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 まだ森に呑まれていない街の中心にある教会の近くに、ルキの家はあった。カインやルークたちに事情を説明し、みんなをその場所へ連れていく。

 戸は、引くと簡単に開いた。取り戻した記憶と変わらぬ光景が広がる。母の趣味である花柄のカーテンも、その窓辺に置いてあるクマの置物も、ルキが縫ったテーブルクロスも、昔のままだ。

 カインがそっと傍らに来た。

「ルキのご家族は?」

 彼に訊かれ、取り戻した記憶をたどって話し出す。

「父はあたしが小さい頃に戦で死んだの。母はそのあと病気で。それからは兄があたしを育ててくれた。でも、結構生活が苦しくて。兄はあたしのために、一年間商船で働くことになったの。それで兄がいない間に、街の人に売られたってわけ」

 カインはそうですか、とだけ言った。目が痛ましげに眇められる。兄も理不尽なことがあるとこういう顔をした。やはり二人は似ているのだ。

 ルークは会話に加わらず、ルキの後ろにある箪笥の上を見ていた。指をつうっと走らせ、それをじっと見つめる。今にも「まだ埃が残っているわよ」などと言い出しそうだ。

 その彼が、何かに反応した。


 閉めたはずの戸が開いている。


 その向こうに人影が見える。


 影は、弓矢を構えていた。


 ルキを見て目の色が変わったのがわかる。そういえば今は鬘をかぶっていないーー……。


 戸を全開にし、その人物が弓を構えたまま中へ入ってきた。しかし、彼よりもルークの方が速かった。

 黒ヒョウさながらに床を蹴って飛び出し、彼を床に引き倒す。しかし彼も俊敏で、馬乗りになったルークの首に矢を突き付けた。ルークは相手の首を指で押さえつけ、すぐにでも骨を砕こうとしている。


 ルークを殺そうと、矢を持った手が動いた。


 その瞬間、誰だかわかった。


「兄さんやめて!」


 ぴたりと二人が動きを止める。ルキは二人に駆け寄った。

 ルークが不本意そうに立ち上がる。続いて起き上がった男の前に立ち、記憶よりもくすんだ金髪と変わらぬ緑の瞳を見つめた。

「兄さん……」

「ルチア、本当におまえなのか」

 兄は戸惑ったような声を出した。記憶よりもしゃがれているが、よく知る声だ。

「うん。本物よ」

 そう言うと、彼はルキを力一杯抱き締めた。

「何が何だか訳がわからない……」

「実はあたしもなの」

 そう言うと、兄はやっと笑みを浮かべて優しくルキの頭を撫でてくれた。


 彼が獲ってきたウサギと荷馬車に積んでいた食糧で、カインがシチューを作ってくれた。

 兄のフレッドとカインたちを引き合わせると、フレッドとカインは打ち解けたものの、フレッドとルークはなかなか険悪な空気を醸し出した。第一印象が殺し合いだったうえに、カインたちの身分を明かした時に腰を抜かしたフレッドに対し、「良い海賊」と言ったルキに「語彙力がない」と辛辣な言葉を投げ掛けたことも関係しているだろう。

 しかし、ルキが人買いに捕まっていたところをカインとルークが助けてくれたことを話すと、フレッドの態度は少し軟化した。その後もいろいろと便宜をはかり、優しくしてくれたと言うとフレッドは深く頭を下げた。

「妹を守ってくれてありがとう」

 ルークは黙っているだけなので、カインがフレッドに微笑みかける。

「俺たちは何もしていませんよ。ルキのおかげで船が明るくなりましたし」

 フレッドも僅かに頬を緩めた。

 シチューを食べ終え、ひとしきりフレッドの質問が止んだタイミングでルキは身を乗り出した。

「あたしも兄さんに聞きたいことたくさんあるの。この街は一体どうしちゃったの?兄さんはどうしてたの?」

 フレッドの表情が暗くなる。

「驚いたよ。帰ってきたらおまえがいなくて、街の人に訊いたらおまえは出ていったって言われたんだ。でも街の人の様子がよそよそしくなっていて、何かあると思った。家の中も荒れていたし、おまえの荷物も残っていたしな。それからしばらくして、疫病が流行った。そしたら……」

