンターに置いたグラスを再び唇に近づけようとしたアリスがマリオに向けて悪態を吐く。
「別に少し貰うくらい構わんだろう? 何もボトルごと寄越せと言ってる訳じゃない」
“バカ娘”呼ばわりされた彼女の悪態が耳に突き刺さったマリオは、顔をしかめながらそう言った。
「コイツはアタシが命張って鉛玉ぶち込んで稼いだ金で買った酒だ。例え相手がマリオ、あんただったとしても一滴たりとも渡さねえよ!」
うんざりだと言いたげな表情を見せるマリオに、アリスはさらに悪態を続ける。
「“親子喧嘩”をするんなら外で頼むぜ」
やれやれといった様子で呆れ顔を見せるマスターが、磨かれたグラスをカウンターに置きながら二人の仲裁に回ろうとする。
「別に命を張って仕事をするのは構わない。その仕事ぶりのお陰で我々への反乱分子を押さえ込むことができているのだからね」
しかし既に時遅し。眉間に皺を寄せたマリオが口を開き、アリスを非難し始めていた。
「だが、アリス。君が所構わず拳銃をぶっ放すせいで、我々は情報の隠蔽に相当量の金を出していることを忘れるなよ。その金のことを考えれば、与えられた給料で買ったワインを少しくらい私に分けてくれても罰は当たらないと思うがね」
悪態を打ち消すような皮肉めいた口調でマリオが喋る。
それを聞いたアリスの癇癪玉が徐々に膨らんでゆくのをマスターとテーブル席の男たちは感じていた。
何故なら、彼女の右手が太股に近づいているのを見ていたからだ。
彼女は我慢の限界が来ると決まって得物を抜きたがるのだ。
「相変わらず腹の立つ物言いをしやがるな、クソッタレ!」
威嚇するようにスカートの上へと手を置くアリスは、まるで毛を逆立てた猫のように見えた。
「当然だよ。口の悪い娘には保護者として注意しなければいけないだろうからね」
臨戦態勢の雌猫に対するマリオの態度は非常に毅然としたものであった。
「何が保護者だよ。保護者面をしたいんだったらアタシから力ずくで拳銃を分捕ってからにしなよ。地球上どこ探したってアンタ以外に娘が拳銃を常時携帯することに賛成する親はいないだろうよ!」
その態度に対して苛立ちを隠さず、犬歯を向きながら食ってかかる。
太股のホルスターへ意識を向けるアリスと、忍ばせた拳銃に対して微塵も恐怖心を抱いていないマリオ。
二人の言い合いは膠着状態に入り、互いが黙りこくったまま時が流れる。
アリスは怒りを発するタイミングを計り、対するマリオはアリスが根負けするのを無言で待つ。
そんな時間は、マスターと四人のソルジャーにとって緊迫した時間であった。
二人の“親子喧嘩”を。罵声だけならともかく、銃弾による暴力が飛び交いかねない二人の喧嘩をすぐさま止めに入る為に身構えなければならなかったからだ。
「仕方ねえなぁ……」
だが、二人の“親子喧嘩”は実際には起こらなかった。静寂がアリスの譲歩によって破られたからだ。平行線を辿りつつあった口論が途切れ、双方のボルテージが下がってゆく。
アリスの意識がホルスターから離れることで、二人の間に存在していた殺気が消え去り、緊迫した空気が幾分か弛緩した。
「だが一杯だけだ、ケチつけるんじゃねえぞ」
それからアリスは、ホルスターの拳銃を抜こうとしていた右手でボトルを掴むと、口元をマリオへと向けた。
「済まないね、アリス」
むっとした表情の彼女がマリオのグラスへボトルを傾けると同時に、テーブルの四人がほっと胸を撫で下ろす。
「そういえばアリス。さっき君が言っていた報告とやらを聞きたいんだが」
ワインの注がれたグラスを口元に持ってゆき、漂う葡萄の香りを楽しみながらマリオがそう言う。
「件の通りはアタシの起こした事件の話で持ちきりで、アンタはその話を小耳にはさんだんだろ? なら今更話すことなんざ何もねえよ」
