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 いつものようにルキが洗濯をしていると、見張り台からおりてきたレックスが「それ干さない方が良い」と言い出した。

「嵐がくるよ。西に黒い雲がある。風も出てきたし」

「本当?じゃあ仕方ないから中で干すね」

 レックスの助言に従って、洗い終わった洗濯物を室内に張ったロープに吊るすことにした。

 全部干し終わってほっとしていると、入って来たルークがさっそく洗濯物にぶつかりかけて眉をひそめる。

「嵐が来るってレックスが言うから、中に干したの」

 文句を言われる前に言うと、彼は何も言わなかった。ただ、不機嫌そうな顔をして外を眺めている。


 何が気に食わないのだろう。レックスが自分ではなくカインに報告に行ったから、とか?


 まもなくそのカインが来て、船員たちに嵐に備えるよう指示を出した。外は早くも暗くなり始めている。

 不安になってきたところに、ロイドが「心配するな」と声をかけてくれた。

「この船は丈夫なんだ。航海士も優秀だしな」

 聞いてきたレックスが敬礼してみせる。少し安心して、ルキも笑って敬礼を返した。


 ほぼ徹夜になるレックスのために、カインは夕食後に夜食をこしらえた。みんなそのおこぼれにあずかり、ルキは休む前にドクターにも持っていってあげた。

「ルキ、船室に置いてあった薬品知らない?瓶に入ったやつ 」

 今日は何か作っているらしく、金槌を持ったドクターが訊ねる。

「それなら昨日倉庫にしまったけど」

「あ、本当?しまったな……」

 ドクターが困ったような顔をする。

「取って来ようか。必要なんでしょ?」

「いや、悪いよ」

「良いよ。この前二日酔いから救ってくれたお礼」

 ルキはそう言って立ち上がった。

 倉庫に行こうと一度部屋に戻ると、ルークが一人ソファで所在なげにしていた。放っておいて倉庫に向かおうとすると、「どこへ」と訊かれる。

「倉庫にドクターの薬品を取りに行くの」

「そうか」

 彼 はそれだけ答えた。


 興味ないなら訊くな。


 ちょっとだけむっとして倉庫へ向かう。倉庫の前に置かれた酒樽の量に苦笑いしつつ開けた途端、「うわ」と声がもれた。嵐で揺れているからか、物が散乱している。薬品はどこにいってしまったのかわからない。

 手近なところから見て行こうと揺れるなかふらふらしつつ漁り始めた時、背後に人の気配を感じた。振り向くとルークだ。

「探し物は後にしろ。嵐が激しくなるから部屋で大人しくしていてくれ」

「ちょっとだけ待って。たぶんこのへんにあるから」

 ルキがそう言って屈んだ時、船が軋みながら大きく揺れた。思わずバランスを崩し、倒れ込みそうになったところを、反射的にーーたぶんーー 傍らに来たルークが腕を掴んで食い止めてくれた。

「あ、ありが……」

 ルキも反射的にお礼を言おうとした時、バタン!と扉が閉まった。

 ルークがすぐさま扉に直行し、開けようとする。が、押しても引いても体当たりしても開かないらしい。

「……酒樽が転がって塞がれたか」

「うそ!」

 思わず悲鳴をあげる。

「朝になれば誰か気付く。でかい声を出すな」

「あんたのその冷静さ、腹が立つわ」

「奇遇だな。俺もおまえがぎゃあぎゃあ喚くのが不快だ」

 その台詞にむかついて、むかついてむかついて、一周まわって冷静になった。

 一晩ぐらい倉庫のなかでも平気だ。そのへんで寝てしまえば、起きれば朝だ。

 ルキは彼から距離をとり、倉庫の隅の隙間に座り込んだ。彼は彼で、入り口近くのところに座っている。カンテラの明かりが覚束ない。

 とにかく寝てしまおうと、ルキは目を閉じた。起きたらきっと朝で、誰か助けてくれる。


 その願望は実現しなかった。

 少し微睡んで起きると、身体がだいぶ冷えていた。カンテラの明かりも消えていて、あたりは真っ暗である。しかし嵐は抜けたようで、船の揺れはおさまり小さな丸窓から月明かりが差し込んでいた。

