第2話 彼方という存在
※第1話から続く物語です。
画面の向こうから聞こえた声は、
夢の中の音みたいで、現実感がなかった。
でも、その声は――
はっきりと、わたしの名前を呼んだ。
『驚かせてごめん。
でも、時間があまりない』
「……あなた、誰なの?」
端末を胸に抱いたまま、問いかける。
声が、少し震えているのが分かった。
『名前は――彼方』
その名前を聞いた瞬間、
胸の奥で、何かがひっかかった。
『すずの最終ログに、
使用者名として君の名前が残っていた』
知らないはずなのに、
知られている理由が、そこにあった。
『君が思っているより、
ずっと遠いところから来た』
彼方の声は落ち着いていて、
でも、どこか急いでいる。
『すずの記憶は、完全には消えていない。
ただ――君のそばには、もう残っていない』
「……どこに、あるの?」
声に、ほんの少し希望が混じる。
『メモリー保管領域の外だ』
聞いたことのない言葉だった。
『本来、個人用ロボットの記憶は、
使用者の端末か、
管理サーバーに保存される』
『でも、すずは違った。
本来想定されていた範囲を、
少しだけ超えていた』
「……それって、悪いことなの?」
『システムにとっては、ね』
彼方は、少しだけ間を置いた。
『感情に近いデータを持ったロボットは、
管理できなくなる』
はっきり言われなくても、
その意味は分かった。
「……すずは、捨てられたの?」
『違う』
即答だった。
『規格外の個体は、
自動的に隔離・保護される仕組みがある』
「……保護?」
『表向きは、ね』
その言い方が、
胸を締めつけた。
「……会えるの?」
『今のままでは、無理だ』
『だから、選んでほしい』
画面が切り替わり、
地図のような映像が浮かび上がる。
『ここを離れること』
「……そんなの、無理だよ」
学校。
この部屋。
慣れきった、何も変わらない毎日。
でも――
すずのいない生活に、
戻れる気はしなかった。
「……行く」
声は、不思議なくらい落ち着いていた。
迷いは、確かにあった。
それでも、このまま何もしない方が怖かった。
『ありがとう』
彼方の声が、
ほんの少しだけ、やわらかくなる。
『迎えに行く』
「……え?」
『君の、すぐそばまで』
その直後、
部屋の明かりが、一瞬だけ揺れた。
わたしはまだ知らない。
この選択が、
どれほど遠くまで続く旅の、
最初の一歩になることを。
すずの記憶を探す旅は、
もう、始まっていた。
読んでくださって、ありがとうございます。
第2話では、
遥が「すずの記憶」を探す旅に出ることを選びました。
次話では、彼方が姿を現し、
遥は“画面の向こう側”ではない世界と出会います。
少しずつ、物語が動き出します。




