第16話 応答の輪郭
第16話は、
すずの“反応”に焦点を当てた回です。
大きな奇跡ではなく、
小さな応答。
でも、それが何よりの前進です。
最初は、気のせいだと思った。
端末を持ったときの、
指先の感触が、
昨日と少しだけ違った。
「……あれ?」
遥は、
画面を見下ろす。
表示は変わらない。
エラーも、警告も出ていない。
それでも、
何かが――
「待っている」感じがした。
彼方は、
少し離れた場所で、
通信ログを確認している。
遥は、
声をかけずに、
そっと端末に触れた。
画面が、
わずかに明るくなる。
《記憶データ:断片》
《感情反応:検出》
《応答準備中》
昨日までは、
なかった表示。
胸が、
小さく跳ねた。
「……彼方」
名前を呼ぶと、
彼方はすぐに顔を上げた。
「見えた?」
遥は、
無言でうなずく。
再生ボタンは、
まだ押していない。
怖かった。
音が聞こえなかったら。
昨日より、
何も残っていなかったら。
でも――
「……すず」
名前を、
小さく呼んだ。
端末が、
短く振動する。
――ピィ……
今までより、
ほんの少しだけ、
長い音。
途切れない。
遥は、
思わず息を止めた。
音の中に、
かすかな揺れがある。
一定じゃない。
でも、雑音でもない。
「……応えてる」
遥の声は、
震えていなかった。
彼方は、
画面を覗き込む。
「ランダムじゃない」
「呼びかけに反応してる」
「じゃあ……」
言葉が、
喉で止まる。
「……分からない」
彼方は、
正直に言った。
「でも、
昨日より確かだ」
遥は、
端末を胸に抱いた。
あの朝。
窓辺で鳴いていた声。
目を覚ますまで、
何度も呼んでくれた、
あの音。
それとは違う。
でも、
まったく別でもない。
「……すずは、
わたしのこと、
分かるのかな」
彼方は、
すぐには答えなかった。
「記憶は、
完全に戻らない」
「うん」
「でも、
“関係”は残る」
その言葉が、
胸に落ちる。
関係。
名前を呼んで、
応えてくれること。
それだけで、
十分だと思えた。
遥は、
もう一度、
端末に触れた。
「……おはよう」
返事は、
すぐには来なかった。
でも。
――ピィ……
さっきより、
ほんの少しだけ、
やわらかい音。
遥は、
笑っていた。
涙は、
まだ出なかった。
でも、
確かに思った。
すずは、
消えていない。
ただ、
形を変えて、
ここにいる。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございます。
第16話では、
記憶そのものよりも、
「関係が残る」という可能性を描きました。
次話では、
この変化が周囲にどう影響するのか、
静かに波紋が広がっていきます。
また続きを、
読んでいただけたら嬉しいです。




