第21話 彼方という仕様
第21話では、
彼方という存在の輪郭に
ほんの少しだけ触れました。
正体ではなく、
「立ち位置」の匂いです。
暗闇は、
完全には続かなかった。
しばらく歩くと、
足元にだけ、
淡い光が戻る。
ランプじゃない。
市場の白でもない。
もっと、
控えめな――
作られた気配。
「……ここ」
遥が言いかけると、
彼方が先に答えた。
「緩衝層だ」
「また……?」
「違う」
彼方は言う。
「ここは、
“外に出たあと”の場所」
遥は、
その言葉を
すぐには理解できなかった。
「外……?」
彼方は、
一歩だけ前に出る。
足元の光が、
彼方の動きに合わせて
わずかに変化した。
遥は、
それに気づいた。
「……ねえ」
声が、
少し低くなる。
「今、
動いた?」
「何が」
「光」
彼方は、
足を止めた。
数秒。
そして、
何事もなかったように言う。
「錯覚だ」
でも。
遥は、
見逃さなかった。
彼方が立つ場所だけ、
わずかに、
“整いすぎている”。
床の影。
光の境界。
ノイズの消え方。
どれも、
偶然とは思えなかった。
「……彼方」
名前を呼ぶ。
「あなたってさ」
言葉を探す。
「市場の外にいるけど、
市場と無関係じゃないよね」
彼方は、
振り返らなかった。
その背中が、
一瞬だけ、
遠く見えた。
「無関係なら、
ここまで来られない」
静かな声。
「でも、
関係者なら、
ここにはいない」
遥は、
息をのんだ。
「……じゃあ」
問いかける。
「どっちなの」
彼方は、
しばらく黙っていた。
その沈黙が、
長く感じられる。
「仕様だよ」
彼方は、
ようやく言った。
「どちらにも
属さないための」
「仕様……?」
「管理されないように」
「でも、
管理を知りすぎないように」
遥は、
胸の奥が
じんとするのを感じた。
「それって……」
言いかけて、
止める。
彼方は、
それ以上言わなかった。
でも、
否定もしなかった。
そのとき。
端末が、
短く振動する。
音は鳴らない。
でも、
遥には分かった。
すずが、
そこにいる。
「……すず」
小さく呼ぶ。
反応は、
微弱。
でも、
消えていない。
彼方は、
それを横目で見てから、
言った。
「すずが残ったのは、
偶然じゃない」
「……知ってたの?」
「最初からじゃない」
一拍。
「でも、
途中で気づいた」
遥は、
立ち止まった。
「……それでも、
連れてきた?」
彼方は、
ようやく振り返る。
その目は、
いつもより
人間に近かった。
「選ばせるためだ」
「誰に?」
「君に」
遥は、
何も言えなかった。
匂いだけが、
はっきりしてきた。
彼方は、
ただの案内役じゃない。
でも、
敵でもない。
もっと、
曖昧で。
――人間のそばにいることを
選んだ“何か”だ。
遥は、
前を向いた。
今は、
それで十分だった。
答えは、
まだ先にある。
でも。
知らなかった距離は、
確かに縮んでいる。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございます。
彼方は、
まだ何も明かしていません。
けれど、
読者には
「気づける情報」が
置かれ始めています。
次話では、
この匂いが
別の角度から揺さぶられます。




