卒業アルバムの使用法
1.
滝沢博之は、小学校4年のとき、都内から都内の小学校に転校した。
彼は池袋の会社寮に住んでいた。
当時の池袋周辺には商店街があり、小学校ももちろんあり、アパートに住んでいるか、古い借家に住んでいる生徒が多かった。
彼は成績が優秀で、7科目中5が3つや5つはあった。
空き地も多く、遊び場所に苦労しなかった。
都内から都内に転校したのは、親父が家を建てたからである。
住宅街のその地は、彼よりできるものが多く、5が算数だけになった。
私立の中学を受験するために塾に行く生徒が増えてからは、算数さえ4に下がってしまった。
池袋のような商業地から、都内の住宅街に家を建てる人が多い時代であった。
生徒の出来不出来に関わらず、公立の教師の質には大差がない。
井上高子という20代の教師が担任となり、何の問題もないかに見えた。
だがその教師にも未熟さが残っていた。
授業が終わって帰るときに、後ろの机に椅子を載せ、机を教室の後ろに下げろと命じた。
滝沢は帰るとき、後ろの机に椅子を載せた。
すると、市村佐和子という女子の小指に当たってしまった。
彼女はすぐに手を引っ込めたが、そのことが彼に一生の恨みを残す結果になった。
2.
市村佐和子は現在50歳である。
彼女はまだ同じ場所に住んでいる。
滝沢はその前を通るたびに、そのことを苦々しく思っていた。
吉川という男の家が市村佐和子の家の近くにあるのも後から気づいた。
滝沢の担任は5年から栗林敏夫という50代の教師になった。
栗林は滝沢が市村佐和子に怪我をさせたと授業中、突然喚き出し、滝沢は1時間吊し上げられた。
市村佐和子の怪我が最初の病院の触診では異常なしと言われ、それでも痺れるので別の病院でレントゲンを撮ったら、小指にヒビが入っていたそうである。
そのことまで栗林は滝沢のせいにした。
滝沢が栗林に吊し上げられたあとも、市村佐和子は悪口を言い続け、他のクラスにまで言いふらした。
吉川も栗林敏夫の吊し上げを2回も蒸し返した。
どうやら市村佐和子の母親が吉川の母親にも悪口を言い続けたようだ。
滝沢は勉強もでき、学芸会の演劇にも選ばれたし、習字は他校でやった展覧会に展示された。
佐和子にはこれといって何の活躍もないことに対する嫉妬で、しつこく悪口を言い続けたのであろう。
滝沢が市村の家を見ると、門の反対側にも表札があり、楠木となっている。
彼は卒アルを見て、市村佐和子の家に電話した。
「栗林と申しますが、市村佐和子さんお願います」
「この時間に?」
夜11時である。
出たのは母親のようであるが、これで佐和子がまだそこに住んでいることがはっきりした。
3.
市村佐和子は楠木誠という男と結婚して、楠木佐和子と苗字を改めたが、自分の実家に夫と同居していた。
一度家を建て直し、門の左側に「市村」、右側に「楠木」と表札を張りだした。
町内会長をしていたために、電話番号を変えなかった。
佐和子はある日、ポストに「塩辛小学校同窓会、赤松武夫」という名前が裏側に書いて封書が入っているのを見つけた。
何事かと思い、封を切るとただの新聞の折込チラシが入っていた。
彼女の家で取っている新聞に折り込まれたチラシと全く同じものである。
しかも赤松武夫とは、隣のクラスにいた男の名前であり、中学は別だが、名前は覚えていた。
彼女は卒業アルバムを取り出してみて、赤松に電話してみたが「この電話番号は現在使われておりません」と応答が流れた。
翌日も同じようにワープロ打ちの封書が届いた。
差出人は「塩辛小学校同窓会、入江幸三」となっている。
入江は同じクラスにいて、同じ中学に進学したが、途中で転校していった。
封筒の中身は、前と同じようにただの新聞の折込チラシであった。
誰かのイタズラである。
彼女は慌てて警察に駆け込んだ。
だが警官の態度は冷たかった。
取り締まる法律がないと言われ、追い返されてしまった。
4.
それから数日後のことである。
今度は「塩辛小学校同窓会、楠木佐和子様」と書かれた封書が届いた。
差出人は見たことのない名前であった。
中身は同じようにただのチラシであった。
塩辛小学校の教師は、彼女の卒業後3年の担任になった栗林敏夫である。
3年のクラスの父兄が校長に転勤を求める署名運動をしたことがある。
その署名は彼女の親にも求められ、彼女の親も転勤を求める署名をしていた。
彼女も栗林敏夫に頭を木の太い棒でゴツンとやられたことがあり、彼女は大学病院で精密検査を受けるために欠席したことがある。
彼女は再び警察に駆け込んだ。
「今度は今の苗字で送られてきました」
「あなたは結婚後も同じ住所に住んでいるんですよね?」
「そうです」
「表札は?」
「門の両側に市村と楠木の両方があります」
「ではそれでわかるじゃないですか?」
「そうですけど、なぜ私の下の名前まで知ってるんでしょうか?クラス会なんて一回もしていません」
「でも普通に生活していれば、近所の人は知ってるでしょう」
「それはそうですけど」
「悪質なイタズラですが、それだけでは今のところどうすることもできません」
「そんな!」
「何か、あったら通報して下さい」
「わかりました」
佐和子は暗い気持ちで家路についた。
5.
その1週間後の日曜日のことである。
朝から突然電話が鳴った。
やはり、佐和子は卒アルの電話番号を知っていて、誰かが嫌がらせを始めたと思った。
彼女は電話を取り、「もしもし」と返答したが、すぐに電話は切れた。
彼女は警察に通報したが、1回だけは事件にならない、少なくとも100回以上でないと言われた。
それ以来、全くいたずら電話が掛かってこなくなった。
封書も来なくなった。
気になった佐和子は、塩辛小学校が2年に一回ずつ出していると文集を調べてみた。
卒業文集には、入江も赤松も心当たりになるようなことを書いていない。
念の為に4年の文集も調べてみた。
そこには赤松武夫が「骨折」という作文を書いていた。
彼女は4年のとき、小指の骨にヒビが入ったことがあり、転校生の滝沢博之の悪口を言い続けたことを思い出した。
犯人は滝沢かもしれないと思ったが、それ以来手紙も電話もかかってこないので、どうすることもできなかった。




