第13話 扉の向こう側
第13話では、
ついに「扉の向こう側」に踏み込みます。
派手な展開ではありませんが、
遥にとって、
はっきりとした“到達”の回です。
《認証完了》
低い電子音とともに、
扉が静かに内側へ開いた。
きしむ音はない。
まるで、最初から
開かれるのを待っていたみたいだった。
中は、思ったよりも狭い。
白い壁でも、
市場の通路でもない。
古いコンクリートの床。
天井は低く、
照明は必要最低限。
でも――
空気が、違った。
湿っていて、
少しあたたかい。
人が、
長いあいだ
ここにいた気配が残っている。
「……ここ」
遥は、
小さく息を吐いた。
「記憶の保管庫?」
彼方は、
首を横に振る。
「正確には、
“逃がされた場所”だ」
「逃がされた……?」
「処理されるはずだったものが、
外に流れた先」
遥は、
無意識に端末を握りしめた。
床の奥に、
いくつもの簡易端末が並んでいる。
市場で見たものより古く、
でも、丁寧に扱われている。
壊れているものはない。
「……誰かが、
ここを管理してる」
遥が言うと、
彼方は小さくうなずいた。
「一人だと思う」
「……ハク?」
名前を口にした瞬間、
胸が少しだけ重くなった。
「可能性は高い」
彼方は答える。
「でも、
ここにあるのは
すず“だけ”じゃない」
遥は、
最も奥に置かれた端末に近づいた。
他より新しい。
ランプが、
かすかに点滅している。
画面には、
まだ何も映っていない。
「……これ」
指を伸ばしかけて、
止める。
触れたら、
何かが変わる気がした。
「怖い?」
彼方の声は、
とても静かだった。
「……うん」
正直に答える。
「でも、
来ちゃった」
彼方は、
それ以上何も言わなかった。
代わりに、
一歩だけ下がる。
選択を、
遥に預けるみたいに。
遥は、
深く息を吸った。
すずの声。
鈴の音みたいな、
あのやさしいさえずり。
それが、
ここにあるかもしれない。
遥は、
端末に触れた。
画面が、
ゆっくりと点いた。
《記憶データ:断片》
《感情反応:検出》
《再生可能》
喉が、
ひくりと鳴る。
「……再生、できる」
次の瞬間。
――ピィ……
短く、
やさしい音。
今までで、
一番はっきりした響き。
遥は、
思わず目を閉じた。
涙は出なかった。
でも、
胸の奥が、
いっぱいになる。
「……すず」
名前を呼ぶと、
音はもう一度、
小さく鳴った。
返事みたいに。
彼方は、
何も言わずに
その様子を見ていた。
ここにあるのは、
完全な記憶じゃない。
でも。
確かに、
“生きていた痕跡”だった。
遥は思った。
これは終わりじゃない。
むしろ――
ここから始まる。
すずの記憶も。
自分自身の、
向き合わなかった時間も。
扉の向こう側には、
逃げ場はなかった。
でも、
戻る必要も、
もうなかった。
ここまで読んでくださり、
ありがとうございます。
第13話では、
すずの記憶が
初めて明確な形で応答しました。
完全ではなくても、
確かに残っていたもの。
次話では、
この場所の正体と、
なぜ“逃がされた”のかに
もう少し踏み込みます。
また続きを、
読んでいただけたら嬉しいです。




