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月、新婚時代にもどるってよ

作者: 月
掲載日:2026/10/30

## はじめに


もしも、人生をもう一度やり直せるとしたら。


あの人と結婚する前?

あの選択をする前?

それとも、もっとずっと昔?


45歳のシングルマザーである月が、ひょんなことから17年前の出産当時にタイムスリップしてしまう。


そこには、まだ夫だった宏ちゃんがいて、生まれたばかりの小町がいて、そして、まだ出会っていないはずの恋人・蔵さんがいる。


過去を知っているからこそ、変えたい未来がある。

けれど、変えてしまったら、今の幸せまで失ってしまうかもしれない。


元夫への愛と、現在の恋人への愛。

母としての自分と、一人の女としての自分。


そんなあれこれに振り回されながら、月の二度目の人生が始まります。


なお、これは壮大なSF大河ドラマです。

科学的な整合性については、どうか広い心でお読みください。


それでは、月の人生二周目。

どうぞお付き合いください。

第1章

いつもの朝、少し浮かれた私

この物語は、完全なるフィクションである。

過去に戻りたいわけでもない。

現在の生活に不満があるわけでもない。

45歳。

仕事もそれなりにこなし、娘の小町は高校生。

そして、隣には蔵さんがいる。

人生、なかなか悪くない。

朝は小町のお弁当を作り、身支度を整える。

まだ寝ている娘を起こさないよう、そっと家を出る。

そんな何気ない日常の中にも、楽しみはある。

今週末は蔵さんと食事の約束をしている。

何を着ていこうか。

どこへ行こうか。

考えるだけで、少し浮かれる。

そんなある日、私は営業の仕事で取引先の工場を訪れた。

目的は衛生管理のチェック。

いつものように担当者と挨拶を交わし、作業所の中を確認していく。

ところが。

奥の方に、妙なものが鎮座していた。

巨大な電気ケトル。

いや、ティファールを何倍にも拡大したような、見たこともない機械だった。

用途も原理も分からない。

それなのに、妙に格好いい。

好奇心が勝った。

私は何も考えず、その機械に足を踏み入れた。

中には、いかにも怪しげな赤いボタン。

押すなと言われたわけでもない。

押したら何が起きるのか、確かめたくなった。

そして。

ポチッとな。

その瞬間、視界が揺れた。

何が起きたのか分からない。

次に目を開けた時、私は思いもよらない場所にいた。

まさか、自分が時空を超えることになるとは。

人生、何が起こるか分からない。

いや、ちょっと待て。

私の人生、ここからやり直しですか?

________________________________________

第2章

お股が痛い!

痛かった……。

辛かった……。

10か月の便秘が解消したような気分だ。

はっ!

ここはどこ?

私は誰?

おぼろげな記憶をたどる。

そうだ。

私は仕入先の工場で、巨大なティファール風の機械に入り、怪しいボタンを押したのだ。

その後の記憶がない。

そして今、私はベッドに寝ている。

目の前には元夫。

あら、なんか若くない?

っていうか、お母ちゃんとお兄ちゃんまで、なんでここにいるの?

ううう……。

なんかお腹が痛い。

ううううう……。

お股がすげー痛い!

そこへ看護師さんが、タオルの塊を持ってきた。

はい、と渡され、受け取る。

げっ!

赤ちゃん!

げげげげげ!

これ、小町やん!!

へ?

へへへへへ?

脳内の整理がつかない!

何?何々?

ちょっと待って!

誰か説明してくれ!!

小町は予定より1か月早く生まれていた。

体重は2000グラムにも満たない。

小さな身体で、私の平べったい、いや、若干大きくなった乳房に必死に吸い付こうとしている。

まだ力は弱い。

そうか。

私は17年前に戻ってきたんだ。

あのティファールの超大型電気ケトルは、タイムマシンだったのか!