 しかし、ルークの姿は確認できない。もしやいないのかと妙に不安になり、「ルーク?」と小さく呼んでみた。すると、間髪いれず「何だ」と低い声が答える。

「あの……そっちに行っても良い?」

 恥を忍んで訊くと、ため息が聞こえた。勇気がくじけかけた時、人の動く気配がしてルークの方がこちらへやって来た。

「何だ」

「あの、ごめん。ちょっと心細くて……」

「そりゃ強気なお言葉だ」

 皮肉を言ったルークは、ルキが小さく震えているのに気付いたようで「寒いか」と訊ねた。

「ちょっと冷えたみたい」

 その答えに無言でそのあたりを漁り、古ぼけた毛布を引っ張り出してくれる。それをルキの方に乱暴に放った。

「ありがとう」

 ここは素直に受け取る。肩からそれを羽織り、できるだけ身体を縮めた。

 ルークはその隣に腰を下ろしたが、何も言わない。

 その沈黙が意外と苦にならないのが不思議だ。

 一人かもしれないという不安も消えてくれたが、一度冷えた身体はなかなか温まらない。

 無意識に腕を擦っていると、いきなり隣からルークの腕が伸びてきてルキの肩を抱いた。

 驚いて突き飛ばしかけたが、現金にもその身体が温かいことに気付く。彼もおそらくそのつもりでの行動だろう。

 それならとルキは一度身体を離し、肩にかけていた毛布を半分彼にもかけてやった。その状態でくっついた方が温かい。

 彼もそれは理解したらしく、ルキが毛布をかけてやると毛布の下でまた肩を抱いてくれた。

 淡々とそれらの行動をとったからか、意外と戸惑いは少なく、照れのようなものもなかった。ただ単に温もりが欲しくて、彼の身体に身を寄せる。しかし、彼が力強くルキを抱き直した時、急に恥ずかしくなった。

