64 気付かされたこと
シャンテルたちは、子どもたちを連れて徒歩で孤児院を目指した。
孤児院までは歩いて二十分の道のりだ。少し時間は掛かってしまうが、徒歩の方が子どもたちに警戒されにくい利点もある。
シャンテルは先ほどの男の子、もといトビーと手を繋いで歩きながら、彼の話を聞いた。トビーの年齢は曖昧だが、見た目は八歳前後のように見える。もしかすると、もう少し上かもしれない。
トビーの家族は数年前の流行り病で亡くなったそうだ。身寄りもなく、家賃を払うことができず、家主から家を追い出されて、身一つで街を転々としていたと言う。
口振りからして、彼は随分考えがしっかりしている。ご両親はトビーを大切に育てたいたのだろう。
身寄りが無くなった子どもを把握して、周囲がサポートしたり、施設で保護する仕組みが必要ね。
「あんた、王女なんだろ?」
トビーから唐突に言われて、思考を巡らせていたシャンテルは「えっ?」と声をあげる。
「城から来たって。それに、さっき“王女”って呼ばれてた……」
トビーが言うように、シャンテルは騎士たちとのやり取りの中で何度か“王女”と呼ばれた。
意外と鋭い子のようだ。子どもだからと、誤魔化すのは良くない気がして、シャンテルは潔く認める。
「そうよ。私はこの国の第一王女、シャンテルよ」
「えっ? シャンテル!?」
驚きながら聞き返す彼に、シャンテルは「えぇ。そうよ」と頷く。
「いやいや! シャンテル王女と言えば、ギルシア王国の野蛮な王女の名前だろ?」
シャンテルのすぐ側を歩くカールが、「こら、幾らなんでもシャンテル様に失礼だぞ」と、トビーを嗜めた。だけど、シャンテルは「別にいいのよ」と首を横に振る。
「シャンテル王女はジョアンヌ王女を虐めてるって聞いたことがある。でも、あんたがそんなことするとは思えない」
「……トビー」
「それに、王族は豪華な服で着て飾り立てるもんだろ? 特に、シャンテル王女は散財癖も凄いって聞くぞ。それなのに、騎士服を着ているから最初は王女っていうのも信じられなかった」
自分のことを言われているのに、シャンテルは「ふふふっ」と笑みが漏れる。
「まぁ仕方ないわね。私が騎士服を着ているのは、こっちの方が動きやすいからなの」
そこまで言って、騎士服の裾を持ってトビーに自慢する。
「この騎士服はね、私がデザインから拘って作ってもらったの。どう? 可愛くて、かっこいいでしょう?」
シャンテルを見つめるトビーの瞳が揺れる。
「シャンテル王女は、何で俺たちに構うの?」
トビーは王族であるシャンテルがこんなことをしているのが信じられないようで、戸惑った表情をしていた。
「それは、ルベリオ王国が大切だからよ」
「だったらどうして、僕らのことは助けるのに、ジョアンヌ王女を虐めるの? そもそも、本当にジョアンヌ王女を虐めているの?」
「さぁ、それはどうかしらね?」
シャンテルはジョアンヌを虐めてはいない。だが、答えたところで何かが変わるわけでもない。
だから、はぐらかして答えると、トビーがシャンテルの服の裾をぎゅっと掴んだ。
「……トビー?」
「シャンテル王女は、何で自分が悪く言われても言い返さないんだよ……」
シャンテルは一瞬言葉に詰まった。そして、数日前にエドマンドに言われたことが頭を過る。
『この調子で普段からはっきり言ってやればいい。シャンテル王女が公務を肩代わりしたり、暴力を受け入れる必要は無い。貴女はそれらを躱せるだけの知識も実力も備わっているのだから』
シャンテルは口答えしたところで、自分を取り巻く環境が変わるわけではないと、ずっと思っていた。
ジョアンヌがシャンテルに非道な扱いを受けていると言えば、みんながジョアンヌを信じた。父である国王はシャンテルが何かを訴えても我関せずで、動こうとしない。
だけど──
たぶん、私は最初から諦めて目を逸らしていたんだわ。それで自信がなくて、手を貸そうと持ちかけてくれたエドマンド皇子やセオ国の王子、それからアンジェラ様の提案にすぐ頷けないでいる。
シャンテルがその気になれば、ジョアンヌやバーバラの仕打ちは大したことはない。だけど、長い間そうしてきたから、逆らわずに堪えることが当たり前になっていた。そのことにシャンテル自身、薄々気付いていたけれど、何かを変えるのが怖くて気付かないフリをしていた。
幼い子どもに現状を突き付けられて、ふっとシャンテルは息を吐く。
「どうしてかしらね……」
こんな小さな子に気づかされるなんて駄目ね。
そう思った時、目的の建物が見えてきた。
「トビー、着いたわ。あれが孤児院よ」
シャンテルは、トビーの質問には答えずに、目の前に見えた孤児院を指差した。




