65 小さな支持者たち
「あっ、シャンテル王女様だ!」
「シャンテル様ぁ!」
孤児院に久しぶりに顔を出したシャンテルに、子どもたちが駆け寄ってくる。
シャンテルは飛び出してきた子たちを受け止めた。
トビーは目の前で慕われている彼女を見て、やはりこれまで自分の知っていたシャンテル王女とは印象が随分違うと感じていた。
街の大人たちが話していた野蛮で傲慢な王女は何処にもない。数時間前に現れた彼女は、貧民や行く当てのない子どもに手を差しのべる優しい王女だった。
『シャンテル王女はジョアンヌ王女を虐めている傲慢で野蛮な王女よ』
『ジョアンヌ王女に仕事を押し付けているんですって』
『ジョアンヌ様が可愛そうだ』
『妹を虐めて好き勝手しているんだ。金遣いも相当なもんだろう』
そんな言葉を聞いてきたのに、そのどれもが嘘に思えた。何より、ここに来るまでトビーの話を聞いてくれた彼女は『ルベリオ王国が大切だから自分たちのような孤児に構う』と言っていた。そんな人が妹に仕事を押し付けたり、虐めたりするだろうか? いや、少なくともみんなに悪く言われるような悪い王女様じゃない筈だと思った。
◆◆◆◆◆
「シャンテル様、よくお越しくださいました!」
孤児の院長はシャンテルたちを歓迎した。
この施設にいる子どもたちの三分の一は第二騎士団が連れてきた子だった。シャンテルが視察で年に一、ニ回はこの施設を訪れる。中にはシャンテルに懐いている子もいた。
一通り子どもたちと触れあった後、シャンテルは院長と昼食を摂りながら話をする。
その中で、運営状況の資料に目を通したり、先ほど街を見て感じたことや孤児を減らすための対策を話し合って、孤児院が最近困っていることなどを聞き取り、意見も出し合った。
孤児院を出発するため、シャンテルが子どもたちとお別れをしていると「シャンテル王女!」と呼び止める声がした。
シャンテルがそちらに視線を向けると、入所の手続きを終えたトビーたちが駆け寄ってくる。
「もう行っちゃうのか?」
「えぇ。次の予定があるの」
頷くと、トビーが寂しそうに視線を下げる。
「俺、シャンテル王女に失礼なこと言っちゃった。……ごめんなさい」
街で会ったときは反抗していたトビーが謝ってくれた。そのことにシャンテルは少し驚いた。
「いいのよ。私はトビーに身分を隠して話していたんだから」
そっと笑いかけると、トビーは落ち着かないように目を泳がせる。
「俺、王族はあんまり好きじゃない」
そう言ったあと「けど……」と続けて視線を上げると、真っ直ぐシャンテルを見た。
「シャンテル王女は好きだ。だから、俺は本当のシャンテルをルベリオ王国のみんなに知って欲しいと思う」
「本当の私?」
「そうだよ。傲慢でも野蛮でもない。本当のシャンテルはいい王女様だもん! シャンテルなら、将来この国のいい王様になれるよ!」
「っ!」
ドクンッとシャンテルの心臓が大きく音を立てる。
『次の王にふさわしいのは姉上です』
『わたくしは、貴女を王にすると決意してこの城に来ました』
ふと、レオとアンジェラに言われた言葉がシャンテルの耳元に甦る。
私が王にふさわしいと言ってくれる人が、こんなにいるなんて……
「シャンテル様、王様になるの?」
「頑張って!」
その場にいた他の子たちが口々に暖かい言葉を投げ掛ける。シャンテルはぶわっと身体に血が巡っていく感覚を強く感じた。
「みんな……」
シャンテルはルベリオ王国の誰も、自分を女王に望んでいないと思っていた。
後ろ楯がないから、誰もシャンテルが王になることを望んでいないと諦めていた。だけど今日、小さな味方が沢山いることに気付かされた。
この子たちの期待に答えたい。
ルベリオ王国の未来を私の手で守りたい。
そんな気持ちがシャンテルの心に小さな波紋のように広がって、やがて大きなうねりになっていく。
「ありがとう。……みんなが応援してくれるなら、私頑張るわ」
目頭が熱くなるのを感じながら、シャンテルはにこりと笑顔を見せて孤児院を後にした。
その後、馬車を止めている場所へ戻ると、少しして観光していた国賓たちがジョアンヌと共に戻ってきた。全員が揃ったことを確認して、再び出発すると、シャンテルは再びエドマンドとアルツールと共に馬車に揺られる。
ここからは夕方まで馬車を走らせて次の目的地へ向かう、少し長めの道のりだった。
シャンテルは窓の外を眺めながら、孤児院の子どもたちから言われた言葉を何度も頭の中でリピートした。そして頭の中を整理していく。
エドマンドもアルツールも、シャンテルが視察中に心境の変化があったことを察しているようだった。だから城を出発した時のように言い合いもしなければ、シャンテルに話しかけようともしない。
ありがたい環境の中、シャンテルは考える。
お父様は次の王を誰にするか、まだ明言されていない。
今のところシャンテルかジョアンヌの中から選ぶわけだが、ジョアンヌにこの国は任せられない。満足に視察もこなせなず、自分に割り振られた公務をシャンテルに押し付ける。そのような無責任な人間に王が勤まるわけがない。
とはいえ、シャンテル自身もきちんと王の役目を果たせるかには不安がある。それでも、トビーとレオやアンジェラの言葉が何度も繰り返し思い出されては、その度にシャンテルの背中を押してくる。
『傲慢で野蛮なんかじゃない。本当のシャンテルはいい王女様だもん! シャンテルなら、将来ルベリオ王国のいい王様になれるよ!』
『今日までルベリオ王国を支えてきたのは姉上です。姉上だって赤い瞳なんですから、次の王にふさわしいのは姉上です』
『ルベリオ王国の未来には、シャンテル様が必要です』
シャンテルを応援してくれる味方は限りなく少ない。それでもシャンテルを王に望んでくれている人がいる。そう認識した時、シャンテルの瞳に強い意思が宿った。
────決めた。
私が次のルベリオ王国の王になるわ。




