第20話 追跡は始まっている
第20話では、
「管理側が“本気で動き出した瞬間”を描いています。
ここからは、
選択がすべて不可逆になります。
気配は、
音より先に来た。
遥がそれに気づいたのは、
端末が震えるよりも前だった。
「……来てる」
根拠はない。
でも、確信だけがあった。
彼方は、
即座に足を止める。
「感知された?」
「分からない。
でも……さっきまでと違う」
空気が、
張りつめていた。
ランプの点滅。
ケーブルを走る微かな振動。
どれも“普通”のはずなのに、
一つひとつが意味を持って見える。
そのとき。
《経路安定率:再計測中》
《非公式リンク:縮退処理開始》
画面に、
淡々とした文字が流れた。
「……縮退?」
遥の声が、
低くなる。
「管理側が、
痕跡を畳みに来てる」
彼方が答える。
「完全な遮断じゃない。
でも――」
「逃げ道を、
減らしてる?」
「そう」
遥は、
唇を噛んだ。
選ばされている。
進むか、
戻るか。
そのどちらにも、
代償がある。
そのとき。
通信が、
割り込んだ。
《非公開チャンネル:接続要求》
表示された名前に、
遥は息を止める。
《HAKU》
「……!」
応答するより早く、
音声が流れた。
『聞け、遥』
低く、
切迫した声。
『今いる経路、
もう“市場の外”じゃない』
彼方の表情が、
一瞬だけ強張る。
「ハク……」
『管理側が、
“痕跡”じゃなく、
“人”を見に来てる』
遥の背中に、
冷たいものが走った。
「……わたしたち?」
『特に、
彼方だ』
一拍。
『そして、
お前もだ』
遥は、
端末を強く握る。
「……どうすればいいの」
『選べ』
ハクの声は、
容赦がなかった。
『今なら、
俺が切れる』
「切る……?」
『経路も、
記憶の残響も』
その言葉の意味を、
遥は理解してしまった。
すずから、
遠ざかる。
安全に。
「……それって」
声が、
震える。
「守るってこと?」
短い沈黙。
『守るために、
諦めるってことだ』
遥は、
彼方を見る。
彼方は、
何も言わない。
止めもしない。
選択を、
遥に預けている。
遥は、
ゆっくりと息を吸った。
「……ハク」
はっきり言う。
「切らないで」
通信の向こうで、
小さな息の音がした。
『……覚悟はあるか』
「ある」
即答だった。
「失うかもしれないって、
分かってても」
彼方が、
わずかに目を見開く。
「それでも、
すずを――
“なかったこと”にはしない」
数秒。
長い沈黙。
『……分かった』
ハクの声は、
少しだけ低くなった。
『なら、
中途半端には守らん』
通信が、
切れる。
同時に。
周囲のランプが、
一斉に暗くなった。
闇。
そして、
完全な静寂。
「……彼方」
「いる」
すぐ隣。
その声に、
遥は少しだけ安心する。
「もう、
戻れないね」
彼方は、
静かに答えた。
「最初から、
戻る道は一本しかなかった」
暗闇の中で、
遥は前を向いた。
追跡は、
もう始まっている。
それでも。
選んだのは、
自分だ。
遥は、
一歩踏み出した。
その先にあるものが、
救いでも、
喪失でも。
――進むことだけは、
やめなかった。
読んでいただき、
ありがとうございます。
第20話で、
守られていた猶予は終わりました。
次話からは、
“隠されていた過去”と
“管理側の意図”が、
少しずつ明らかになります。




