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 銀髪のせいで、揉め事は絶えなかった。何度も捕まり、何度も売られそうになり、嫌な思いしかしていない。それでも、染めたり切ったりするのは負けた気がして嫌だった。この髪が綺麗だと、銀髪である自分を好きだと言ってくれる人にいつか出会えると信じて、あえて銀髪を隠そうとはしなかった。

 そしてやっと、ルキを「銀髪を持った高く売れる娘」として見ない人たちに出会えた。それなのに、ルキの銀髪はその人たちに迷惑をかけてしまう。彼らを危険にさらし、辛い目に合わせてしまう。せっかく見つけた居場所にルキがいることで、彼らを傷付けてしまう。それくらいならーー……。



 ヴェストブルクの宿に着いて二日目、食堂に現れたルキを見てカインとロイドがぽかんとした。

 ルークは昨日から部屋にこもっている。一昨日から降っている雨のせいだけではないだろう。

 彼がいないことに胸が痛んだが、ひとまず笑って二人の前で回ってみせた。

「どう、似合う?」

 背中まであったのを肩までの長さにし、焦げ茶に染めた髪を見て、二人はすぐに言葉が出ないようだった。

「似合いますけど……ルキ、どうしたんです」

「自分で切って染料で染めたの。なかなか上手でしょ」

「いや、どうしたってそういうことじゃねえよ」

「いいじゃない。これで厄介事も減るし。もっと早く染めたら良かった」

 無理に笑って席につく。カインもロイドも、何か言いたそうだったが何も言わなかった。


 ノックをし、返事を待たずに入ってきたロイドを見て、ルークはソファに寝転がったまま「何だ」と訊いた。

「いつまで引きこもってるつもりだよ」

 ロイドが不機嫌な顔でルークを睨む。ルークも眉をひそめて彼を見返した。

「何だよ」

「いつも偉そうなくせに、こんな時はうじうじ引きこもるなんて女々しいんじゃねえの」

 ロイドがソファの傍らまで来る。ルークは身体を起こし、ソファに座った。じろりと見上げると、ロイドも冷たい目で見下ろしてくる。

「何が言いたい。おまえの苛々を解消しに喧嘩売りに来たんじゃねえだろうな」

「そんな暇じゃねえよ」

 がしっとロイドがルークのシャツの襟を掴んだ。むっとしたルークがその手首を掴んで離そうとしたが、ロイドはますます力を込める。

「おまえがそうやってうじうじしてるからルキが責任感じるんじゃねえか」

「は?」

 思わず間抜けな声を出したルークに、ロイドが馬鹿にしたようなため息をついた。

「自分のことばっかりで他人に興味がねえんだな、おまえは。だからそんなに鈍いんだろ。ルキや俺たちの気持ちがわからねえんだろ」

 ロイドは乱暴にルークのシャツを離した。

「ルキ、髪染めたよ。そんな馬鹿なことするなと思ったけど、俺たちが言ってもルキには響かねえ。まあおまえは、これで厄介事が減ると思うのかもしれねえけどな」

 吐き捨てるように言って、ロイドは出ていった。その扉をしばらく見つめ、ルークはソファから立ち上がった。



 雨が雪に変わった。

 珍しさに、宿の前に出てベンチに座り、短くなった髪を手で弄びつつ空を見上げる。

 銀髪だとこんなことすらできない。目立って面倒なことになるに決まっている。目に入る濃い茶色の髪にはまだ違和感があるが、そのうち慣れるはずだ。


 銀髪じゃないって素敵。


 言い聞かせるようにそんな感想を呟く。

 そうしてしばらく雪を眺めていると、「ねえねえ」と声をかけられた。

「可愛いね、あんた。俺たちと飲みに行かない?」

 足元が覚束ない男数人がふらふらと酔ってきてルキを誘った。

「結構です。もう宿に戻るので」

「ちょっとぐらい良いじゃん。なんなら宿で飲んでもいいよ」

「そのまま君の部屋に行ってもいいしね」

「ほら、行こうぜ」

 腕を掴んで立たされ、ルキは慌ててそれを振り払おうとした。しかし、酔っぱらいのくせに力が強い。

「あの、やめて下さい。迷惑です」

「固いこと言うなよ」

 チュ、と手首にキスされてぞわっと身体が粟立った。

「あんたら、そんなじゃじゃ馬口説いても良いことねえぞ」

 ふいに割って入った低い声に、ルキを含めた全員がそちらを向いた。

「ルーク……」

 妙な後ろめたさでどきっとしてしまう。

 ルークはこちらへ歩いて来ると、有無を言わせぬ力で男の手をルキから離した。

「怪我する前にやめておけ。大人しく帰って寝るんだな」

 ルークの手に血管が浮かび、力を込めていることが傍目にもわかる。男の顔色が変わり、ルークが手を離すと慌てたように仲間を促して去って行った。

 ルークは黒い瞳に呆れの色を浮かべてルキを見る。

「おまえ、面倒事に巻き込まれるの髪の色関係ないんじゃねえか」

「ごめん……」

 思わず俯く。

 チッと舌打ちが聞こえて、ルークの手が後頭部を掴んだ。

「これ、どうやって元に戻すんだ」

「え?」

「髪。どうやったら戻るんだ」

「何回か洗えば落ちていくけど……」

 それを聞くと、ルークはルキの後頭部を掴んだまま引きずるようにして歩き出した。

 ルキの抗議の声は届かず、そのままルークの部屋に連れて行かれる。洗面所でやっと頭を離されたと思いきや、ルークはしばらくどこかへ行った。彼が帰ってくると、洗面台に屈まされて頭の上からお湯をかけられた。

