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 「馬鹿か、おまえら。こんな生肉や生野菜ばっか買いやがってどうするつもりだ」

 港でルークの怒声に船員が身を縮めている。「だっておいしそうで」と言った一人の船員の頭に拳骨が落ちた。

「何だ、この無駄な塊は」

「ケーキです……。あとでみんなで食べようかと……」

 答えた別の船員の頭にまた拳骨が落ちる。

「この液体は?」

「ラム酒とワインです。いやいや副船長、酒は大事ですよ」

「限度ってものを知らねえのか馬鹿」

 また拳骨である。

 見ていたカインが取り成しにかかった。

「長い船上生活、娯楽も必要なんですよ」

「金があればな」

 ルークの返事にカインも苦笑するしかない。

 彼の横でルキは山積みにされた食糧と酒樽を見つめていた。この量はすごい。

「……全部で金貨十枚ぐらい?」

 隣のカインに訊いてみると、彼は困ったように肩をすくめた。わからないらしい。

 買ったものは仕方ないと諦め、船員たちはそれを食糧庫へ運び込む作業を開始した。

 作業が終わると、買ったケーキを食べようとカインがお茶を淹れてくれる。ルークを筆頭に甘いものを食べない船員以外がわらわらと集まり、ルキが綺麗にカットしたケーキを鷲掴みで食べた。