安物のワインでも上品に楽しもうとするマリオとは対照的に、グラスを掴み、中を満たす液体を一息に飲み干したアリスは、不機嫌そうに言葉を返した。
「あくまで当事者である君の口から聞きたいんだよ。僕が聞いたのはあくまで野次馬達の話であって信憑性があるとは到底思えないからね」
「そうかよ。まあ、マリオの言う通りだ。あそこの連中が話すことは十中八九憶測か嘘っぱちだ。甘いな誘い文句で娼婦に誘われた男共は大体ぼったくられて店を出てくるからな」
カウンターに置かれたボトルを引き寄せ、空けたグラスに再びワインを注ぎながら軽口を叩く。
マリオとマスターがそれに苦笑いする中で、アリスは本日二杯目のワインに口を付けると、先の発砲事件について語り始めた。
「話は簡単だ。アタシがここへ向かう最中にあの売春婦通りを通ったら、スキンヘッドのアホ面とその腰巾着二人に執拗に迫られてな。適当にはぐらかそうかと思ったんだが奴ら懐にしまい込んだ『オモチャ』をチラつかせて脅してきやがった。そこでアタシは奴らにそれの正しい使い方を身を持って学んで貰ったんだよ」
「成る程ね。それで、そのチンピラを殺ったのかい?」
「いや、殺しちゃいないさ。腰巾着の二人はそれぞれ肩と太股をぶち抜いて、スキンヘッドには性転換手術をタダでプレゼントしてやったさ」
事件の内容を聞きながらグラスのワインを舐めるマリオは、不運にも『戦争屋』をベッドに連れ込もうとしたチンピラの生死が気になったらしい。
それは当然なことだ。単なる傷害事件であれば、然るべき人間に然るべき額の現金や脅しを与えれば事件自体を隠匿できるし、売春婦通りでの発砲傷害事件など、そこに住まう人々は数週間もすればその記憶を忘却の彼方へ押しやってしまう。
一人の人間の怪我の程度など、彼らは気になどかけないからだ。
だが、アリスがチンピラを勢い余って射殺してしまえば話は別だ。
傷害であれば収賄か恐喝で捜査の眼も簡単に潰せるだろうが、殺人となれば警官達も本腰を入れて調査せざる終えなくなり、現金と暴力で事実を捻じ曲げるのが困難になる。
それに、ただ絡んできたというだけの理由でチンピラを射殺したことが広まれば。それも、当該の地区を統括する“マフィア”関係者の犯行だと知れ渡れば、組織のビジネスに悪影響を与えるだろう。
アリスはその辺をよく熟知していた。
平時での殺人は利益を生まない所か、自分達を苦境に追い込んでしまうことを。
「隠し持った銃で脅迫する三人の悪漢を被害者の少女が銃撃。二人は負傷し、一人は『男ではなくなってしまった』。随分と派手に暴れたんだな」
「ああ、全くモテる女は辛いよ」
呆れたような声色の声に、アリスは飄々とした態度で切り返す。
「気の毒に。売春婦だと思って声をかけた女が、あの気性が荒いことで有名な『戦争屋』だとは思いもしなかったんだろうな」
マリオも先の四人と同じく、アリスの銃弾による犠牲者を哀れに思ったらしく、胸元で小さく十字を切った。
「終わってしまったことは仕方がない、彼らの一件に関してはこちらで然るべき措置を取っておくよ。表沙汰になると少々マズいだろうからね」
十字を切った手でグラスを持ち上げ再びワインを口にしたマリオの表情は少々険しい物であった。
売春婦通りで起こした発砲事件を大事にさせないよう根回しに奔走する明日の自分を想像してしまったからだろう。
「しかしアリス、君は実に運がいい。まさか、君が癇癪を起こした相手が『罰を受けるべき人間』だったとはね」
「罰を受けるべき人間?」
マリオの言葉にアリスが疑問の言葉を返す。
「ああ、そうだ。君が性転換手術をプレゼントしたスキンヘッドの彼は、一応それなりに名前が通ってる人間らしくてね」
文句の言えない立場の人間。その目星が未だにつかないのか、眉を歪ませながらそう言ったアリスに、マリオは懐から一枚の写真を取り出し、カウンターの上へと置いた。
