Page 1.出会い(A)
Aパートです。
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Page1.出会い
実家のガレージに車を荒々しく止め、英朗が慌ただしく中から出てきた。長い運転で疲れているはずだが、英朗の脳は疲れなど微塵も感じていなかった。底抜けに陽気な気分だ。実家の扉を合鍵でこじ開け、押し入るように中に入る。
「英朗! あんた早いわね」
「早く本を見たいからすっ飛んできた」
英朗はそう言いながら手を差し出す。
「その手は何? バイト代欲しいっていう手?」
「違う、お金はいらない。僕が欲しいのは鍵と本だ」
「ああ、そうねえ」
母親は英朗に赤い五角形のタグがついた鍵を手渡した。ホラー映画に出てきそうな古めかしい長い鍵だった。英朗はしばしその古めかしさに目を奪われた。
「価値ある本は一箇所に固めておいてね」
「どうするの?」
英朗は鍵を見つめたまま聞いた。
「売ってお金にしようかなって」
「却下」
英朗はやっとのことで母の目を見る。英朗の目はとても厳しかった。
「多分あそこには一冊数十万とかいう本が眠ってる。でもなあ、それを売るっていうのはおじいちゃんに悪いし、本に悪い」
「でもあんた、中古の価値ある本売る仕事してるんでしょ?」
「中途半端に価値がある本を本当に求めている人に売ってるだけ。本当に価値のある本を無差別に売るなんて許せない。そういう本がブックオフとかで格安で売られていると殺意を覚えるね。僕は本を救済してるんだ」
「じゃあ、あんたに任せるわよ。本当に必要としている人のところに届けてやればいいんじゃない?」
母がため息をついている。英朗は納得したような顔をして鍵をポケットに入れた。
「さんきゅ」
そして玄関の扉を開け、書庫へと走る。書庫は母屋のすぐ隣にある。コンクリートで固められた母屋とは正反対の古びた木造建築の建物。焦げ茶色に包まれた聖域。重厚そうな黒い扉にポケットから出した鍵を差した。右に回すと、軽快な音が鳴り響く。重たい音を奏でながら扉が開く。
「やっぱり埃すごいな」
中に入る前からわかる埃臭さだった。英朗はポケットの中からマスクを取り出し、つけた。
「掃除してやれよ、本がかわいそうだろ」
中に入ってみると、本棚が迷路のように入り組んでいて、全体が見渡せないようになっていた。どうしてこんな配置にしたんだろうと考えながら最初の本棚の埃を払い、本を確認していく。ヤケの入っている本からシミがある本まであり、状態がいいとは言えない。例え価値のある本があったとしても、状態不良で買い手はいないだろう。
でも、中には状態がいい本もあった。そういう本を重点的に見て行き、商品に回す。状態が悪い本は、自分の趣味に回そうとした。ここの本は全て英朗に一任されているのだ。
最初の本棚の中から売れそうな本と貴重だけど状態が悪い本を引き抜いて表に出す。
「母さん! 母さん!」
英朗は思いっきり大きな声を出して母屋の母を呼んだ。
「はあい?」
ほどなくして母屋から母が出てきた。怖いほどの笑顔だった。
「良い本表に出しとくから、束ねといて」
「はあい」
返事を聞くと、英朗はまたすぐに書庫に入った。それからは迷路を攻略しつつも本を物色し、厳選することを繰り返した。ある程度繰り返すうちに、これは効率が悪い方法ではないだろうかと思い始めた。先に迷路を攻略するかどうか腕を組み、少しだけ迷った挙句、先に迷路を攻略し、最短ルートで表に出られるようにすることを選んだ。
両脇に本棚があり、壁になっている。本棚で作られた道は、とことん入り組んでいて、たまにルートが分岐している。どうしておじいちゃんはこんなややこしい書庫をつくったんだろうと不思議に思いながらも、先に進んだ。分岐していたのに、不思議と一度も迷ったり行き止まりに当たることはなかった。
なんだ、ここは。まるでわちふぃーるどだ。
この底抜けに重たい空気に、英朗は正直参っていた。一歩一歩進んでいく度に足が重くなる。足どころか肩や頭、体全体が重たくなるような錯覚に陥ってしまった。泥沼にはまってしまったかのようだった。ここで僕は死ぬんじゃなかろうか、そんなことを無意識に考えてしまうほど、ここの空気は常軌を逸している。
心臓が止まりそうになるくらいの悪寒が英朗を襲ったとき、青白い光が見えた。
「な、んだ。あれ」
青白い光に近づけば近づくほど呼吸が乱れたが、そんなことはもう英朗には気にならなくなっていた。この非日常的な現象に、この青白い光に、心を奪われてしまった。引き返した方が身の為だとか、そういった理性の類はとうに崩壊してしまっている。
「!」
ついに、青白い光と対面する。
「穴だ……大きな穴だ」
そこには、巨大な穴が空いていた。吸い込まれそうな穴だった。床に空いていたのだが、地下へ通じる階段ではないことはすぐにわかった。でも、それ以上のことは、英朗にはどうしてもわからない。どうしてこんな場所に穴が空いているのか。どうして、穴から、青い白い光が漏れるように出ているのか。
「いて」
突然穴から声が聞こえた。でも、よく聞き取れない。
「どいて!」
声はとても大きく、はっきりと聞こえた。でも、聞こえたときにはもう遅かった。どいて、と言われてもどくことはできず、固まってしまう。
「うわわ! ぶつかる!」
やっと少し物語が動き始めました。
やっと、でもないですね、結構テンポが速いのかなと思います。
ちなみに今回入れた本のネタは「ダヤンシリーズ」に出てくる「わちふぃーるど」です。
あそこはもっとワクワクするような異世界だと思うのですが、私は小さい頃わちふぃーるどに言いようのない違和感や不安感を覚えました。あの独特の雰囲気が怖かったんですよね。ダヤンの長編ファンタジーシリーズはお子さんでも高校生大学生大人でも楽しく読める本なので、是非読んでみてください。
今後も本ネタが登場したら紹介する予定です。