 船員たちは仕事に戻り、ルキはカインと並んで荒れたお茶会の片付けを始めた。

「片付けたら、もう一度上陸してみますか?商店街しか見てないでしょう」

「ううん、いい。あたし、目立っちゃうから」

 先程の反省を踏まえて言うと、カインはにっこり笑った。

「俺に良い案があります」

 台所を片付けたカインは、ルキをソファに座らせて「失礼しますね」と髪を編み始めた。器用に編んだ髪を結い上げてまとめ、上から帽子を被せる。

「ほら、これでどうです?」

「わあ、これなら目立たないかも。ありがとう、カイン」

 前髪もピンで留めると、ほとんど銀髪は見えない。見えても金髪と間違うだろう。

 カインは優しく微笑んで、ルキを街へと誘った。


 街の高台にある広場まで上がり、港を一望したルキは小さく喚声をあげて潮の香りがする空気を吸い込んだ。

「気持ち良い街!あたし、港町ってちゃんと見たの初めて」

「ルキの生まれは内陸ですか」

「うん、内陸の小さな街なの。すごいね、あんなにカモメが飛んでる!」

 はしゃぐルキを、カインが微笑ましげに見つめる。その気配を察して、ルキは彼を振り返った。

「カイン、あたしに話があったんでしょ。何?」

「ばれてました?勘が良いですね」

 カインはルキの隣に並び、あえてのようにルキから視線を外して眼下の街を見つめた。

「貴方の希望を聞いておこうと思って」

「あたしの希望?」

「ええ。最初にちょっと聞いて以来、ちゃんと聞かなかったので。ルキ、故郷に帰る気はないんですか」

 ぎゅっと胸のあたりが苦しくなった。

「あたし、邪魔?」

「まさか。むしろ俺たちは帰って欲しくないですけど」

  カインが笑った。

「でも、家族のこともあるでしょう?海賊といたことがわかったら、色々問題もあるかと心配で」

 ルキは隣のカインを見て、困ったように微笑んだ。

「あたし、自分の故郷がどこだかわからないの。風景とかは覚えてるだけど、街の名前も場所も思い出せないんだ」

 カインが目を見開いた。

「記憶がないんですか?」

「そう。一回売られそうになって逃げた時に海に落ちて、気付いたら故郷の記憶がすっぽり抜けてたの。家族のことも自分の名前もわからなかったんだ」

「ルキって名前は?」

「これ」

 ルキは胸元からペンダントを出してみせた。ルチア、と刻印がある。

「これ、名前かなって思って。でもルチアってぴんとこなくて、ルキの方がしっくりきたの。だから略称にしてみた」

 ふと気付くと、カインが悲しそうな顔をしている。ルキは慌てて彼を宥めた。

「そんな悲壮感漂う話じゃないよ。そんな顔しないで」

「ルキ」

 カインの腕が伸びてきて、ルキの頭を彼の胸に引き寄せる。

「貴方のことは、これから俺たちが守りますから」

「ありがと」

 なんとなく気恥ずかしくなりながら、ルキはこの感覚を知っている気がした。



 出航して数日後、船室に入って来たルークは眉間にしわを寄せ、ソファに座るカインに船の帳簿を差し出した。

「大赤字だ」

 カインが僅かに眉を寄せて帳簿を受け取り、パラパラめくる。

「……何です、この個性的な字は」

「ドクターに帳簿つけさせたのおまえだろ」

「あの人、計算早いんですもん。しかしこれは解読不能ですね」

 ドクターというのは、船の奥に引きこもる天才だ。医学の知識もあり、船員の傷病は彼が診る。しかしなにぶん彼は変わっている。何かの研究をしているらしいが、多彩すぎて専門が何なのかいまいちわからない。ルキに初めて会った時は、「その銀髪はどういう原理なんだ?」と言い出してサンプルを採取しようとした。カインが珍しくきつい言い方で止めようとしたが、髪の毛ならと一、二本提供した覚えがある。

「でもこれは解読しなくちゃいけませんねえ」

 ルキはため息をつくカインの後ろからそれを覗きこみ、「あたしドクターに訊いてこようか」と提案してみた。カインが心配そうな顔になる。

「大丈夫だよ。ドクターだっていきなりあたしを解剖したりしないから」

「解剖して貰っても困らねえがな」

 呟いたルークを睨み付け、それならとカインが渡してくれた帳簿を受け取り、ルキは船底にいるドクターのもとへ向かった。

 船底の部屋への跳ね戸をノックし、どうせ返事はないので勝手に開ける。階段を数段下りて部屋に入ると、散らかった部屋の真ん中にボサボサの白髪混じりの頭が見えた。

「ドクター、ちょっと用事があるんだけど」

「ん、何だい?」

 ずれた眼鏡をかけ直したドクターが顔を上げる。訪ねてきたのがルキだとわかると、慌てて椅子を蹴倒してこちらへやって来た。

「ルキ、君の髪調べさせて貰ったよ!いくつか聞きたいことがあるんだ。君のご両親の髪の色は?瞳は?君の瞳は緑だよね?髪の色と瞳の色に関係性があるか知りたいんだ」

 ドクターが輝く目でルキに詰め寄る。

「君の眼球、調べさせて貰ってもいいかい?」

「それは嫌」

 ルキは詰め寄ってくる彼の胸に帳簿を押し付けた。

「カインからこれを解読してくるよう言われたの。ちょっと協力してくれる?」

「ああこれ?何か問題でもあった?」

「ドクターの字、読めないの」

 デスクいっぱいのよくわからない紙を押し退けて場所をつくり、部屋の隅に転がっている椅子を拾ってきて勝手に座る。ドクターも渋々隣に座った。

「はい、じゃああたしが書いていくから読み上げてください」

「しょうがないなあ。何でこの字が読めないんだろう」

 そう言いながらも、ドクターは帳簿を読み上げていった。


 八割ほどいった時だろうか。大きな音と共に船が激しく揺れた。デスクの上に積まれていた本が崩れ落ちる。

「何だろ、今の音」

「砲弾の音だろう。敵襲じゃないか?続けるよ。えーっと、エールが二樽で……」

「ちょっと待って。敵襲?」

 ルキが慌ててドクターを遮った時、また大きな音がして船が揺れた。

「あたし、様子を……」

「ここにいた方が賢いと思うよ。僕たち非戦闘員は邪魔になっちゃうから」

 ドクターは全く動じていない。それどころか、揺れることもいとわずに続きを読み始める。しかしルキはそれどころではない。その様子を見て、ドクターは落ち着くまで自分の研究をすると言い出した。


 しばらくすると音と揺れはおさまった。しかし外が何だか騒がしい。ドクターに訊くと、「敵が乗り移って来たんだよ」と言われた。

「大丈夫なの?」

「さあね。でも船長は強いから大丈夫じゃないかな」

 もはやドクターは無関心の域である。

 ルキはしばらく外の気配を窺っていたが、我慢ができなくなった。

「あたし、少しだけ見てくる」

「気を付けるんだよ」

 ドクターはそう言って白い玉を数個渡してくれた。

「副船長特製の煙玉を僕が改造した。いざというときに使って」

「ありがとう」

「威力がどれぐらいだったか、ちゃんと報告するんだよ」


 体の良い実験か。


 ルキはそれには返事せず、こっそりドクターの部屋を抜け出した。

 戦場になっているのは甲板らしく、船内に人の気配はない。奥の階段からそっと二階へ上がり、窓から甲板を覗いてみる。目に飛び込んできたのは、思いがけない光景だった。


 敵だと思われる巨漢が頭から血を流すハルの髪を掴み、首もとに剣を突きつけている。その背後には人相の悪い男たちが並んでいた。そのなかの大半が傷だらけで、対するカインやルークなどの味方はほとんど無傷である。