 唇を湿らせ、水を一口飲んだフレッドがため息をつく。

「疫病は、おまえの呪いだって言い出した奴がいたんだ」

「あたしの?」

「それを聞いて、おまえの失踪には街の連中が絡んでると確信した。だから問い詰めたよ。ちょっと手荒な真似はしたがな」

 それからフレッドは、ルキが帰って来るのを信じて疫病の蔓延により誰もいなくなった街で一人待ち続けた。畑を作り、森で狩りをして。

「帰って来てくれて良かった、ルチア」

 兄の優しい微笑みに、思わず涙腺が緩む。そして同時に、帰って来たことに動揺していた。フレッドに会えたのは嬉しいが、これから自分はどうすればいいのだろう。

「ひとつ聞いていいかな」

 ドクターが真剣な声でフレッドに問いかける。

「髪の毛を一本貰えないか?サンプルとして」

 フレッドが呆気にとられてドクターを見つめた。彼の両側に座っていたルークとロイドが、黙ってドクターの頭を小突いた。



 「俺、この先の街に用があるんですけど、さっさと行ってくるのでみんなここで待っていて貰えますか」

 翌朝のごはんの時、カインがそんなことを言い出した。

「ほら、ドクターがしばらく森から離れませんし」

 理由はルキ以外のところに見つけるのがうまい。実際、ドクターは朝食も食べずに森へ行ってしまった。

 ロイドがちらりとルキの方へ視線をやり、カインへ戻した。

「俺も行く。あんたは強いが、一人じゃ心配だ」

 カインは特に反対せず、ありがとうございますと言った。

「じゃあ準備して昼過ぎに出ましょうか。すみませんがフレッド、みんなのことお願いします」

「ああ、それは構わんが」

 フレッドが昨夜のシチューの残りを食べながら頷いた。

 彼が席をはずしてから、カインがルキを見た。

「ルキ、これからのこと考えておいて貰えますか」

「……そうだよな。ここ、ルキの家なんだよなあ」

 レックスが噛み締めるように呟く。それを聞いてハルがはっと顔を上げた。

「まさかここで旅をやめるのか?」

「……せっかく兄貴と会えたんだ。そういう選択肢は当然出るだろ」

 レックスがハルの額を小突く。ハルは思いっきり顔をしかめた。

「そうか……。でもそれは……せっかく一緒に旅ができるようになったのに……」

 レックスも俯く。

「ああ。兄貴には悪いけど、ルキがここでいなくなっちまうと寂しいな」

「そうだよ。ルキ、一緒に行こうよ!」

 ドクターも眉を下げてルキを説得しようとする。何も答えられず、ルキは困って三人の顔を眺めるしかできない。

 ルークが不機嫌に腕を組む。

「おまえらガタガタ喚くな。決めるのはそいつだろ」

「格好つけんじゃねえよ副船長」

 ロイドが低い声を出した。ルークは椅子の背に体重を預け、じろりと彼を見る。

「格好つけるつけないじゃねえだろ。俺は間違ったことは言ってない」

「おまえのその余裕が腹立つんだよ。正論ばっかり吐きやがって」

「感情論でぎゃあぎゃあ喚くだけの馬鹿に言われたくねえな」

 ロイドが怒りに任せて立ち上がる。

「ルークは」

 思わずルキの口から声が漏れた。立ち上がったロイドが言葉を呑み込んでルキを見る。

 ルキはルークの黒い瞳を見つめた。

「ルークは、どうしたらいいと思う?」

「馬鹿なことを聞くな」

 彼の答えはあっさりと、冷たいものだった。

「決めるのはおまえだって言っただろ。おまえと兄貴のことを何で俺たちが決めるんだ」

「そう……だね」

 なぜか目の奥が熱くなる。それを必死に押し戻し、みんなににっこり微笑んでみせた。

「ゆっくり考えてみる。兄さんとも話してみるね」

 立ち上がって部屋を出て行くと、その瞬間に涙がこぼれ落ちた。

「……行って良いんだぞ」

 ふと声をかけられて顔を上げると、フレッドが立っている。どうやら外で話を聞いていたらしい。

「俺はおまえが元気で笑ってくれていたらそれでいい。おまえが行きたかったら行きなさい」

 フレッドが大きな手をルキの頭に載せて、ぽんぽんと叩いた。その懐かしさに、またじわりと涙が滲んだ。


 「俺はおまえのああいう無神経なところが嫌いだ」

 ルキが出ていった戸を睨み付け、ロイドが食いしばった歯の隙間から言った。

 ルークが鼻を鳴らして立ち上がり、ロイドを見下ろす。

「気が合うな。俺もおまえの薄っぺらい考え方が嫌いだ」

 そう言って、ロイドが反論できぬ間に部屋を出て行く。カインはその背中を見送ってため息をついた。


 ルキは家の裏でひとしきりめそめそしてから、カインとロイドが出掛ける前に荷馬車に荷物を積み込むのを手伝った。

 二人が出発する時、カインがそっとルキの髪を撫でた。

「ルキ、決めるのは貴方ですけど相談するのは良いと思うんです。ルークはちょっと頭が固いですけど、ちゃんと言って聞かせましたから話を聞いて貰いなさい」

 素直には頷けない。


 ルークに、残らないで欲しいと言って欲しかった。彼はそんなことを言う人ではないし、言わないとわかっていた。それでも、彼に必要とされたら、求められたらと期待してしまっていた。結果、彼に何も言って貰えずに拗ねるなんて子どもだ。

 そうわかっているのに、もう一度ルークと話す勇気はなかった。


 黙ってしまったルキを見て、ロイドが「あのクソボケ副船長」と毒づいた。カインは困ったように微笑んで、もう一度ルキの髪をそっと撫でた。

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