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遥か彼方ー心をうめる鳥と、記憶の旅ー  作者: とみー


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第5話 修理屋のおじさん

第5話です。


遥は、もう一度

「修理屋のおじさん」を訪ねます。


直せないと言われた記憶。

その理由が、少しずつ明らかになります。

 すずの記憶が直らない理由を、

 わたしはまだ、ちゃんと知らない。


 分からないままにしておくことが、

 どうしても、嫌だった。


 だから、もう一度、

 あの場所へ向かうことにした。


 相変わらず薄暗くて、

 いつ来ても時間が止まっているみたいな場所だった。


 シャッターは半分だけ開いていて、

 中から油と金属の匂いが漂ってくる。


「……こんにちは」


 声をかけると、

 奥から小さな音がした。


「おう」


 それだけ言って、

 ハク老人が顔を出す。


 白い髪に、

 深いしわ。


 でも、目だけはやけに澄んでいた。


「また来たのか」


「……はい」


 わたしは、少しだけ迷ってから続けた。


「すずのことで」


 ハク老人は、

 何も言わずに店の奥を指した。


「入れ」


 どうしてこの人は、

 すずの名前を、

 ためらいもなく口にするんだろう。


 中は、前よりも散らかっている気がした。


 机の上には、

 分解されたロボットの部品。

 壁には、古い設計図。

 棚の奥には、小さなケースが並んでいる。


 その一つ一つに、

 “誰かの時間”が詰まっているように見えた。


「……この前は、すみませんでした」


 わたしが言うと、

 ハク老人は鼻で笑った。


「謝ることじゃない」


 工具を置いて、

 こちらを見る。


「直せないもんは、直せん」


 それだけで、

 話が終わってしまいそうだった。


「でも……」


 わたしは、思い切って聞いた。


「どうして、直せないんですか」


 ハク老人は、

 しばらく黙っていた。


 視線が、

 棚の奥に向く。


「壊れたのは、機械じゃない」


「え……」


「メモリーだ」


 短く、そう言った。


「記録だけなら、なんとかなる。

 だがな……」


 少し間を置いて、

 低い声で続ける。


「学習された部分は、

 同じ形じゃ戻らん」


「学習……」


「お前さんが言うところの、

 “すずらしさ”だ」


 胸の奥が、

 きゅっと縮んだ。


「……じゃあ、もう」


 声が、震える。


「どこにも、残ってないんですか」


 ハク老人は、

 すぐには答えなかった。


 代わりに、

 棚の奥から小さなケースを一つ取り出す。


 透明なケースの中には、

 いくつかのチップが並んでいた。


「全部、メモリーだ」


「……これ、何の」


「誰かが、手放したもんだ」


 その言い方が、

 少し引っかかった。


「……手放す?」


「忘れたい記憶もあるだろう」


 ハク老人は、

 淡々と続ける。


「悲しいこと。

 苦しいこと。

 思い出したくない時間」


 わたしは、

 思わずすずの声を思い出した。


 鈴の音みたいに、

 やさしいさえずり。


「それを……どうするんですか」


 ハク老人は、

 ケースを閉じた。


「……欲しがるやつがいる」


 その言葉を口にしたあと、

 ハク老人は、

 ほんの一瞬だけ視線を伏せた。


 空気が、

 わずかに重くなる。


「研究者。

 企業。

 それから……」


 一瞬だけ、

 言葉を切る。


「個人だ」


 わたしは、

 何も言えなくなった。


「記憶はな、

 データだ」


 ハク老人は、

 そう言ってから、

 小さく首を振った。


「……って言いたいところだが、

 実際は、もっと厄介だ」


「厄介?」


「人の形をした、

 時間そのものだからな」


 その言葉が、

 胸に落ちる。


「じゃあ……すずの記憶も」


 最後まで言えなかった。


 ハク老人は、

 こちらをじっと見た。


「探すなら、

 覚悟しろ」


 低い声だった。


「取り戻すってことは、

 他の何かを手放すことかもしれん」


 わたしは、

 息を吸って、

 ゆっくり吐いた。


「……それでも」


 声は、思ったよりはっきりしていた。


「知りたいです」


 ハク老人は、

 少しだけ目を細めた。


「若いな」


 それが、

 笑いなのかどうかは分からない。


 ふと、隣を見る。


 彼方は、

 いつもの場所に立っていた。


 でも、

 何も言わない。


 ただ、

 わたしとハク老人の間を、

 静かに見ている。


「記憶の行き先は、

 ひとつじゃない」


 ハク老人は、

 そう言って背を向かえた。


「探すなら、

 自分の目で確かめろ」


 わたしは、

 小さくうなずいた。


 外に出ると、

 光が少し眩しかった。


 すずの記憶は、

 もう戻らないかもしれない。


 それでも。


 どこかに、

 “行き先”があるなら。


 わたしは、

 そこへ行きたいと思った。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


第5話では、

遥が「すずの記憶」を取り戻すためではなく、

“知るために動き出した”回でした。


ハクという人物も、

少しずつ輪郭を見せ始めていますが、

まだ多くは語られません。

彼が何を知っていて、

何を背負っているのかは、

これから先で、少しずつ明らかになっていきます。


次話から、

遥は実際に「記憶が扱われている世界」を

目にすることになります。


よろしければ、

この静かな旅に、もう少しお付き合いください。

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