 おそらく力で敵わないとみた敵がハルを人質にとったのだ。

「この船にある金目のものと食糧を出せ。あと女がいるだろう。そいつを差し出せ」

 そんな声が聞こえてルキは思わず息を呑んだ。

「海賊船に女がいるわけないでしょう」

 カインがしれっと惚けるが、通じない。

「匂いがするんだよ。早く出さねえとこいつ殺すぞ」

 敵の男たちはこちらに背を向けている。これは好機だ。

 ルキはそっと扉を開けて、二階のデッキに這うようにして出た。

 上からこの煙玉を投げてやる。


 デッキの縁まで這っていくと、ルークの目がちらりとこちらを見た。束の間眉がひそめられた気がするが、彼はすぐに目を逸らした。計画は続行だ。

 ルキはポケットに入れていた煙玉を出し、ハルを捕らえている男に投げつけた。


「いてッ!何だ!?」

 男が驚愕した声をあげて振り向く。彼の仲間も同じようにして、ルキの姿を視界にいれた。

「お、女だ!いたぞ!」

 敵の数人が船室に駆け込む。上がってくる気だ。


 見つかった。

 それ以前にーー……。


「何で煙出ないのこれ!?」

「火つけねえとただの玉に決まってるだろうが!」

 下から思わずと言ったようにルークが怒鳴った。

 デッキから身を乗り出し、ルキも怒鳴る。

「そんなの聞いてない!」

「常識だろ!少しは頭使え馬鹿!」

 ルークが怒鳴り返すと同時に、一瞬隙ができた巨漢をロイドが蹴り飛ばす。

直後、ルキの背後の扉が開いて剣を構えた男が二人現れた。

「飛び降りろ!」

 下から有無を言わせぬ声音で命令され、デッキの手すりを乗り越える。絶対痛い、と思ったが意外と衝撃はなく、不思議に思って目を開けるとルークが受け止めてくれていた。

 ほっとした次の瞬間、ルキの手にあった煙玉にシュッとマッチで点火したレックスが二階のデッキにいる二人にそれを投げつける。

 ぶわっとあたりが煙に包まれ、少し目に滲みた。渦中の二人には相当なダメージだっただろう。


 あれよあれよと言う間に男たちは拘束され、自分達の船に戻された。迷惑料だとカインがいくばくかの金をとる。そして怖いぐらいの笑みで別れを告げて、再び船を出航させた。


 「いやいや、お手柄でしたねルキ」

 一段落したところで、カインがぽんぽんと頭を叩いて褒めてくれた。


 やっぱり彼の手の感触は妙に懐かしい気がする。


「馬鹿が露呈したけどな」

 そう言って気分を台無しにしたルークを睨んでいると、「帳簿はどうなりました?」と訊かれた。それでドクターのことを思い出し、船底に戻ったルキは思わず悲鳴をあげた。

「ドクター!これ……」

「ああ、ごめん。薬品こぼしちゃったんだ」

 目の前にある色とりどりの染みをつけた帳簿を見て、開いた口が塞がらない。ドクターはすまなそうにボサボサの髪をかきまわしている。

「あーあ、これはもう仕方ないですね」

 いつの間にいたのやらカインが苦笑いで言った。

「書き直せ」

 鬼のような命令を下したのはルークである。

「あたしが!?」

「帳簿を放ったらかしてふらふらしていたのはおまえだ」

 ルークがじろりとルキを見下ろす。助け船のつもりか、ドクターが口を開いた。

「ああ、そういえば煙玉はどうだった?」


 こいつがいる時にその質問しないで!


 そう思ったがもう遅い。

「威力はなかなかだ。次は火をつけなくても良いやつを作ってくれ。馬鹿でも使えるように」

 噴火しそうなルキに、カインがそっと囁いた。

「帳簿はそのままで良いですから」

 ルークに馬鹿にされたルキは頭に血が昇り、むきになって言い返した。

「いいえ。書き直します。完璧に書き直してみせます」

「せいぜい頑張れ」

 そんな捨て台詞を残してルークは帰って行く。

 顔を真っ赤にしたルキを、ドクターは面白そうにカインは心配そうに見ていた。

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