そんなことはどうでもいい。

私の脳内は45歳のままらしい。

「ごめんね。生まれ変わってもママは貧乳だったわ」

「でも安心して。17歳のあなたも幸せよ」

人生最高の幸福感を、私は二度味わっている。

小町、ありがとう。

ママも幸せだよ。

小町を看護師さんに預け、ベッドに横になる。

さすがに疲れた。

17年間の記憶が、走馬灯のように浮かんでは消える。

……待てよ。

もし歴史が繰り返されるなら、15年後、私たち夫婦の結婚生活は破綻する。

夫は別の女性に心を移し、私は離婚する。

その後、蔵さんと出会う。

でも、私には45歳までの記憶がある。

人生の分岐点で、前回とは違う選択をしたら?

もしかして、やり直せるのかもしれない。

体は27歳。

脳内は45歳。

真実はひとつ!

……って、名探偵コナンか!

________________________________________

第3章

人生二周目の家選び

低体重で生まれた小町は、退院が少し遅れた。

兄のミニバンで、ようやく我が家へご帰還。

そうそう。

この頃はまだ家を買っていなかった。

2LDKの賃貸マンション。

懐かしい!

小町がクレヨンで襖に落書きしたんだっけ。

今のうちに対策を練っておこう。

育児は大変だった。

宏ちゃんは協力的だったけれど、それを上回るほど大変で、深夜に泣きながら授乳した記憶がよみがえる。

45歳の経験値を持つ私は、これからどうすればいいのか。

離婚を回避する?

それとも同じ人生を繰り返す?

ふと、思った。

蔵さんに会いたい……。

そうか。

離婚を回避したら、蔵さんには会えないんだ。

風呂から出ると、宏ちゃんが母の指導の下、小町にミルクを飲ませていた。

夫の笑顔。

小町を愛おしそうに見つめる目。

おぼつかない手で抱く姿。

そうだ。

私はこの男を愛し、小町を授かったのだ。

蔵さんとの幸せは、私だけのもの。

でも、夫婦の幸せが続けば、小町の幸せも続くかもしれない。

私は決めた。

この男の婚外恋愛を、全力で阻止する。

それから1年後。

宏ちゃんから戸建て購入の打診があった。

二つ返事で同意。

「私もがんばるね!」

家選びが始まった。

前回は候補の3軒の中から、一番海に近い家を選んだ。

その結果、宏ちゃんの勤務場所が変わった。

今回は、若干私の職場から遠くなるが、別の家を選ぶことにした。

そして家が決まり、さらに1年後に引っ越した。

これで未来も変わるはず!

宏ちゃんの支店への異動はなくなった。

ところが、まさかの事態が起きた。

前回、夫の異動先で知り合った例の彼女。

そのヨシノさんが、今回は本社に異動してきたのだ。

えっ。

ダメやん!

結局、知り合ってしまった……。

________________________________________

第4章

探偵・月、始動!

12月。

前回の人生では、ヨシノさんがご主人の不倫を知り、宏ちゃんに相談した。

それが二人の急接近のきっかけだった。

今はまだ9月。

彼女のご主人の不倫を、彼女に知られる前に阻止する。

幸い、私はヨシノさんの自宅も、ご主人の勤務先も知っている。

有給取得済み。

小町は義母にお願いした。

まずは住所と勤務先の確認だ。

未来を変えるため、私は動く。

45歳の記憶を持つ29歳。

本日より、探偵・月、始動!

前回の記憶を頼りにヨシノさんの家へ向かう。

表札を確認。

間違いない。

ここが、宏ちゃんと婚外恋愛に発展するヨシノさんの家だ。

次は、ご主人の勤務先。

会社に電話を入れ、こちらも確認。

よし、行こう。

大きな会社だった。

受付で呼び出してもらい、ロビーで待つ。

やがて、一人の男性が降りてきた。

「マスイヨシノさんのご主人ですよね?」

怪訝そうな顔で、男性は答えた。

「ええ、マスイです」

私は意を決して告げた。

「近いうちに、奥様にあなたの不倫が発覚します」

「今のうちに、婚外恋愛を清算してください。お願いします」

男性の表情が一変した。

「……あなたは、どなたなんですか?」

「私は、あなたとヨシノさんの幸せを願う者です」

それだけ言って、私は立ち去った。

これでヨシノさんに不倫がバレるのは防げる。

宏ちゃんとの急接近も阻止できた……はず。

祈るような気持ちで義実家へ向かい、小町を引き取って帰宅した。

未来は、変わったのだろうか。

自ら行動を起こした未来改造。

これで良かったのか?