「この男。カルロ・ファヌッチという名の彼に見覚えは無いかい?」
置かれた写真を手に取り、フィルムに投影された男の姿を確認する。
真白のダブルスーツを着込んだスキンへッドの男。
仲間と談笑しながら歩くシーンが納められた写真の中で一際目立つ格好をする男、カルロ・ファヌッチは、売春婦通りでアリスが去勢手術を行ったチンピラに間違えなかった。
「そいつはアタシがさっき玉を吹き飛ばしたチンピラじゃねえか! 何でマリオがそんな物持っているんだ? まさか、あんたのセックスフレンドだって言うんじゃないだろうな?」
マリオが言った意味深な言葉と、先に重傷を負わせた男と取り出した写真の人物との一致。
そこまで来れば、察しの悪いアリスでもマリオの言う『罰を受けるべき人間』が誰なのか。そして、彼が件の売春婦通りで何をしでかしたのかが大体理解できたらしく、その顔に僅かな笑みを浮かべ、ふざけるように冗談を口にした。
「男の写真を持ってるだけでそういう扱いをして貰っては困るな。そうなるとウチのカポ達を皆ホモセクシャル扱いしなければならないからね」
アリスの冗談を軽くいなしたマリオは、アリスが浮かべた笑みを見て、彼女がファヌッチの正体を察したことを理解した。
フィルムに写るスキンヘッドを横目に彼は説明を続けた。
「予ねてからあの売春婦通りの治安を管理し、その報酬として幾何かのみかじめ料を受け取っていたのは我々だった。しかし、その写真に写っている男は、どこで手に入れたか知らない粗製拳銃であの通りの何件かの店を脅し、我々の庇護下から引き抜こうとしていたんだ」
「身の程知らずな奴だな、人の家に土足で踏み入るような物だぜ」
同意するように首を縦に振るアリス。
「全くだ。そんなこともあってか、彼は我々が定期的に作成する排除すべき人間のリストに挙げられてしまい、数週間前に不運にもリスト内の彼の名前がドンの目に留まってしまった。ドンは件のカルロ・ファヌッチの身辺調査を指示し、彼がただの向こう見ずなごろつきなのか、それとも我々と同じ種別の人間なのかを調べ上げることにした」
「ただのごろつきじゃ無いだろうな。曲がりなりにも脅しの道具を人数分調達して、それを引き金を引くつもりで向けてきたんだからな」
十中八九『奴ら』の下足番だろうよ。と、言葉を締めくくった。
それに同意するように、マリオは眉間に寄せた皺を指で揉みほぐす。
「結果、彼はしょうもないチンピラでは無かった。ヴェロッキオファミリーに属す構成員と分かったんだ」
ヴェロッキオファミリー。
元々はパレルモの一部地域を掌握するまでに成長した組織。
それと同時に、アリスやマリオの所属する組織。ヴェロッキオファミリーが発足するはるか昔から存在するその組織の怒りを買い、大規模な戦争により郊外へ追いやられた愚かな敗残兵達。
気取ったダブルスーツにオモチャのような粗末な拳銃を携えたカルロ・ファヌッチとその仲間達は、ヴェロッキオファミリーが送り込んだ人間。パレルモ奪還を兼ねてから狙う彼らの斥候であった。
「やっぱりあのろくでなし共のお仲間だった訳か」
「と言っても、気の毒なドン・ファヌッチはただの下っ端。付け替え式の槍の穂先みたいなものだったがね」
フィルム越しのファヌッチの顔に哀れむような目を向けたマリオは、そのまま話を続ける。
「君が痛めつけたファヌッチがヴェロッキオの幹部だろうがただの鉄砲玉だろうがさほど重要ではない。あの売春婦通りで、我々の管轄する商売に手を出したことが問題だ。どんな種類の、どんな小さな商売でも我々の権益を攻撃、または横取りしようとする者はそれ相応の仕返しを受けることになる」
「立ちはだかる障害は全て排除しろ。迷わず迅速にだ。我らがドンの至言だな」
「ああ、そうだね。しかし、ドンは誰彼構わずに銃弾を打ち込めとは言っていないがね」
