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 ーーおまえはおっちょこちょいだなあ。


 カインに似た優しい手がそっと頭を撫で、傷の手当てをしてくれる。自分と同じ緑色の瞳が柔らかく細められている。


ーーおまえがそのお転婆をなおしてくれないと、兄さん安心して家を空けられないよ。


 その方がいい。あたし、兄さんと離れたくない。


ーー俺もおまえを置いて行くのは辛いよ。でもすぐ帰って来るから。


 そう言って微笑んだ「兄さん」が思いきり頬を平手打ちした。


「痛っ!」

 思わず叫んで頬を押さえる。焦点が合わない。何が起きたかわからない。

 頭が状況を理解するより先に、漆黒の瞳が自分を見つめているのを認識した。

「ル……?」

「俺がわかるか」

 問われてこくんと頷く。

 ルークは少しほっとしたように息をついた。

「ここどこ?」

「知るか」

 そう言いながら、ルークは傍らに置いていた袋を漁って水の入った袋を取り出した。そして何の予告もなくルキの足にそれをかける。ものすごく滲みて悲鳴をあげ、初めて膝が切れていることに気付いた。他にもそこらじゅう傷だらけだ。

 傷口を洗い終わったルークが上を見上げた。

「あの高さから落ちてそれだけで済んで良かったと思え。さすが頑丈だな」


 高っ!


 今さらながら落ちたことにぞっとする。

 飲んどけ、と差し出された水を飲み、お礼を言って返した。

「よくわかったね、ここ」

「地面に滑ったあとが派手についてたからな。あとこれ」

 ルークがしゃらりと何かを掲げる。見ると、ルキのペンダントだ。

 お礼を言おうとすると、ルークが微かに笑った。

「傭兵の時から上手かったからな。獣の後を追うの」

「誰が獣ですって?」

「おまえが獣だとは言ってねえだろ」

「言外に言ったと思ったけど」

「気のせいだろ」

 腹立つ、と呟くとルークは勝ち誇ったように唇の端を上げて笑う。

 かっこいい、と思ってしまって動揺した。

 突然、ルークが身体をこちらへ乗り出した。何かと思えば、持っていたペンダントをつけてくれる。そのお礼を言おうとした途端、今度はふわりと身体が浮いて抱き上げられたのがわかった。