人生をいじってもよかったのか?

もし未来が変わっていたら、宏ちゃんとの愛は終わらない。

……いや、一回終わっているから再スタートか。

でも、そうなると蔵さんとの未来はない。

ううううう……。

そんなことを考えていた数日後、宏ちゃんがいつもより早く帰宅した。

「今日は早かったのね」

「うん。ちょっとね」

何かを考えているような様子。

前回の27歳の私なら、気づかなかったかもしれない。

でも、今の私は人生二周目。

宏ちゃんの癖は10倍把握している。

悩んでいる時の彼は、メガネが若干斜めになるのだ。

仕事の悩み?

私への隠し事?

まさか、私が動いたせいで想定外の事故が発生した?

その夜、小町をあやす宏ちゃんの後ろ姿に、私はかすかな違和感を覚えた。

ある日、夫が言った。

「最近、ちょっとお尻の調子が悪くてさ」

「拭くと、少し血がつくんだよね」

……お尻?

「生理用品、ひとつ分けてくれない?」

私は何のためらいもなく答えた。

「じゃあ、お尻見せなさい!」

「なに言うんだ!できるわけないだろ!」

……はっ!!

私ったら、何を言っているの!

1周目の人生では、蔵さんのお尻を訳も分からず確認しようとして、結局、何も分からなかった。

そして今、夫のお尻まで確認しようとしている。

ごめんね、宏ちゃん。

私、光圀公2回目なんだ……。

もちろん、口が裂けても言えない。

それにしても。

人生を二周目ともなると、お尻の相談まで既視感があるとは。

……いや、そんな既視感はいらんのよ!

________________________________________

第5章

15年前の蔵さん

宏ちゃんの様子がおかしい。

そう思っていた私だが、まさか、お尻の問題だけではなかった。

ある夜。

小町が寝静まったあと、宏ちゃんが口を開いた。

「なあ……」

いつになく歯切れが悪い。

「俺たちさ……」

何?

まさか、離婚の申し出?