「なんだ? アタシに対する嫌味かい?」
渋い顔でマリオを睨みつける。
「別に嫌味を言った訳でもないし、発砲事件について長々とお説教を始めるつもりでもないさ」
自分が厄介ごとを起こしているという自覚があるのであれば少し自制してくれると助かるよ。と、付け加えたマリオはあいも変わらず涼しげな表情をしていた。
アリスの暴言や小言に慣れてしまっているのだろう。
「立ちはだかる障害は全て排除しろ。とは言ったものの、ドンが実際に障害の排除を命じるのは非常に稀なことだ。なぜなら、不用意な暴力行為の行使は必ずといっていいほど相手からの報復を受けるからだ。できる限り相手を刺激しない手段でアプローチを続け、平和的な手段で解決できなくなった時のみに懐に隠し持った拳銃を取り出し、迷い無く使用する。それが暴力行為を行使するときの鉄則だ。それが守れなければ、相手からの報復で我々が得る利益に大きな損害が出てしまうからね」
「銃を持つ百人のガンマンにアタッシュケースを持った一人の弁護士が打ち勝つ。アタシにとっちゃあ嫌な時代になったもんだよ」
小さく鼻を鳴らしながら毒づくアリス。
毒づきながらもマリオの話に賛同しているようだが、心の中では間逆のことを考えているようにみえた。
私なら百人のガンマンを凌ぐ男も、彼を取り巻く強大な政治力も一撃で葬ることができる。それも純粋な暴力で。
そう言いたげな表情で、彼女はマリオを凝視していた。
鎮座するレシプロ戦闘機に貼り付けられた生々しい撃墜マークが裏付けとなった自信。それが、彼女の目と声色から滲み出ていた。
「時代が時代さ。昔のように単純な暴力だけでは解決できないほど複雑になってしまったのさ。このシチリアは」
それを知ってか知らずか、マリオは神妙な面持ちでグラスを傾けた。
「だが、状況が変わってきたんだろう? 平和的な解決が望める状況から、拳銃を抜かざるおえない状況へ」
唇を笑みで歪めながら右手を拳銃の形にし、それをマリオに向けた。
「随分と勘が鋭い」
マリオは静かに頷いた。
「アタシにしょうもないチンピラの処理まで頼もうとしたってことはそういうことだろうよ。あれほど痛めつけてもまだ反旗を翻そうとする連中を黙らせるにはもう一度あの痛みを味わわせるほかない。傘下の商売を全て奪われ、味方全てに銃弾が撃ち込まれる戦争の痛みを」
鋭い目に浮かび上がったのは挑戦的な光。戦争と言う名の別世界への渇望だった。
銃弾と鮮血が飛び交う戦場を。止めどなくあふれ出す脳内麻薬を。撃鉄を起こし、重い引き金を一息に引き絞る感覚を。そして、放たれた銃弾が自分達に仇なす人間に命中し、その命を奪う瞬間を。
彼女はそれらを渇望していた。
数十メートル先の無機質な的や、ちんけなチンピラ共に向けて発砲するだけでは決して満たすことのできない欲望。
命を奪うという背徳的な行為で感じる快楽を、彼女の目は望んでいた。
戦いと殺戮を求める目。愉悦混じりの戦争中毒者の目を、マリオは黙って見つめていた。
これから始まる可能性がある戦争において、彼女がいつも通り一騎当千の活躍をすることを期待しているのか。
それとも、我が娘が拡大する戦火に身を投じ、殺戮に快感を覚えどんどん残酷になってゆくことを憂いでいるのか。
その鉄面皮から、彼が何を考えているのか読みとることはできなかった。
「きっかり一週間後だ。パレルモとその周辺のファミリーを集めた全国会議がある、そこでドンはヴェロッキオの出方を伺うつもりらしい」
抑揚の無い声でそう言い放ったマリオ。
彼の言葉にアリスは満足したような表情でワインを口に含んだ。
「全国会議での発言によっては、あの憎たらしいドン・ヴェロッキオの頭が鉛玉で吹き飛ばされる。そういうことか」
