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遥か彼方ー心をうめる鳥と、記憶の旅ー  作者: とみー


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第1話 鈴の音が消えた日

この物語は、

ロボットが当たり前になった少し先の未来を舞台にした、

心の成長を描くSFジュブナイルです。


派手なバトルや転生要素はありませんが、

「心をうめてくれる存在とは何か」

「人と機械は分かり合えるのか」

そんな問いを込めて書いています。


よろしければ、

遥とすずの旅を、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

 鈴の音みたいな、やさしい声だった。


 朝になると窓辺から小さく鳴いて、

 わたしが目を覚ますまで、何度も呼んでくれた。


 ――それが、聞こえなくなった。


 ロボットが当たり前になった、この世界で。

 わたしは一つの「当たり前」を失った。



 団地の五階。

 エレベーターのない古い建物の、一番奥の部屋。


 学校から帰ってきたわたし――遥は、

 靴を脱いだまま、リビングに立ち尽くしていた。


 静かすぎる。


 テレビもついていないし、

 家には誰もいない。


 でも、本当は――

 “誰もいない”わけじゃなかったはずだ。


「……ただいま、すず」


 声に出した瞬間、

 胸の奥が、きゅっと縮んだ。


 返事はない。


 窓辺のスタンド。

 そこは、本当は小さな鳥が止まる場所だった。


 白くて、丸くて、

 羽毛みたいにやわらかな外装の――

 鳥型ロボット。


 わたしがつけた名前は、すず。


「……いない、んだよね」


 分かっている。

 もう、ここにはいない。


 すずが動かなくなったのは、一週間前だった。


 朝、いつものように鳴かなかった。

 電源は入っているのに、

 羽も、目も、ぴくりとも動かなくて。


 修理屋さんは、淡々とこう言った。


 ――メモリーが壊れています。

 ――記録だけでなく、

   君と過ごす中で学習された感情データが。


「……感情、って」


 そう聞いたわたしに、

 修理屋さんは少し困った顔をした。


 ――ロボットですからね。

   正確には、感情“みたいなもの”です。


 でも。


 わたしは知っている。


 すずの声が、

 ただの音じゃなかったことを。


 学校で、うまく話せなかった日。

 誰とも目を合わせられなかった日。

 ドアを閉めた、その瞬間。


 すずは必ず鳴いてくれた。


 鈴の音みたいに、やさしく。


 ――大丈夫だよ。


 そう言ってくれている気がした。


「……ねえ、すず」


 そっとスタンドに触れる。


 冷たい。


 前は、少しだけ

 あたたかかった気がする。


 すずの本体は、

 修理のために回収されたまま、

 まだ戻ってきていなかった。


 テーブルの上には、

 すずのデータ端末だけが残されている。


 小さなメモリーチップ。

 最後に残った、すずの“記憶”。


 再生ボタンを押す。


《データが破損しています》

《一部の音声データは再生できません》


 画面の文字を見た瞬間、

 視界がにじんだ。


「……っ」


 慌てて、目を伏せる。


 泣くのは、嫌だった。


 泣いたら、

 すずが“いなくなった”ことを、

 はっきり認めてしまう気がして。


 そのとき。


――ピィ。


 微かな音が、聞こえた。


「……え?」


 顔を上げる。


 部屋は、いつもと同じ。

 誰もいない。


 でも。


 胸の奥が、ざわっとした。


 もう一度、音がする。


――ピィ……。


 鈴の音に、よく似た、

 とても小さな、さえずり。


「……すず?」


 呼びかけた、その瞬間。


 端末の画面が、ふっと明るくなった。


《未登録アクセスを検知しました》


 見たことのない表示。


 次の瞬間、

 画面に、知らない名前が浮かぶ。


《接続要求:KANATA》


「……かなた?」


 戸惑うわたしの耳に、

 今度は、はっきりとした声が届いた。


『――君が、遥だね』


 低くて、落ち着いた、少年の声。


『安心して。

  君の探している記憶は――

  まだ、消えていない』


 心臓が、大きく跳ねた。


『すずの記憶は、

  今もどこかに残っている』


 その言葉を聞いたとき、

 胸の奥で、何かが

 ほんの少しだけ、埋まった気がした。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


第1話は、

遥と「すず」が過ごしていた日常と、

その喪失を描きました。


次話から、

彼方という存在が本格的に登場し、

物語は少しずつ“旅”へと動き出します。


ゆっくりとした物語ですが、

遥の心の変化を、

一緒に見守っていただけたら嬉しいです。


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