「わっ!何するのよ馬鹿!」

「俺の台詞だ。馬鹿な真似しやがって」

 ルークは有無を言わせず石鹸でルキの髪を洗い出した。まさかの展開にルキはどうしていいかわからない。しかしーー……。


 髪洗われるの、気持ち良い。


 思わずうっとりとしてしまい、抵抗するのを忘れていた。

 しかし、お湯で髪をすすがれて目の前を茶色い泡が流れていくのを見た途端に我に返った。

「ちょっとルーク!馬鹿!せっかく染めたのに!」

「うるさい黙れ」

 髪をすすぎ、まだ茶色いのが不満だったのかルークはもう一度洗い出す。

「ルーク、もうやめて」

 その抗議は無視され、結局彼は三回ルキの髪を洗った。

 バサリと髪にタオルをかけられ、「もう良いぞ」と言われる。

 身体を起こして鏡を見ると、髪はほぼ銀色に戻っていた。

 せっかく染めたのに、と不満に思う反面、何となくほっとしてしまう。

 黙って髪を拭いていると、ルークは洗面所を出ていった。

 髪の水分が飛ぶまで拭いて部屋に戻ると、ルークはソファで本を開いていた。途端に妙に恥ずかしくなる。慌てて話題を探し、窓の外の雪に目がいった。

「わあ、積もってるよ!」

 テラスに出ると、ルークが「寒い」と文句を言った。無視だ。

 しんしんと降り積もる雪を見ていると、ふとルークが後ろに立つ気配がした。

「結構降ってるね」

 そう言って振り返ると、ルークは少しだけ目を細めた。手が伸びてきて、ルキの髪を一房取る。

「ああ。綺麗だ」

 どきっと心臓が跳び跳ねる。返事に困り、「雪が?」と訊くと「ああ」と言われた。

 そりゃそうか、と思ったが、髪を掴んでいるのは何なのだろう。カインあたりならそのまま髪にキスしてしまっても違和感がない。

 そのまま心臓に悪いひとときを過ごしていると、ルークは「寒い」と言ってルキの髪を離し、部屋のなかに引っ込んだ。ルキも心臓を落ち着けてからそれに続いた。


「ケントのことはおまえが気に病むことじゃない」

 ソファに戻ったルークが言った。

「でも、あたしがいなければあんなことにはならなかったでしょ?」

「そのかわりどうなったかは誰にもわからねえだろ」

「ケントさんとは仲良しだったの?」

「仲良し……まあ、俺たちの隊は仲が良かった。ただの寄せ集めの傭兵の割にな。だから裏切り者を殺せなかったんだろ」

 ルークはぽつぽつ話をしてくれた。ルキに聞かせるというより、何となく思い出した思い出を口に出しているように。


 ルークは七年前、ある国で傭兵として戦争に関わっていた。その時、同じ隊にいたのがケントだ。その隊はみんな仲が良く、家族のようだった。特に兄貴分のピートという男が、ルークにいろいろ教えてくれて、ルークも彼を慕っていた。

 しかし、戦争も終盤に差し掛かった頃に事態は急転する。その日は大雨で、ルークは数人と一緒に野営地から出て偵察に行っていた。そして戻った彼らが見たのは、血生臭い天幕のなかで凶刃に倒れた仲間たちと、返り血を浴びて身体を赤く染めたピートだった。


 何で。どうして。あんなに良くしてくれたのに。なぜ仲間を殺した。


 ルークの問いにピートは答えた。


 おまえみたいな奴にはわからねえ。


 裏切り者。


 ルークは彼に斬りかかった。戦い方は彼から教わった。結果、素早く相手に何もさせぬままに倒す力を身に付け、ケントには「黒豹」と言われた。しかし、戦い方を教えてくれた師に勝てるわけがない。そう思ったが、疲労のためかピートの反応は遅れた。怯んだのはルークだった。心臓を狙ったナイフは逸れ、脇腹を刺した。ピートは虫の息でルークに謝った。しかし、なぜ裏切ったのかは教えてくれなかった。


 その時思った。彼を信頼していたからこんなに辛いのだ。仲間のことが好きだったから、彼らを失うことが苦しいのだと。


 その後、別の部隊に組み入れられたが、怒りと悲しみと喪失感でどうにかなりそうなのを戦いでごまかしていただけだった。雨が降るたびに、血生臭さの中に横たわる仲間たちとピートの屍の光景が蘇って吐いていた。


信頼していたからこんなに辛い。こんな思いをするぐらいなら、一人で生きていった方がましだ。


 そう決心した。



 思わず彼に身を寄せたルキに、ルークはびくりと肩を震わせた。

 ルキは何も言えなかった。何を言っても薄っぺらくて彼には届かない気がした。

 ルークがなぜいつもひねくれた態度をとるのかが何となくわかった。しかし、だからといってルキに彼を癒す力はない。

 だからただ寄り添って、彼に自分の体温を移していた。彼も何も言わず、ルキを拒むことも受け入れることもせずに座っていた。

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