第10話 追跡者の影
まえがき
市場を離れたはずなのに、
視線だけは、まだ背中に残っていた。
逃げているのか、
導かれているのか。
境目の場所で、
遥は初めて「選ばされている」ことを自覚し始める。
本文
足音は、聞こえなかった。
それなのに、
背中の奥が、ひりつく。
遥は、思わず歩幅を狭めた。
「……ねえ」
声を落として呼びかける。
「さっきから、
ずっと見られてる気がする」
彼方は、否定しなかった。
「気のせいじゃない」
即答だった。
「市場は、
もう“場所”として追ってない」
「え……?」
「追ってるのは、
君だ」
言葉の意味が、
すぐには飲み込めなかった。
高架の下を抜けると、
通路はさらに細くなる。
壁には古い広告端末。
更新されないまま、
意味を失った文字が光っている。
その一つが、
一瞬だけ、ちらついた。
《利用者照合中》
遥は、立ち止まる。
「……今、見た?」
「見た」
彼方は、
遥の横に立った。
「市場は、
完全に遮断できていない」
「じゃあ……」
「君を“消す”判断は、
まだ下りてない」
その言い方に、
ぞっとした。
「消すって……」
「存在を、
管理できないと判断された場合の処理だ」
遥は、
端末を強く握った。
すずの記憶。
ハクの経路。
非公式リンク。
全部が、
繋がってしまったから。
「……じゃあ、
わたしたち、どうなるの」
彼方は、
少しだけ視線を落とす。
「市場は、
選択を迫る」
「従うか」
「切るか」
「それとも――」
言葉が、
途切れる。
その瞬間。
遥の端末が、
強く震えた。
警告音。
《追跡シグナル検知》
《距離:近》
「……来てる」
彼方が言う。
遥は、
息を吸った。
怖い。
でも――
足は、
止まらなかった。
「行こう」
自分でも驚くほど、
声ははっきりしていた。
「ここで止まったら、
全部、奪われる気がする」
彼方は、
一度だけ頷く。
「正解だ」
二人は、
再び歩き出す。
背後で、
ランプが一つ、
また点滅した。
それは、
合図みたいだった。
市場は、
まだ終わっていない。
そして――
逃げ道も、まだ残っている。
あとがき
第10話では、
「市場に見つかった」状態が
はっきりと形になりました。
追われているのは、
場所ではなく、遥自身。
次話では、
“逃げる”以外の選択肢が
少しずつ浮かび上がってきます。
読んでくださり、ありがとうございました。




