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 翌朝、銀髪に戻ったルキを見てカインとロイドはほっとしたようだった。しかし、ロイドとルークの間の空気が妙にぴりぴりしていた 。

 もともと仲良くはなかったが、こんなにぴりぴりもしていなかった気がする。

 その日の昼にはレックスに任せていた船も着き、船員たちはルキを見てほっとしたようだった。

「あれ、ルキ髪切ったのか」

 ハルに訊かれ、興味津々の船員たちに事情を話すと彼らはルークを取り囲んだ。

「副船長さすが!」

「横暴だけどよくやった!」

「かっこいいです!横暴だけど」

 ルークの拳が容赦なく言い出しっぺのハルの頭に落ちた。

「働け」


 その晩、ルキはドクターに呼ばれて彼の部屋に行った。

「ロイドに話を聞いてね、作ってみたんだ」

 ドクターはそう言って、茶色の鬘をルキの前に置いた。

「街に出る時にかぶったらどうかな」

「わあ、本物みたい!」

 銀髪をまとめてから、鬘をかぶって鏡を覗くと違和感がない。

「ありがとう、ドクター。これなら面倒事に巻き込まれることも減るわ」

「そう?なら良かった。お礼はロイドに言ってあげたら」

「そうだね。ロイドにもちゃんと言う」

 ドクターはもう次の作業に移っていた。鬘をかぶったままもう一度お礼を言って、ルキはドクターの部屋を出た。


 ロイドは舵をとっていた。ルキを見ると、「ドクター仕事早いな」と笑顔になる。

「ありがとう、ドクターに頼んでくれて」

「余計なお世話かと思ったんだけどな」

「ううん。これなら帽子なくても平気だし。やっぱり染めるのには抵抗があったから嬉しい」

「ルキにはやっぱり銀髪が似合うしな」

 ロイドがコンパスを確認して少し舵を回す。立ち去ろうとしたルキをロイドが止めた。

「ルキはちょっと諦めが早い」

「え?」

「捕まることに慣れちまってるだろ。『またか。そのうち逃げ出せばいいか』って」

 図星である。

「完全に諦めてないから良いかと思うけど、もう少し諦めが悪くても良いんじゃねえの」

 ルキは少し考え、こちらに背を向けているロイドの前に回り込んだ。

「ロイド、教えてくれる?戦い方」

「いいよ」

 よし、とルキは拳を固める。自分の身は自分で守りたいと思っていたところに、ロイドの提案は渡りに舟だ。

「じゃあお願いね!」

 ルキはそう言って手を振ると、カインに余っている剣を提供して貰おうと駆け出した。


 「それでこの様か。おまえは大人しくしてろ。次は酒樽じゃなくて船が破壊される 」

 穴が空き、中身が甲板に流れ出した酒樽の前でルークが腕を組んで仁王立ちしている。彼の前でルキは小さくなり、傍らにロイドがルークと睨み合うように対峙している。

「いや、でもすごいじゃないですか。樽に穴が空くなんて結構力ありますね」

「あんたはちょっと黙ってろ」

 ルークが眉をひそめて、酒樽の穴を検分していた船長を振り返った。カインが微笑む。

「ロイドの方向性は間違ってないと思いますよ。戦い方というより護身術はあった方が良いでしょう」

「そうやって気付いたら船底に穴が空いてるぞ」

 カインは「それはないですよ」と苦笑した。ロイドがものすごく不機嫌な声を出す。

「ルークは何でも頭ごなしに否定するだけだろ。ルキの気持ち考えたことあるのか」

「ロイド」

 険悪な雰囲気のロイドを慌てて止めるが、ルークはロイドの喧嘩を真っ向から受けることにしたようだった。

「下手に抵抗して返り討ちにでもあったらどうするつもりだ。こいつが下手うつ前に俺たちが守ればいい話だろうが」

「随分と格好いいこと言うじゃねえか。ついこの前目と鼻の先でルキを拐われた奴の言うことじゃねえなあ」

「やめなさい、二人とも」

 カインが厳しい声を出した。


 何でこうなっちゃうんだろう。

 みんなに迷惑をかけたくないから始めたのに、結局ルークとロイドが険悪になっただけだ。


「貴方たち、少し頭を冷やしなさい。口答えは聞きません」

 珍しく厳しく言って、カインはルキの腕を引いた。船室のソファにルキを座らせ、コーヒーを淹れてくれる。

「ごめんなさい。頑固な二人で」

「ううん。あたしが考えなしだったのかも……」

「違いますよ。あの二人、喧嘩したかっただけなんです。しばらく放っておきましょう。パンケーキでも焼きますか」

 カインがパンケーキを焼き始めてからまもなく、外からドン!だのガン!だの物騒な音が聞こえてきた。

 舵取りを交代したレックスが降りてきて、「あの二人何してるんだ?」と訊ねた。

「稽古にしちゃ珍しい組み合わせじゃねえ?」

「喧嘩ですよ喧嘩。放っておいてあげて下さい」

 カインが焼き上げたパンケーキを皿に移してくれた。

 ドスン!とひときわ大きな音がして、しばらく外が静かになる。

 ギッと扉が開いて、服をパタパタ叩きながらルークが入って来た。頬に擦り傷があるが、それ以外は無傷のようである。

「なに、ルーク勝ったの?」

「当たり前だろ」

 にやにや笑いのレックスをぴしゃりとやっつけ、ルークはまたルキのパンケーキを一切れ横取りしようとした。

「あ、それハチミツたっぷりかけたからこっちにしたら?」

 ルキが勧めると、ルークは素直に従った。今度は甘いだの何だの文句は言わない。

