良妻
「走馬灯って誰が出てくるんだろう」
寝しなに夫が声をかける。
寝苦しい夜。エアコンからは冷気と共にうなるような音が、眠ろうとする神経を逆なでる。
タオルケットでさえ蒸し暑く、麻のパジャマがじっとりと肌にまとわりつく。
「なによいきなり」
「当然おまえは出てくるだろ。それと子供たち」
夫は小さな声で、ゆっくりと言葉を吐き出していく。
「親兄弟は、俺のと、おまえのところと。いろいろ世話になったからな」
「やめてよ、縁起でもない」
「それと、いとことか、親戚とか……幼稚園の頃の、あいつとか。もうなくなっちゃったけど、近所の公園でよく遊んだな」
とめどもなく出てくる、夫の人間関係。幼い頃の出来事から、学校生活、そして社会人になって、私と出会って。
「ついこの間のように思えるよ」
「そうね」
いつしか私も、夫の話に耳を傾けて、相槌を打っていた。
目を閉じても鮮やかな景色が思い出される。南の海の透明度の高い青、雪山のコテージで身体を温めた暖炉の炎、新緑の山を眺めて歩いたことも。
「夏祭りで買ったおもちゃの指輪、まだ持っているかな」
子供に買ってあげた射的の景品だったか。そんなこともあったかも。
「交通費精算の数字が合わなくて、夜通し確認したこともあったなあ」
経理の仕事をしていたから、月末になると帰りが遅くなっていたっけ。新婚の頃は、私も寝ないで待っていたけど、最近はもう眠くなっちゃうのよね。
「あのお店、まだあるかなあ」
「どこのお店? 付き合っていた頃によく行ってた喫茶店は、この間閉店しちゃったけど」
「ああ、いつもホットケーキを頼んでたなあ」
他愛のない昔話。
記憶も曖昧になっているような、あやふやな過去。
私の知らない頃の夫の話。
――
「それで奥さん」
「はい」
殺風景な部屋は、心も寒くなる。
パイプ椅子と、会議用の折りたたみテーブル。白熱球の卓上ライトが私の視界でやけに眩しい。
「夫の願いを、叶えようと思いまして」
「願い、ですか?」
「はい」
口角が少し上がっただろうか。希望を叶えてあげるというのは、私の中でも特別な喜びが生まれていた。
「走馬灯が見たい、と」
久しぶりの投稿です。どうも、お久しぶりです。
2026年の夏も、暑いですね。