いや、まだ結婚している。

しかも、今は新婚だ。

「小町が生まれてから、もう2年だろ」

宏ちゃんは少し視線を落とした。

「俺たち、ずっとそういうこと、してないよな」

……あ。

そうだった。

小町が生まれてから2年間、宏ちゃんは一度も私を求めてこなかった。

私は、てっきりそういう気持ちがなくなったのだと思っていた。

ところが、宏ちゃんは違った。

「お前も育児で大変だろうし……」

「そういう気分じゃないかもしれないし……」

求めていいのか。

求めないほうがいいのか。

考えているうちに、言い出せなくなってしまったらしい。

そして、宏ちゃんは私に尋ねた。

「……お前は、どう思ってる?」

私は言葉を失った。

夫婦生活の復活。

それは、私が想像していた以上に重い問いだった。

この人は、まだ知らない。

この先、自分が別の女性に心を動かすことを。

そして私は知っている。

その未来を変えようとして、ここまで戻ってきたことを。

1周目の人生で、私はこの人を愛していた。

でも、私には知っている未来がある。

15年後、私は蔵さんと出会う。

もし夫婦関係がうまくいかなかったら、宏ちゃんはまた別の女性に心を向けるのだろうか。

……いやいや。

未来の不倫を防ぐために、自分の気持ちを無視するのも違う。

そんなことを考えているうちに、小町が眠る時間になった。

2歳になった小町は、寝つく前に少しだけ授乳をする。

これが、なかなか大変なのだ。

なにしろ、母は貧乳である。

「ごめんね、小町。貧乳で……」

小さな娘に謝る母。

でも、私は知っている。

「15年後のあなたは、そこそこの巨乳よ」

……何を言っているんだ、私は。

そんな母の事情など知る由もなく、小町はすやすやと眠りについた。

小町が眠ったあと、私は宏ちゃんの隣にそっと横になった。

出産してから、私には性行為に対する恐怖心があった。

産後すぐは、もっと強かった。

あの頃に比べれば、今はだいぶ薄れている。

それでも、完全になくなったわけではない。

宏ちゃんを拒絶したいわけじゃない。

ただ、今すぐに応えるのは難しかった。

「……宏ちゃん」

私は正直な気持ちを伝えた。

「今すぐは、ちょっと難しい。もう少し、時間をちょうだい」

宏ちゃんは、黙って私の言葉を聞いていた。

私は、この先の未来を知っている。

でも、今の自分の気持ちまで、未来に決めてもらうわけにはいかない。

2011年12月9日、金曜日。

1周目の人生では、宏ちゃんが初めて出張以外で外泊した日だ。

言い訳は、盛り上がって終電を逃してしまった。

タクシーだと2万円以上かかるので、磯丸で始発を待つ、というものだった。

しかし、二周目の宏ちゃんは帰ってきた。

私のマスイさんへの訴えは、効果があったのかもしれない。

玄関を開け、夫を迎え入れる。

宏ちゃんは酔っていた。

珍しく玄関先で抱きしめられ、キスをした。

ちょっと酒臭かったけれど、嫌ではなかった。

このまま、蔵さんとの未来の記憶が薄れていくのかもしれない。

私は、どうしたいんだろう。

自分の気持ちが分からなかった。

そして週明け。

小町を義母に預け、出勤した。

前回の人生で45歳の私は営業課長。

今の29歳の私は主任。

週初めは、土日の数字の分析と上司への報告がある。

1周目の私には大変な仕事だった。

でも、45歳の脳を持つ私には余裕だ。

会社からは、相当できる女だと認識され始めている。

そんな私が課長に呼ばれた。

取引先の新しい担当者が、挨拶に来たらしい。

商談室に入る。

そこには、見慣れた男がいた。

いや。

見慣れた男の、15年前の姿が……。

「蔵さん!」

そう言いかけて、口を閉じた。

未来が変わっている。

私の行動が、1周目とは違う方向に向かっているのだろうか。

私の行動が、私の未来を壊している?

能面のように固まった作り笑顔で、蔵さんと名刺交換をする。

動揺しすぎて、名刺を落としてしまった。

未来の私が愛した蔵さん。

でも、今の彼はまだ私を知らない。

張りのある肌。

真っ黒な髪。

半音高い声。

それなのに、触り慣れた手の甲の血管。

何度も口づけした唇。

面影がある。

というより、変わっていない。

私は名刺を握りしめたまま、しばらく動けなかった。

________________________________________

第6章

二年ぶりの夫婦

帰宅途中の電車で、私は考えていた。

12月9日、宏ちゃんは帰ってきた。

ヨシノさんとの恋は、もう発生しない可能性が高い。

15年後の蔵さんへの恋と、宏ちゃんへの愛。

天秤にかけたら……。

宏ちゃんの皿には、小町も乗っている。

これ以上、未来を壊したら、この先どうなるか分からない。

義実家で小町を引き取り、小さな手を引いてバスに乗る。

童謡を歌っていたら、小町は私の腕の中で眠ってしまった。

小さな寝顔を見ていると、胸の奥がきゅっとなる。

宏ちゃんに抱かれたら、夫への愛を取り戻せるかもしれない。

夫と身体を重ねたら、まだ訪れていない蔵さんへの未練を断ち切れるかもしれない。

クリスマスも近い。

私、今年中に答えを出せるんだろうか。

その夜、宏ちゃんが帰宅した。

いつもなら食卓に出す缶ビール。

今日は出さない。

宏ちゃんにお風呂を勧め、いつもより早めに小町を寝かしつける。

私もお風呂へ向かった。

鏡に映るマッパの自分を確認する。

よし!