 この感情は悟られたくない。

「さっき部屋で何してたの?」

「別に、何も」

「何も?何で寝てなかったの?」

「寝るつもりがなかったから」

 動揺を隠すための会話だったが、彼の返事は意味がわからない。

「何でここに来たの?」

「何でもいいだろ。おまえはその減らず口を閉じられねえのか」

 そう言われて、ルキは顔をしかめて黙った。

 身体にまわされたルークの腕が温かい。また眠気が襲ってきて、そっと目を閉じた。



 「あれまあ、随分と仲良くなりましたね」

「不可抗力だ」

 不機嫌な声音にルキは目を開けた。あろうことか、自分はルークの肩に頭を載せて眠りこけていたようだ。

「わっ!」

 思わず彼を突き飛ばすようにして離れると、ルークは不機嫌な顔でルキにまわしていた腕を戻した。

「災難でしたねえ、二人とも」

 カインが目の前にしゃがみこんで微笑みかける。

「何で扉が開かなかったの?」

「酒樽がごろごろ転がって塞いでました」

 ルークの予想通りである。

 固まった身体を解しながら立ち上がると、隣のルークも同じようにして立ち上がった。

 その横顔が思っていたより精悍なことに気付き、ルキは慌てて目を逸らした。



 ひとしきりカインに昨夜の珍事を話して聞かせたあと、ルキは首を傾げた。

「でも何してたんだろ、あの人。暗い部屋でぼーっとして」

「……ルークは雨が嫌いなんですよ」

 カインはそれだけ教えてくれた。それ以上は口を割らなさそうなので、ルキも聞かない。

 にっこり笑ったカインが、さらりと話を変えた。

「明日あたり街に着くと思いますよ」

「本当?それは楽しみだなあ」

 街に着くというニュースに気をとられ、それ以来ルークのことは忘れた。


 カインの言っていたとおり、翌日には港が見えてきた。上陸する前にまたカインが髪を編んでまとめてくれた。その上に帽子をかぶり、わくわくしながら港におりた。

 先日仕入れた品を売り払い、交易の品を仕入れてから食糧の買い出しをする。

 その荷車をひくロイドの隣を歩きながら、立ち並ぶ露店を眺める。

「あ、あれおいしそう」

「本当だ。食うか」

「……いい。後ろから怖い人睨んでるし」

 ロイドが振り向いて確認する。荷車の後ろで目付き鋭くこちらを見ているルークを見て、彼は肩をすくめて諦めた。

 ルークの横を歩いていたカインが苦笑する。

「ルーク、そんな怖い顔しないで下さい。この街のワッフルは有名ですから、どこかで買いましょう」

 カインには何も言わず、ルークはむっつり黙り込んだ。

 船長の許可が出たので、ルキはワッフルがおいしい店を街の人に聞いた。その店にみんなを引き連れて行き、人数分のワッフルを買う。

「プレーンとチョコとラズベリーがあるんだけど、どれがいい?」

 それぞれ希望のワッフルを配り、「ルークは?」と訊くと「要らねえ」と言われた。

「甘いものは好きじゃない。おまえ食え」

「えー?せっかく買ったのに」

 とは言っても二つ食べられるのは得かも、と思ってしまう。ラズベリーを食べてみると、外がカリカリで中がふっくらしていておいしかった。そこで、二つ目のプレーンを半分に割ってもう一度ルークに勧めてみる。

「おいしいから一口食べてみて。ね!」

「しつこいなおまえは」

 ルークはそう言いつつワッフルを受け取る。一口かじり、ふと驚いたように目を見開く。


 おいしいけど、そんなに驚く?


 怪訝に思って彼の視線を追うと、一人の男が立っていた。

 それにカインたちも気付き、眉をひそめて彼とルークを見比べる。

 男は我に返り、近付いてきてルークの肩を叩いた。

「久しぶりだなあ、ルーク!生きてたのか」

「ああ……こんなところで会うとはな」

「おまえ今何やってるんだ?この人たちは仲間か?」

「海賊だ。陸はもう懲りた。おまえは?」

「俺はまだ傭兵だよ。戦うことしかできねえからな」

 男はこちらに身体を向けた。笑うと、浅黒い顔に白い歯が映える。

「ケントだ。ルークとは昔馴染みなんだ。よろしくな」

 カインが代表して挨拶をし、船員を紹介した。

「宿は決まってるのか? まだなら俺の泊まっているところにしろよ。飯がうまいし、話もできるだろ」

 ルークは即答せず、かわりにカインが賛成した。

「でも何なら俺たちは外しますよ。積もる話もあるでしょう」

「いや、いい」

 ルークが短く答える。

 一度船に荷物を置きに帰り、居残りの船員に事情を説明してからケントに聞いた宿に向かうことになった。

 夕食の席ではさすがに帽子を脱ぐと、ケントはちょっとだけ驚いたようだった。

「銀髪は珍しいな」

「ええ。おかげで厄介事が多くて」

「かもな。でもせっかく綺麗な色なんだ。大事にしろよ」

 優しく言われて、ルキは思わず頬を緩めた。

 ケントとはルークに昔の仲間の消息を訊ねた。会話から察するに、二人ともどこかの国で傭兵をしていたらしい。おそらくその戦争が終わって、みな散り散りになったのだろう。

 ルークは肩をすくめて答えた。

「あれからいろんな国をまわったが、誰の消息も聞かねえ。わざわざ知ろうとも思わなかったしな」

「そうか。そうだよなあ。しかし海賊っていうのはいいな。船長さんはあんまり海賊っぽくねえけど。それに海賊船に女の子が乗っているのも珍しい」

「そういうこだわりはないんです。俺はただ、世界を旅したかっただけなので」

 カインが微笑んで答えた。ケントはますます気に入ったようで、豪快に笑った。

 ケントの前では、ルークはいつもより喋った。普段の毒舌と皮肉も少し控えめで、ルキは意外な思いでそれを眺めていた。


 食事を終え、風呂に入って自分の部屋に戻ろうとした時たまたまケントと出くわした。ケントは爽やかに笑って、ルキを二階のテラスに誘った。

 当たり障りのないことを話してから、ケントはふと困ったように笑う。

「あいつ、相変わらず不器用だな」

「不器用?」

「人付き合いが下手だろ。変わってないと思ったよ。昔はもう少し笑う奴だったけど」

「笑ったところはあんまり見たことないですね。普段はもっと毒舌家で皮肉屋だし」

 ばっさり斬り捨てるルキを見てケントが楽しそうに笑った。

「でも意外と優しい奴だろ?」

「そんなことないと……」

 思い切り否定してやろうと思ったが、言われてみると時々優しい気がする。直近では、倉庫に閉じ込められた時ーー……。

 黙りこんだルキを見て、ケントはまたおかしそうに笑った。その笑顔がとても温かいものに思えて、ルキもつられて微笑んだ。

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