「ロイドは?」

「甲板でのびてる」

 お腹が空いているのか、ルークはもう一切れパンケーキを食べた。

 レックスもパンケーキを切りながらルークを見る。

「喧嘩の原因何なんだよ」

「あの馬鹿とこの馬鹿が船を破壊するのを止めようと思って」

 ルークの親指がルキを指した。

「誰が馬鹿よ。良いじゃない、護身術があればみんなに迷惑かけることも減るかもしれないし」

「それが余計なことだって言ってるだろ」

「何でよ」

「迷惑かける迷惑かけるってうじうじしてるのが鬱陶しいって言ってるんだ」

「鬱陶しいって……あたしはあたしのせいでみんなが辛い目にあうのが嫌なの」

「おまえに気を使われる筋合いはない」

「気を使ってるわけじゃない!」

 思わず立ち上がり、それでも高い位置にあるルークの黒い瞳を睨み付ける。

「自分の好きな人に嫌な思いさせたくないって思うの当然でしょ。何でそれがわかんないの」

 ルキは食べかけのパンケーキの皿を掴んだ。

「ルキ?」

 気遣わしげなカインに、「部屋で食べる」と宣言して、もう一度ルークを睨んでから皿を持って部屋を出て行く。

 部屋に戻って皿を置くと、「腹立つ!」と声が出た。

「何なのよあの男!本当に腹立つ!」

 怒りに任せて食べたせっかくのパンケーキは、あんまりおいしく感じられなかった。



 「何なんだ今日は……」

 呟いたルークに、レックスが苦笑する。

「まどろっこしいんだよ、ルークは。たぶんルキにはおまえの言いたいこと全然通じてねえぞ 」

「馬鹿だからな」

「そうじゃなくて」

 レックスがルキの座っていたところにルークを座らせる。カインがお茶を淹れ、男三人話し込む体勢になった。

「おまえはルキには大人しくしていて欲しいんだろ?危ないことはせずに」

「ああ」

「それなら、俺が守るから俺の傍にいろって言えば良い」

 レックスの言葉を吟味するようにルークは黙り込んだ。

 その隙にカインが口を開く。

「たぶん、ルークもルキの言いたいこと理解してないと思いますよ。ルキは、ケントさんのことで貴方が傷付いたと思ってるでしょ」

 ルークが眉間にしわを寄せ、カインの方を見た。

「その件に関しては気に病む必要はないと言った」

「でも気にするものなんです。きっかけのひとつはルキでしたからね。あの子は、貴方や俺たちが傷ついて欲しくないんですよ。特に自分のせいではね」

 優しいなあ、とレックスがしみじみ呟いた。

「それなのにおまえは、 馬鹿だの鬱陶しいだの筋合いないだの……」

 レックスの愚痴をカインが制する。

「二人ともお互いのことを考えてるのに見事にすれ違ってるんですよ。頭が冷えた頃にちゃんと話してみたらどうです?」

「気が向いたらな」

 素直じゃない返事を残してルークも部屋から出て行く。

 それを見送り、カインとレックスは顔を見合わせた。

「……もしかして、良い感じなんですかね?」

「かもしれませんね。二人とも自覚ないですけど」

 二人は見解を一致させ、コーヒーのカップで乾杯する。

「しかし、ロイドはちょっと不憫だなあ……」

「そうですね……でもきっと、ロイドもわかってますよ」

 そう言ってカインはカップを空にした。



 パンケーキを食べて、怒りの冷めないルキはドクターの部屋を訪れた。

「どうしたの、眉間にしわなんか寄せちゃって。腹痛?頭痛?薬飲んでみる?最近新しく痛み止めを作ってみたんだけど……」

 ルキは慌てて彼を止めた。

「違うの。いらない。大丈夫。副船長と喧嘩しただけ」

「ああそう。珍しいことじゃないね」

「そうね。必要なのは痛み止めじゃなくてあいつを黙らせる薬」

「随分とご立腹じゃない」

 ボン!と何かを破裂させ、ドクターが唸った。煙が充満する。

 目の前の煙を手で払いながら、話を続けることにする。

「あんな頭が固くてひねくれてて口が悪い奴初めて。あいつ、昔からあんなだったの?」

「ああ、昔からだよ。むしろ最近少し丸くなったんじゃないかなあ」

 何やら粉末を計量しながらドクターが言った。

「あれで?嘘でしょ……」

「本当だよ。でも、ひねくれてるけど実は優しくて頼りになるでしょ?」

「そんなわけ……」

 反論しかけたが、思い返せばルキはいつも彼に助けられていた。

 初めて会った時も、街で男に囲まれた時も、海賊に襲われた時も、倉庫に閉じ込められた時も、ケントに捕まった時も。

 普段は意地悪で口が悪くて腹が立つのだが、ルキが危ない目に遭うと必ず助けてくれるのだ。

 寒い時は温めてくれて、感情を殺して髪を染めれば強引に戻してくれてーー……。


「必要なのはこれかなあ」

 ドクターが液体の入った小さな小瓶を差し出した。嗅いでみると、甘い香りがする。

「何これ」

「素直になれる薬。自分で飲むもよし、相手に飲ませるもよし」

「おとぎ話じゃないんだから」

 ドクターは眼鏡の奥で不器用なウインクをしてみせた。

「天才に不可能はないからね」

 ルークなら「変態の間違いだろ」と言うところだ。

 とりあえず貰っておこう、とそれをポケットにしまい、ルキはドクターにお礼を言って彼の部屋から引き上げた。

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