第15話 知らないままの距離
第15話は、
遥の視点に戻る回です。
読者だけが知っていることと、
遥が知らないこと。
その差を、
違和感として残しています。
目を覚ましたとき、
最初に感じたのは静けさだった。
あの扉の奥。
簡易ベッドの感触。
天井の低さ。
どれも、昨日と変わらないはずなのに、
空気だけが、少し違う。
「……彼方?」
声を出すと、
返事はすぐに返ってきた。
「起きた?」
いつもの声。
でも――
どこか、
一拍だけ遅れていた。
「……何かあった?」
自分でも驚くほど、
自然に聞いていた。
彼方は、
一瞬だけ視線を逸らす。
「何も」
短い答え。
嘘だとは思わなかった。
でも、
全部じゃないとも思った。
遥は、
それ以上聞かなかった。
聞いたら、
何かが壊れる気がしたから。
起き上がると、
端末が枕元に置かれている。
電源は入っている。
通知は、ない。
「……すずは?」
彼方は、
小さくうなずいた。
「反応は、安定してる」
「じゃあ……」
「でも、
近づきすぎないほうがいい」
その言葉に、
胸が少しだけ締めつけられる。
「どうして?」
彼方は、
少し考えてから答えた。
「記憶は、
触れられるほど、
形を変える」
遥は、
端末を見つめた。
昨日聞いた音。
あの、短い――
――ピィ……
まだ、
耳の奥に残っている。
「……変わってもいい」
遥は、
小さく言った。
「戻らなくてもいい。
でも、
消えるのは嫌だ」
彼方は、
何も言わなかった。
ただ、
ゆっくりと目を閉じて、
開く。
「……分かってる」
その言い方が、
少しだけ重かった。
外に出ると、
朝の光が差し込んでいた。
市場の白じゃない。
境界の影でもない。
ただの、
朝。
それなのに、
世界が少し遠い。
歩きながら、
遥は思った。
彼方は、
何かを知っている。
でも、
言わない。
それが、
守るためなのか、
距離を取るためなのか、
分からない。
でも――
「……わたし」
声に出して、
確かめる。
「知らないままで、
ここまで来ちゃったね」
彼方は、
歩みを止めずに答えた。
「それでも、
来た」
その一言が、
胸に残る。
知らないことは、
怖い。
でも、
知らないままでも、
進める場所がある。
遥は、
空を見上げた。
すずの記憶は、
まだ全部じゃない。
彼方の過去も、
何も見えない。
それでも。
この距離を、
保ったまま、
歩いていくことはできる。
――そう思えた。
知らないままの距離は、
今はまだ、
必要だった。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございます。
第15話では、
答えを与えず、
距離だけを描きました。
知らないままで進むこと。
それを選ぶ強さが、
遥の中に芽生え始めています。
次話では、
その距離が揺れる出来事が
起きる予定です。
また続きを、
読んでいただけたら嬉しいです。




