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Page 1.出会い(C)

一番長い話になってしまいました。

物語の根幹に関わる大切なパートですので、ご了承ください。


批判・厳しいご意見・ご感想などなんでも受け付けております。

どんな言葉でもありがたく受け入れるので、どんどん言ってやってください。

 一度自分の手で閉めた書庫の扉をこじ開け、穴があったところへと走る。穴はきっちりとそこにあった。女の子も、そこに、居た。

「飛び出したり戻ってきたり忙しいね」

「人の本音が頭の中に入り込んでくるんだ!」

「あなたも現実味のないこと言ってるじゃない」

 さきほど英朗が女の子に対して言った言葉をそのまま返される。

「でも、あり得るわ。あなたはさっき虚数空間で黄色い光とぶつかったから」

「その、虚数空間とかメンタリとかって一体何なんだ?」

 英郎が問うと、女の子は眉をぴくりと動かし、人差し指を立てる。

「数学とか物理学とか知ってる?」

「いや。僕文系だし」

「虚数空間っていうのは、正陽子と反陽子が絶えずぶつかり続けている空間のことなの。この二つは相反するもので、ぶつかると消えちゃうの。正陽子は黄色い光を放っていて、反陽子は青白い光を放ってる」


 英郎は理解しようと必死で携帯でメモをとっている。

「青白い光ってことは、お前か」

「そう。私は反陽子。で、その反陽子がメンタリなの」

「つまりお前はメンタリなのか?」

 英朗が問うと、女の子は複雑な表情をしながら首を横に振る。

「ちょっと違う。メンタリっていうのは、人間の精神世界なの。そこで生まれたのが、私」

「さっき言ってたメンタリオン?」

「ぴんぽーん! 大正解よ」

 女の子は両腕で大きく丸を描いた。

「で、正陽子が人間の魂なのよ。正陽子と反陽子が衝突することによって、人間界に人間として生を受けるの。虚数空間は人間生産工場ってことね」

 話のスケールが大きすぎて、英郎は戸惑ったが、小説の話だと思うようにして必死で理解した。要するに虚数空間では人間の魂と精神世界が混ざり合い、人間が作られているということだろう。SFにありがちな設定だなと思いながら、女の子の話を聞く。

「で、あなたはさっき正陽子である人間の魂とぶつかった。本来ありえないことよ。一つの体に二つの魂が入ってしまったことになるわ。しかもあなたは、メンタリを持たない」

「精神世界を持たないってことか?」

「そう。私があなたのメンタリに干渉しようとしたら、干渉できなかった。それにあなたはここ九年間負の感情を持たないと言ったから。メンタリっていうのは、人間の負の感情を作り出すの」


 本格的にSFの世界になってしまったなあと思った。ディックの小説あたりにありそうだとも思った。英郎は知っている小説に当てはめながら話を聞くことで、なんとかこの底抜けにスケールの大きな話を飲み込むことができた。

「で、多分あなたのメンタリに住んでいたのは、私」

「どうして?」

「メンタリを持たなくても、魂に干渉して人間をコントロールすることくらいはできるの。最近の多発してる未解決殺人事件は全部メンタリオンが人間をコントロールしてやってることだし」

「一度に二つも重要な情報を漏らすな。整理しろ整理」

 英朗は話を聞いている間、一度も女の子の顔を見ていない。

「あなたの魂に干渉できなかったから、あなたは私の宿主である可能性が高いの。これが一つ」

「おっけ」

「次はね、九年前から多発している殺人事件がメンタリオンのしわざだということ」

「ちょっと待て、メンタリオンっていうのは人間の精神世界、つまり内側に住んでるんだよな。それがどうして?」


 女の子は長い髪をかきわけ、書庫の穴を見つめながら祈るように呟いた。

「九年前、多くの少年少女から精神世界であるメンタリが、分離してしまったの。その結果、メンタリは現実世界に溶け込み、負のエネルギーを放出するようになった」

「それで、殺人事件が増えた?」

「ちょっと違うかな。メンタリオンは負のエネルギーを糧にして生きているの。でも、メンタリの中から飛び出してしまった私たちメンタリオンは、負のエネルギーを調達できない」