多少の崩れはあるものの、産後よりは全盛期に戻ってきている!

……問題は下着だ。

擦れてレースっぽく見える生地。

くたびれたオパン。

これはいかん。

隙を見て、新しい物に履き替えよう。

私はこっそり引き出しを開け、勝負下着を取り出した。

いや、勝負というほどのものでもない。

ただ、せめて見た目くらいは整えておきたい。

リビングでは宏ちゃんがテレビを観ている。

私はそっと後ろに回り込み、両肩に腕をかけた。

夫の耳元に唇を寄せる。

そして、そっと耳にキスをした。

そう。

夫の弱点だ。

宏ちゃんの肩が、わずかに動いた。

私はもう一度、耳元に顔を寄せた。

「……しよっか」

宏ちゃんが振り返る。

その顔を見たら、こちらまで少し照れてしまった。

私は夫の手を取り、寝室へ向かった。

何年ぶりだ?

1周目で5年。

タイムスリップしてから2年。

合計7年?

いや、待て。

二周目では、まだ2年半くらいか。

そんなことは、どうでもいい。

私を知らない蔵さんの顔。

私を知っている15年後の蔵さんの顔。

頭の中に浮かんでくる二つの顔を、私は追い払おうとした。

今は、目の前にいる宏ちゃんを見よう。

夫との愛を取り戻すため。

変わってしまった未来を確かめるため。

私、これからどうなるの?

________________________________________

第7章

二つの結婚指輪

目覚ましが鳴った。

夫の腕枕で眠っていた私。

二人とも素肌。

ちょっとハズい。

眠る宏ちゃんの顔を見つめた。

ほんの少しだけ、昔の自分に戻れた気がした。

昨夜のことを思い出すと、少し照れくさい。

でも、嫌ではなかった。

要領よく家事をこなし、出勤する。

職場では6年目の主任。

でも脳内は、22年目の課長。

仕事はいつもの3分の1の時間で片付く。

名刺の整理をしていた時だった。

蔵さんの名刺。

指が勝手に動いた。

電話をかけてしまった。

私、何してんの!?

蔵さんが電話に出た。

特に用事はない。

なのに私は、

「外回りで御社の近くに行くので、年末の件で打ち合わせを……」

勝手に用事を作ってしまった。

15時に約束成立。

コートを羽織り、

「外回り行ってきまーす!」

自分で自分が分からない。

昨夜、夫と夫婦生活を再開した。

今朝は出がけに「ちゅっ!」までした。

なのに、私は何をしたいんだ?

ただ会って、自分の気持ちを確かめたいだけなのか。

これから何かが変わるのか。

それとも、同じ運命を繰り返すのか。

夫に抱かれた翌日に、未来の彼に会いに行く私。

頭の中が、1周目と2周目で完全にバグっている……。

15時。

蔵さんの会社近くのカフェ。

会社の商談室ではなく、わざわざ外のカフェを指定した。

ノートパソコンを開き、年末年始のスケジュールを確認する。

……これ、電話で済む話だ。

それでも、私は目の前の蔵さんを見ていた。

コーヒーカップの取っ手を持たず、お茶みたいに飲むのも同じ。

文章を言い換えるときに「逆に」って使うのも、もうこの頃からなのね。

そんなことを考えていたら、ふと目に入った。

蔵さんの左手の結婚指輪。

そして、私の左手の結婚指輪。

デザインが違う、結婚指輪。

ああ。

この人にも、この人の人生がある。

私が知っている蔵さんは、15年後の蔵さんだ。

今、目の前にいる彼は、まだ私のことを知らない。

勝手に涙があふれてきた。

こら!

バカ!月!