「ドン・ヴェロッキオ、コミッションにて放たれた暴漢の凶弾に倒れる。実現すればコーサ・ノストラの歴史を綴る本の数ページは埋めれるほどの事件になるだろうね。ただ、実行犯に加えウチのファミリーはシシリーの全勢力から迫害を受けることになるがね」
すっきりとした葡萄の香りとアルコール臭を飲み下し、白い歯を見せて笑ってみせた、はやる気持ちを抑えきれていない彼女に、マリオはそう言って釘を刺した。
「まあ、ヴェロッキオファミリーがシシリーの勢力図から消滅するかどうかは置いといてだ。アリス、君にはドンと顧問役をコミッションの会場までの送迎をお願いしたいんだ」
「ドンとコンシリエーレの送迎。というよりかは『護衛』だろう?」
鋭い犬歯を見せながらアリスは口を挟む。
ご名答だ、と独りごちたマリオ。
実際に、ドンとコンシリエーレの送迎役をアリスに決めた張本人である彼でさえ、お世辞にも快適とはいえない彼女の運転を買って送迎役に任命した訳ではなかった。
パレルモを支配する組織の長と彼の顧問役。
構成員へ命令を出す時でさえ複数の絶縁体を介してその言葉を伝える二人が。警察組織はおろか、他のファミリーにも動向を知られていない彼らが、民間の道路を通り、完全に中立とはいえ複数のファミリーのドンが集まるホテルへと赴くのだ。それも、郊外の敗残兵達が悪巧みをしている最中にだ。
十五年前の大戦争で傘下の商売と手塩にかけて育てたガンマン達の大半を失った彼らが、今更大挙してパレルモで悪戯を仕掛けてくる可能性は限りなく少ない。が、少人数での攻撃は十分に予想ができる。
二人の乗る車や、車が通る予定の橋の下に大量のプラスチック爆弾が仕掛けられているかもしれないし、路地裏から飛び出してきた一人の大男が、どこから仕入れたかも分からない機関銃を向けてくるかもしれない。
追いつめられた軍隊や死を前提とした相手は、常に指揮系統のてっぺんを狙って攻撃してくる。
たとえよく訓練された軍集団であったとしても、指揮官が戦闘不能に陥ってしまえば大きな動揺と統率の乱れが現るからだ。
そこを突いて攻勢を加えれば、ある程度までの劣勢であればひっくり返すことができるのだ。
ヴェロッキオファミリーはそれを実行するチャンスを伺っている。
ドンとコンシリエーレを暗殺し、彼らの組織の指揮系統を完全に停止させる。それから、残りの全勢力をもってしてパレルモになだれ込み支配権を奪い返す。
手負いの獣となったヴェロッキオファミリーは、そうやって形勢逆転の一手を打ってくる。
ドンとマリオを含む数人のカポ達はそう判断し、マリオはアリスを送迎役に指名したのだろう。ヴェロッキオのゲリラ戦に対処できる最強の手駒。今まで幾多の抗争を乗り切り、極めて高い射撃能力と戦闘力を誇る『戦争屋』に。
「会場はパレルモにあるホテルで行われる。そこへ二人を車で送ってもらうことになるが道中で何が起こるか分からない。知っての通りパレルモ全域は我々の支配下にあるが、先のドン・ファヌッチのような輩が紛れ込んでいる可能性があるかもしれないからね」
マリオは言葉を発する前に一度後ろを向いた。
テーブル席の男達はどうやらいくらか前に店を後にしたらしい。
テーブルの上には何本かのワインの空き瓶とグラス。そして数枚の十ユーロ紙幣が無造作に置かれていた。
四人が店に残っていないことを確認してから、マリオはそうやって一週間後に行われるコミッションの情報を話し始めた。
四人のソルジャー達の不在を確認したのは、彼らにコミッションの情報を聞かれたくなかったからだ。
四人はマリオが下す護衛命令を受け取るべき存在ではない。あくまでも命令を受けるのはアリスであり、仕事の内容を知る必要があるのは彼女と一部の関係者だけでいい。
ドンからマリオを介し、他と一切交わることなくアリスへ通じる命令系統。
それは、一対の有線電話のような物だ。