「だから負のエネルギーを得るために人間を操り殺人事件を起こしてる、と」

 SFからスプラッター映画に切り替わった。

「なるほどよくわかった」

「でね、少しお願いがあるのよ」

 女の子は書庫の本を手に取ってため息をついた。英朗はそのため息に釣られて女の子の顔を見る。女の子は、どこか憂いを帯びた顔をしていた。葉からこぼれ落ちる雫のように。

「あなたの感情を読む力で、ほかのメンタリオンを探しながら、私たちのメンタリを見つけて欲しいの」


 なるほど、と英郎は思った。餌がなくて困るし同胞が悪さをしているのが嫌だから宿主である英朗に探すのを手伝って欲しいという依頼。英郎は女の子と同じようなため息をつく。

「嫌だ」

「どうして? メンタリを見つけないとあなたも消えるのよ?」

「……はい?」

 まるで道端の猫に話しかけるように優しく、明るく告げた。でもその内容は、サバンナのハイエナのように冷たく、残酷な言葉だった。

「いやいやよくわからない」

「メンタリを持たない、つまり負のエネルギーを持たないあなたは今、正と負のバランスがとても極端に崩れているの」

「それで?」

 流石に少し同様しつつも冷静な英朗。

「正と負が釣り合ってるから人間は存在できているの。だから、バランスが崩れると、消えてしまう」

「なるほどな。言っていることはわかった。で、いつ消える」

「え?」

 女の子は英郎があまりにも冷静すぎることに違和感を覚えた。でも、すぐに納得が行ったように頷く。理解したのだ、メンタリを持たないからだと。

「あと一年ってとこかな。十年くらいしか持たないのよ、この状態は」

「一年ってなあ……」

 英郎はだんだんと状況が飲み込めてきた。


「要は僕とお前が消えないためにも、メンタリを探し、その過程でついでに他のメンタリオンが起こしている事件も止める、ってことか」

「そうなるかな」

 でも、英朗には一つだけ疑問があった。

「お前は、その間どうやって生きる?」

 メンタリオンは人間の負のエネルギーであるネガティブな感情を糧として生きる。つまりは人間と同じご飯を食べるわけではないということ。メンタリオンにとっての栄養は負の感情だから。

「人間から強制的に負のエネルギーを引き出したくはないんだろう?」

「ああ、それならいい方法があるわ」

「なんだ?」

「本から負のエネルギーを得ればいいの。私はそうやって生きていたから」

「本?」

 英郎が首をかしげる。女の子は本棚にある本を一冊取り出した。本のタイトルは『時計じかけのオレンジ』アンソニー・バージェスが書いた作品。文学界の人間がなかなか認めようとしなかったという問題作だ。英郎はこの本を読んだことがあった。だから、納得したように手を打った。


「この主人公は殺人事件を起こして捕まるのよね。それで、洗脳実験の被検体にされる」

「要はそういう主人公や悲しい目にあっている登場人物たちから負のエネルギーを吸い取るというわけか」

「そのとおりよ」

 確かに、人間に殺人事件を起こさせるよりは合理的で省エネな方法だと英郎は思った。

「なるほどなあ」

「さあ、これを知ってもまだ拒むのかしら?」

 英朗にはもう考える余地などなかった。殺人事件の犯人像を知ってしまったという責任感や、自分自身があと一年で消滅してしまうという危機感を同時に感じていた。もう、答えは言わずとも決まっている。

「降参。協力するよ」

「じゃあよろしくね! 東英朗さん」

「よろしく。えーっと――」

「ミザリー・イーストよ。まあでも、しばらくはこっちに溶け込むために東美沙って名前にするわ」

「ん? 溶け込むって?」

 ミザリーは本を英朗に渡しながら笑顔で言う。

「あんたと一緒に住むのよ」

「えええ!」

作品についての詳しい話や今回出てきた本ネタについては活動日誌で詳しくお話させていただきますが、少しだけ触れさせていただきます。


今回の本ネタは『時計じかけのオレンジ』です。殺人シーンや拷問シーン、洗脳など非人道的なことをこれでもかというほど詳しく鮮明に現実味を帯びた繊細なタッチで描いた問題作です。


映画化もされた作品で、本の発売当時は物議を醸し、悪評がたっていましたが、今では作者の代表作として親しまれています。一度読んだらまた読みたい、となる本ではありません。いい意味で。


こちらもよければ古本屋さんなどで探してみてくださいね^0^!

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