ここで泣いたら、蔵さん、?????じゃん!

私は慌てて目を伏せた。

打ち合わせを終え、帰り道。

会社に電話を入れ、直帰を伝える。

そのまま義実家に向かった。

玄関を開けると……。

口の周り中にケチャップを付けた小町が登場。

ぶはっ!

爆笑する私。

泣いたカラスがもう笑った。

義母にお礼を言い、小町の身支度を整える。

さあ、小町!

帰ろっか!

帰宅してテレビをつける。

「おかあさんといっしょ」

ムテ吉がお気に入りの小町は、テレビにかぶりつき、一緒に歌って、一緒に踊る。

その後ろ姿が、たまらなく愛おしい。

小町を30分ほどテレビにお預けし、私はちょっと一息。

ふと、考える。

17年後からやってきて、再び小町を出産した。

ここまでは同じ。

でも、未来を知る私は、未来を変える行動をしている。

このまま暮らせば、蔵さんとの恋愛がない未来が来るのか。

それとも、想定外の未来が?

宏ちゃんと再び破局し、蔵さんとも出会わない人生になったら……。

このままでいいのだろうか。

道に迷った時、45歳の私はどうしていたっけ?

……そうだ!

お姐だ!

________________________________________

第8章

お姐のひと言

15年後の私には、シンママの先輩のお姐がいた。

家を買う時に知り合い、今も付き合いが続いている。

今回の家も、もちろんお姐が担当だ。

よし、電話してみよう。

「あら、月さん!LINEじゃないなんて珍しいじゃん。どうしたの?」

「私ね、ちょっと恥ずかしいんだけど、小説を書いてるの」

「あら、そうなの?」

「これからあらすじを話すから、感想を聞かせてくれない?」

お姐は快く承諾してくれた。

電気ケトルでタイムスリップ。

未来の彼氏。

未来では離婚している夫との関係。

今、その先のストーリーで行き詰まっていることを説明した。

「お姐だったら、この先どうする?」

お姐は爆笑しながらも、何かを察した様子。

やはりこの女、15年前から只者じゃない(笑)。

そして、ひと言。

「私だったら、一回電気ケトルを探してみるけどね~」

「だって、電気ケトルがこの時代にもあったから、主人公はタイムスリップしてきたんじゃないの?」

……

……

……

目から鱗が落ちた。

そうだ!

今回の元凶。

ティファールの電気ケトル型タイムマシン。

あれが、この時代にも存在しているかもしれない!

事故が起きたのは、新規取引に向けた工場の衛生管理点検。

そもそも、あの会社は存在しているのか?

ネットで検索。

山田食品工業。

レトルト食品の会社だ。

あった!

同じ駅だ!

……え?

倒産してる。

やはり私という異物が、未来を変えている。

本来なら15年後に、うちの会社と取引が始まるはずだった。

あの巨大な機械。

レトルトパックを作る機械だったのね!

倒産しているなら、もう機械はないかもしれない。

でも、念のため電話してみよう。

プルルル……。

ガチャ。

あ!出た!

倒産を知らないふりして、新規取引の提案を装う。

電話に出たのは元従業員だった。

わざとらしく残念がり、機械の行方を尋ねる。

「それなら、3日後に解体予定だよ」

……

……

……

ケトルは工場にある。

ただし、3日後には解体される。

時計を見る。

18時。

私は山田食品工業へ向かってダッシュした。

________________________________________

第9章

最後の夜

2011年12月13日、火曜日。

19時30分。

私は山田食品工業の前にいた。

15年後。

新規取引先の工場点検に訪れた私は、巨大な電気ケトル型の機械に吸い込まれ、15年前の世界に戻ってきた。

人生二周目。

いや、もはや何周目なのか分からない。

目の前にあるのは、倒産した会社の工場。

夜の7時半。

人影はなく、門には鍵がかかっている。

会社はすでに倒産していた。

工場は操業を停止している。

そして、あの機械は3日後に解体される。

もし、なくなってしまったら?