絶縁体で保護された電線を介して情報をやり取りする。当然、絶縁体の外にいる者は電線を往き来する情報を知り得ることはない。絶縁体を破き、中の情報を盗み取る輩は別だろうが。
コーサ・ノストラはそういった一対の有線電話を数え切れないほど所持している。
首領から幹部へ。そして、幹部から下っ端へと、命令は有線電話を通じて順繰りに降りてゆく。
そういう風に命令を伝えてゆくことで、ソルジャーに命令が行き着く頃には誰がその命令を下したか皆目見当がつかなくなっているのだ。
それと同時に、この有線電話にも似たシステムは謀反を企てた人間をいち早く見つけだすのにも役立っている。
もし途中でドンの命令の内容が誰かによって書き換えられ、末端で事を起こす連中が意向とは違う行動をした場合、電話回線を辿り携わった交換手を問いただせば誰が謀反を起こしたかすぐに分かるからだ。
「ドンの乗る車を運転すると同時に、路地裏から顔を覗かせるクソッタレがいればソイツの頭を鉛玉でブチ抜く。何も起こらなきゃ楽な仕事だな」
「不安ならば何人か人をやることができるが、どうする?」
「アタシの腕を心配してるのかい?」
「車の運転はともかく、君の戦闘能力は高く評価してるさ」
そう言ってマリオが小さく笑った。
「なんか遠まわしに貶されてるような気がする……」
アリスはマリオの言葉に顔を顰めた。歳相応の、まるで拗ねた子供のような、とても彼女が『戦争屋』と呼ばれているようには思えない表情だった。
「まあいいや。相手がヴェロッキオのヒットマンだろうが何だろうが関係ない。皆平等にあの世へ送ってやるだけだ」
そんな表情を見せたのも一瞬だった。自信の溢れた目でマリオを見返すと、彼の持ってきた仕事をそうやって快諾する。
「そうかい……。頼もしい限りだよ」
どこか挑戦的な光を持つ碧眼に、マリオは少し歯切れの悪い返事を返した。
どちらかと言えば下手くそな部類に入るアリスの運転でドンが機嫌を損ねないか心配しているのか、それとも、彼女が望んで危険へ身を投じようとしているのが気にくわないのだろうか。
マリオが何を思って言葉を詰まらせたのかは、彼自身の心に聞いてみる他なかった。
「そうと決まれば今夜は飲み明かそうぜ! コミッション当日にアタシが運転する車が道ばたに仕掛けられた対戦車地雷で吹き飛ばされるかもしれないからな」
複雑な思いが駆けめぐるマリオの心中を知ってか知らずか、アリスは彼の背中を軽く二回ほど叩いた後に、軽口と共に自分のグラスへワインを並々と注いだ。
「あまり縁起の悪いことを言わないでくれよ。こっちはこれでも君の身を心配しているんだよ? 」
憂いげな表情に加え、眉間に少し皺が寄る。
「はいはい、分かってますよ“親父殿”」
険しい表情を見せるマリオをからかうように笑うアリスは、注いだワインをぐいと喉へ流し込んだ。
「もっとも、資金繰りで厳しいヴェロッキオがそんな大それた代物を用意できればの話だけどね。売春宿のオヤジさんがそんな危なっかしい物を工面できやしないだろうし、たとえ何かの間違いで彼の手に対戦車地雷が転がり込んだとしても奴に使う度胸は無いだろうよ」
酔いが少し回ってきたのか、ただえさえ軽快な口調が更に軽くなるアリス。
もう手がつけられないと感じたのか、マリオは彼女の言動に関して文句を付けようとはしなかった。
「今夜は飲み明かすんだろう? 私にももう一杯注いでくれないか?」
マリオの顔を覆っていた憂いげな表情はもう消え失せていた。
代わりに浮かび上がってきた悪戯っぽい笑みと共に、彼はアリスへ向けてグラスを差し出した。
「一杯だけって言っただろ。マスターに頼んで自分のを出してもらえよ」
差し出されたグラスを押し戻しながら、呆れたような声でマリオの要求を断る。
押し戻されたグラスを手元に戻した彼は、軽く肩を竦めた後にマスターに自分のボトルを出してくるように頼んだのだった。