63 視察開始
城を出発して三十分ほど馬車に揺られると、早速再視察対象の王都周辺の街に到着した。
シャンテルは馬車を降りて、早速視察を開始する。視察の間、国賓には街を観光してもらう予定だ。そのための案内役兼護衛騎士を設けていた。だが、ここでジョアンヌが張り切り出す。
「わたくしが皆さまをご案内しますわ! 着いてきてくださいませ」
そう宣言すると、先陣を切って歩き出した。その後をマーティンが追いかけ、それにジョセフやセオ国の王子たちも続いた。
一応、ジョアンヌは視察する側として同行している。だが、その目的は婚約者候補たちとの交流へと置き換わっているようだ。
……まぁ、ジョアンヌがいない方が視察しやすくて良さそうね。
気持ちを切り替えて、歩きだすと、その後ろをエドマンドとアルツールが着いてくる。
「あの、お二人は街の観光の筈ですが?」
「俺はシャンテル王女の護衛騎士ですから、お供します」
エドマンドが胡散臭い笑みを見せると、アルツールを振り返った。
「ギルシアの王太子は観光へどうぞ」
「俺はエドマンド皇子が抜け駆けしないよう見張る」
「……」
要するに、お二人とも着いてくると。
「護衛なら、ここからはカールや第二騎士団の仲間が着いてきてくれます。ですから、お二人も観光なさってください。どうしても私に着いてくると仰るなら、馬車で待機を。視察に同行するために交わした約束、覚えていますよね?」
シャンテルが真面目に問い掛けると、二人が顔を見合わせる。
「分かった。視察の邪魔したいわけではないのでな。今からでも観光に行くとしよう」
エドマンドがそう答えたことで、アルツールが着いてくる理由がなくなった。二人は他の騎士に連れられて、ジョアンヌたちの後を追った。シャンテルはそれを見届けてカールを含めた騎士たちと先へ進む。
視察では、賑やかな街の様子を見て回るのは勿論、裏路地にも目を配る。そこにはこの国の裏側が現れやすいからだ。寧ろそれが視察のメインと言っても過言ではない。
賑やかやな通りを幾つか曲がると、身寄りのない人々が数名路上に座り込んでいるのが現実だった。
男性もいるけれど、女性や子ども……特に子どもの割合が多いわね。
高くなる税に苦しみ、仕事を見つけられず路頭に迷う者。大きな街なら仕事があるだろうと考えて目指したものの、職にありつけず、路頭に迷ってしまった者。食いぶちを減らすため、出掛けた遠方の街に子どもを置き去りにする者。家族の暴力に堪えかねて、子どもを連れて家を出た女性など、事情は様々だ。
貧富の差は大小はあれど、こういった問題はどこの国でも存在するだろう。だからといって、王族としてシャンテルはそこから目を背けるわけにいかない。
前回の視察は半年前だが、人が多い。視察の報告書でも、ジョアンヌは表通りをメインに見て回ったとあった。
別行動したという官僚たちが、裏路地を回ったそうだが、ここは時間が足りず、前回の視察から漏れていた場所だった。
なくならない困窮者の現状に、シャンテルは胸が痛んだ。そんなシャンテルがこの場で行うことはただ一つ。彼らに声を掛けて回ることだ。
大人や子連れの女性には、行く当てがない人を受け入れてくれる教会や住み込みで働ける屋敷を案内し、身寄りのない子どもたちには、孤児院を案内する。
それぞれの希望ごとに官僚や騎士たちと手分けして手続き出来る場所や施設へ案内していく。そして、シャンテルの目的地の二件目が孤児院であることから、子どもたちには視察団に着いてきてもらうことを提案した。
視察では、毎回このような活動を行っている。だが、王家からの遣いであっても信じてもらえないことも多い。時には怪しがられ、罵声を浴びせられることもある。
「そんなの、信じられる分けないだろ!」
どうやら今回もそのようで、威勢がよさそうな男の子がシャンテルを睨み付けた。
彼らに少しでも信用してもらうため、シャンテルは騎士服で視察するようにしている。この方が動きやすく、メリットも多いのだ。
「みんな騙されるな!! ベッドで眠れるとか、暖かいご飯が食べられるとか、そんなの嘘だ! 甘い誘いに乗って、悪い人に着いて行っちゃ駄目だ!!」
その言葉で周りの子たちに動揺が走る。そして、シャンテルたち一行を警戒し始めた。
シャンテルは叫び声を上げた男の子の前に出ると、彼と視線を合わせるためにしゃがみこんだ。
「私たちはお城からきたの。その証拠に王家の紋様が入った騎士服を着ているでしょう?」
シャンテルは胸元の王家の紋様を指差す。
「お、王家!? 王族が俺たちに何してくれるって言うんだ!」
王家と聞いて男の子は一瞬怯んだが、すぐにシャンテル睨み付けた。
「どうせ、王族は俺たち国民から搾り取った税金で贅沢に暮らしているんだろ? 大人たちだってみーんな言ってるぞ! 王家に雇われてるお前たちも同じなんだろ!?」
彼は王家を信用していない。そんな男の子にシャンテルは優しく微笑み掛ける。
「私はこの国を良くしたくて、ここにいるの。すぐに信じてもらうことは難しいけれど、王国騎士団として、貴方たちを放っておくことは出来ない。信用できないならそれでも構わないわ。だから、孤児院へ向かう道中で貴方のことを教えてくれないかしら?」
シャンテルは手を差しのべる。男の子は警戒しつつも、終わりの見えない路上での生活は空腹を凌ぐことも容易くはない。
食事にありつけるかもしれない。ベッドで安心して眠れるかもしれない。そんな甘い誘惑に負けてたまるか! という思いと同じぐらい、早くこの生活から抜け出したい、という思いを持ち合わせていた。
柔らかな微笑みを向けるシャンテルに、「まぁ歩きながら話すだけなら……」と、少し気を許したらしい。
男の子はおずおずとシャンテルの手を取った。