私は元の未来に戻れるのだろうか。

そもそも、戻りたいのだろうか。

未来の蔵さん。

今の夫、宏ちゃん。

どちらを選ぶのか。

いや、選べるのか。

答えは出ない。

でも、あのケトルなら何かが分かるかもしれない。

解体予定は12月16日。

もう一度、人生をあのケトルに委ねてみよう。

そして、12月15日の夜。

明日、あのケトルに入ったら、二度と戻れないかもしれない。

宏ちゃんと過ごす、最後の夜になるかもしれない。

そう思ったら、どうしても夫に抱かれたかった。

未来の蔵さんへの気持ちも、これからどうなるのかという不安も、いったん胸の奥にしまい込んだ。

今、目の前にいるのは宏ちゃんだ。

もしかしたら、もう離婚しないかもしれない夫。

この人と過ごす今を、私は確かに愛おしいと思っていた。

________________________________________

第10章

川崎警察署の者です!

2011年12月16日、金曜日。

午前4時。

起床!

夫には、

「お豆腐屋さんの工場見学に行きたい」

とお願いした。

なぜ豆腐なのかは、自分でも分からない。

宏ちゃんには有給を取ってもらい、私は始発で山田食品工業へ!

寒い。

コンビニで買ったホカロン10個を身体中に貼り付けた。

それでも寒い。

午前7時。

誰も来ない。

午前8時。

誰も来ない。

午前8時55分。

来た!!!

トラックが工場前に停車した。

作業員が降り、門の鍵を開ける。

ガチャン!

今だ!

「すみませーん!」

「川崎警察署の者でーす!」

「ちょっと調べますので、先に入らせていただきまーす!」

「おいおい!聞いてないよ!」

聞いてるわけがない。

私は作業員を押しのけ、工場へ突進した。

入口のシャッターに手をかける。

……開く!

ガラガラガラガラ!

シャッターが上がる。

そこにいたのは……。

巨大な、

ティファールの電気ケトル型レトルト製造機!!!

「あったあああああ!」

入口のブレーカーを上げる。

パッ!

工場内の照明が点灯した。

ウィィィィィン……。

ケトルが動き出した。

あった!

あの赤いボタン!

15年後、私がうっかり押すことになる、あのボタン!

迷っている暇はない。

レバーを押し、機械の中へ飛び込む。

そして……。

ポチッとな!

ウィィィィィィィィン!!!

機械が唸りを上げる。

……

……

……

え?

何?

暑くない?

12月なのに、なんでこんなに暑いの?

……

……

……

えええええええええ!!!

目の前に立っていたのは……。

大学時代の元彼、

悦郎くんだった。

……は?

この顔。

この景色。

この暑さ。

まさか……。

18歳の夏休み。

自動車学校の合宿免許!!!

ちょっと待て。

私、45歳の記憶を持ったまま、またここから人生をやり直すの?

宏ちゃんは?

小町は?

蔵さんは?

……いや。

それよりも。

この男と、また付き合うの?

え!

この男とやり直すの?

面倒くせー!!!!!


## あとがき


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


45歳のシングルマザーが、17年前の出産当時にタイムスリップする。


そんな突拍子もない設定から始まった今回のお話。


もしも、あの頃に戻れたら。

あの人との未来を変えられたら。

今の幸せは、どうなってしまうのだろう。


そんなことを考えながら、月の二度目の人生を書き進めました。


過去には過去の愛があり、現在には現在の愛がある。

どちらが正解というわけでもなく、人生は選択の連続なのかもしれません。


もちろん、タイムスリップの仕組みについては、作者にもよく分かっておりません。

赤いボタンを押せば何とかなる。

その程度の認識でございます(笑)。


現実の人生は、残念ながらやり直しがききません。

だからこそ、今ある日常を大切にしていきたいものですね。


さて、月の人生はこの先どうなるのでしょう。


それはまた、別のお話……。

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