「何何何?」

「うるせえ喚くな。あそこの洞穴に行くぞ。ここ湿ってる」

 ルークはそう言って近くの小さな岩穴までルキを運んでくれた。

「帰れるかなあ」

「ここでおまえと仲良くお陀仏ってのは勘弁だな。俺の沽券に関わる」

「それ、あたしの台詞」

「へえ、良い度胸だな」

「売られた喧嘩は買うよ」

「単純」

「ちょっと!」

 ルキのパンチをルークは簡単に受け止めた。

 この余裕に腹が立つ。

 いつもいつもいつも。

 意地悪で無愛想で人のことを馬鹿にして。

 それなのに、ルキがピンチの時には必ず来てくれるーー……。


「……久しぶり。こういうの」

 噛み締めるように言うと、彼も頷いた。

「……そうだな」

 ルキの拳をルークが握った。

「ごめんね。前、喧嘩した時。あたし、自分のせいでルークが傷付いたんじゃないかって心配だったの。だから……」

「もういい。わかった」

「早く言おうと思ったんだけど、 ちょっと……」

 エミリアのことを思い出して、言葉が尻すぼみになる。

 黙ってしまったルキを見て、ルークの眉間にしわが寄った。

「何だよ」

「……話しかけづらかったの!当たり前でしょ。朝から晩までエミリアさんとイチャイチャしてるんだもん」

「その表現には語弊がある。訂正しろ」

「事実だもん」

「……それを言ったらおまえとロイドもそんなもんだろ」

「何でよ!全然違うでしょ。あたしはロイドに抱きついたり腕組んだりキスしたりしてない。しかも人前でなんてみっともない。有り得ない」

 言うだけ言って、ルークの手を振り払って腕を組み、ふいとそっぽを向く。

 これは嫉妬だ。

 自覚はあったが、言ってしまった言葉は戻って来ない。

 拗ねて黙ると、ルークまで腕を組んでそっぽを向いた。

「俺は逆らうと面倒だから放置していただけだ」

「何よそれ」

「おまえがロイドとべったりだったのと大差ねえだろ」

「だってみんなのところにいるの嫌だったんだもん!ルークとエミリアさんがじゃれてるの見るのが嫌だったの!」

 勢いに任せて言ってしまった。慌てて口を塞ぐがもう遅い。

 ルークが僅かに黒い瞳を見開くが、すぐに元に戻る。

「やきもちか」

「違う!大体あんたは恥ずかしくないの。あんな人前でベタベタして。そりゃエミリアさんは美人だし色気もあるし迫られて嬉しいのはわかるけど」

 ルークが腕を伸ばし、ルキの額を軽くはたいた。

「ぎゃんぎゃん喚くな、やかましい」

「何よ。自分の旗色が悪くなったら逃げるわけ?」

「違う。こんなところまで喧嘩するのが嫌なだけだ。話を戻そう」


 何の話だっけ。


 頭がついてこなかったが、何とか前の喧嘩の話をしていたことを思い出した。

「俺は、おまえの言い分はわかった。俺はあの一件で傷付いてねえし、おまえのせいだとは思わねえ」

 ルークが淡々と話を戻す。

「あたしも、あんたの言いたかったことわかったと思う」

 そう言って、ちょっと悪戯っぽい目を向けてみる。

「あたしのことはルークが守ってくれるんだよね 」

 そう言うと、ルークが眉をひそめた。

「誰がそんなこと言った?」

「……違うの?」

「おまえは俺を用心棒にする気か。高いぞ」

「ケチ。今まではただで助けてくれたのに」

「ツケになってるだけだ」

「うそ!」

 ルキの叫びにルークが笑う。珍しく穏やかな表情に、思わず見惚れてしまいそうになった。



「おい、いつまで寝てるんだ馬鹿」

 雑に肩を叩かれて、重い瞼をこじ開ける。呆れたような顔のルークが目の前に片膝をついていた。

「朝……?」

「とっくにな。帰るぞ」

「道わかるの?」

「おまえじゃねえんだ。馬鹿にするな」

 そう言いつつ、ルークが背中に乗るように促した。

「歩けるよ、あたし」

「そういうこと言ってると膿むぞ。あとから喚かれても鬱陶しい。乗れ」

 ぎろりと睨まれて、仕方なくおずおずと彼の背中に身体を預ける。当たり前だが、近い。

 ルークはひょいと立ち上がると、獣道を歩き出した。



 「あ、ルキ!」

 いち早く二人の姿を見つけたカインが駆け寄って来る。

「大丈夫ですか?あーあ、傷だらけですね。足どうしたんです」

「ちょっと切っちゃったみたい」

「ドクターに診て貰いましょうね」

 ルークが浜にある岩におろしてくれ、カインが彼を労った。

「お疲れさまでした。すぐ見つかりました?」

「ああ。派手に転げ落ちたあとがあった。見つけたら能天気に寝てたがな」

「それ、気絶してたんじゃないですか」

 二人の会話に気付いた船員たちがわらわらと寄ってくる。その後ろから、エミリアがこちらを見つめていた。何だか居心地が悪くなる。

 その日の昼、沖に停泊させていた部下が迎えに来て、エミリアはそろそろ帰ると言った。内心ほっとしたのも束の間、彼女はするりと座っているルキに腕を絡ませる。

「子猫ちゃん、最後に少しお話しない?」


 あたし!?


 驚いてまわりに助けを求める視線をおくるが、誰も助けてくれない。むしろ全員気遣ってその場から離れて行った。

「ルークって素敵よね。かっこいいし、クールだし、強いし。ちょっとぶっきらぼうだけど、あのへらへらしてない感じが良いのよね」

 肯定も否定もしかね、曖昧に頷いてみる。

「でもあたしがいくら迫っても応えてくれないのよ。はっきり拒みもしないけど、絶対に受け入れてもくれないの。感情が表に出てこないのよ」

 だから、とエミリアが身を乗り出した。

「昨日はびっくりしたわ。貴方のためだとあんなに必死になるのね」

 ルキはその場面を見ていないのだからわからない。ただエミリアの次の言葉を待つしかない。

「貴方、ルークのことが好きなの?」

「そんなわけないでしょう!」

 反射的に答えてしまったが、本当にそうだろうかと自分で訝しく思う。

 エミリアは黙ってルキを見つめている。

 口は悪いし、意地悪だし、ものすごく腹が立つことも多々ある。しかし、ルキが困った時には絶対に助けに来てくれるのだ。普段は容赦がないくせに、ルキが弱った時には必ず力づけてくれる。

「……やっぱり好きです」

 宣言するのは、本人に言うより勇気が要る気がした。エミリアは少しだけ眉をひそめてため息をついた。

「やっぱりね。そうだと思ったわ。貴方のあたしへの態度を見てたらね」

 エミリアの言葉に胸が冷える。やはり、嫉妬していたのはばればれのようだ。

 手を伸ばしてルキの頬をつまんだエミリアが、意地悪く微笑む。

「あの偏屈、大事にしてやって。じゃないとまた来て、今度は力ずくでものにするわよ」

「……頑張ります」

 そう答えると、エミリアは満足げに笑った。その顔は、今までで見たなかで一番美人だった。



 エミリアが帰った後、ルークはソファを占領してぐったりとしていた。ルキがコーヒーをいれてやると、珍しく「悪い」とお礼めいたことを言われる。彼のことを好きだと自覚したせいで、そのことにどきっとしてしまった。

「お疲れだね」

「誰のせいだ」

「すみません……」

 向かいにルキが腰掛けると、寝転がったルークが視線をこちらに寄越した。

「足、ドクターに診て貰ったのか」

「うん。変な塗り薬塗られた」

「…………そうか」


 ドクターはにやにやしながら禍々しい色の膏薬をルキの足に塗りつつ、薬の効果があったかを訊ねた。一瞬何のことかわからず首を傾げたルキに、「素直になる薬だよ」とにやにや笑いが強くなる。忘れていたと言うと、早く試すように言われた。


 今、コーヒーに混ぜちゃう?


 テーブルの上のコーヒーを見て魔がさしたが、ふと我に返る。

 ルークを素直にしてどうする。嫌みがいつもの数倍になるだけではないのか。嫌みどころか素直になられて面倒臭いだの鬱陶しいだの馬鹿だの嫌いだの言われるのではないか。


 それは辛い。 下手すると大喧嘩になって収拾がつかなくなる。

「なに百面相してるんだ、気色悪い」

 何の薬を飲ませてなくてもこれである。

「地顔です」

 自分がおかしな行動をとる前に、ルークにぴしゃりと言い返して腰を上げる。

 ドクターには悪いが、例の薬は恐らく使われることはないだろう。

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