62 賑やかな馬車の旅
アンジェラがやって来たことで、場の空気は一変した。
「皆さまのお見送りに来たのですが、お取り込み中だったかしら?」
申し訳なさそうなアンジェラにシャンテルは首を横に振る。
「いえ。ただ、馬車の同乗者を巡って少しトラブルになってしまって……」
「っ、酷いですわ。わたくしはただ、皆さまに楽しく馬車で移動しながらルベリオ王国を知ってもらおうと思っただけですのにっ……」
ぽろっと涙を見せるジョアンヌ。だが、アンジェラはそれが演技であることを分かっている。
「……楽しく、か。その割りにジョアンヌ王女は俺とエドマンド皇子を誘わなかったな?」
「っ!」
アルツールが指摘するとジョアンヌの動きが一瞬止まった。エドマンドは「ははっ、違いない」と可笑しそうに吹き出して、珍しくアルツールと意見が合う。
何も言い返せないジョアンヌに代わって、マーティンが声を上げた。
「お二人が誘われなかったのは、夜会でジョアンヌ王女を傷付けたからです!」
「親子でシャンテルを傷付けておきながら、よく言う」
「アルツール王太子殿下はまたそんなデタラメを! 彼女がそんなことする筈ありません!」
「お前は信じたくないだけだろう?」
「何だと!?」
「お二人とも、そこまでにしてください!」
ヒートアップしそうな言い合いをシャンテルは、声を張り上げて止める。周囲の視線が彼女に集まった。
「これ以上話が長引くと、出発が遅れます。そろそろ馬車に乗ってください」
シャンテルが促すと、いつ声をかけるか迷っていた官僚と騎士が、ジョアンヌや国賓に声をかけて馬車へ案内していく。そうして、シャンテルは護衛してくれているエドマンド以外が馬車へ向かうのを見届けて、アンジェラに向き直った。
「アンジェラ様、せっかく来ていただいたのに、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」
「構いませんわ。それより、暫く寂しくなります。シャンテル様とは、お話ししたいことがありますから」
それは、シャンテルを王にしたいと言っていた話のことを指しているだろうと、シャンテルはすぐ分かった。
「私もです。次にお話しできる時までに、ご質問に答えられるよう、考えておきますね」
「楽しみにしていますわ」
「えぇ。それでは行って参ります」
シャンテルはアンジェラと別れて、自身の馬車へ向かうと、エドマンドと共に乗り込んだ。
アンジェラは馬車が見えなくなるまで、シャンテルたちを見送ってくれた。
こうして一行は時間通りに出発した。だが、シャンテルは馬車に乗り込むや否や、驚く羽目になった。何故ならシャンテルの馬車にアルツールが乗っていたからだ。お陰で一緒に乗る筈だったサリーやエドマンドの従者クレイグは、違う馬車に追いやられたらしい。
「……アルツール王太子殿下、先ほど私がジョアンヌに言ったこと、聞いていましたか?」
「あぁ、聞いていた。だから、あの王女を見習って俺も我が儘を通してみた」
「なっ!? そういうことは見習わないでください!」
悪びれもなく答えたアルツールに、シャンテルは開いた口が塞がらない。
「こうでもしないと、今頃シャンテルはエドマンド皇子と二人きりだっただろう」
「ギルシアの王太子、正確には二人きりではない。侍女と従者も一人ずつ同乗する筈だった」
エドマンドがすかさず答える。
「エドマンド皇子、シャンテルの護衛騎士として同行されているなら、彼のように馬に乗って馬車を護衛してはどうだ?」
アルツールが話を逸らして、窓の外に見えるカールを顎で示す。
シャンテルの馬車は、副団長カールを中心に第二騎士団の数名が脇を固めて、馬で並走していた。
因みに、ジョアンヌが同行することが決まった時に、第三騎士団も護衛に参加することになり、彼女の馬車は第三騎士団が守りを固めている。
「俺はシャンテル王女の側での護衛を任されている。そういうアルツール王子こそ、用意してもらった馬車に戻ってはどうだ?」
「エドマンド皇子には関係ない」
見るからに不機嫌なアルツールに言われて、「そうか」と呟いたエドマンドは お馴染みの胡散臭い笑顔を向ける。
「今からでも馬車を移れば、広く快適に過ごせると思いますよ?」
見えない火花を散らす二人の様子に、シャンテルは肩身の狭い思いで身を縮める。と言っても、エドマンドとアルツールが並んで座っているため、シャンテルが小さくなっても馬車のスペースは変わらない。
まだ出発してそれほど経っていないのに、車内の雰囲気は大変よろしくなかった。
アルツールの同乗は波乱の種となったが、シャンテルはこんなに騒がしい視察の旅は初めてだった。いつもはマリーナと二人で馬車に揺られて目的地に向かっている。たまに会話を楽しむこともあるが、王城にいる時と変わらないやり取りが多いため、特別感はなかった。
雰囲気は最悪だったが、馬車の中で頻繁に会話が繰り広げられるこの状況が、シャンテルは不思議と嫌ではなかった。
シャンテルは体を小さくさせたまま、「ふふっ」と笑みを溢した。その様子に、睨み合っていた筈のエドマンドとアルツールの視線がシャンテルに注がれる。
「……あ、いや、これは……」
二人の視線に気付いたシャンテルは目を泳がせる。
「視察に向かう馬車が賑やかなのが新鮮で、楽しそうだな、と思っただけです……」
自分で言った直後に、楽しそう? とシャンテルは頭に疑問が浮かんだ。
「シャンテル。どこをどう見たらこれが楽しそうに見える」
「それに関してはギルシアの王太子に同感だ」
アルツールの言葉に頷くエドマンド。二人は対立するばかりだと思っていたシャンテルだが、どうやら意見が合うこともあるらしい。
口には出さなかったが、やっぱり二人は楽しそうだとシャンテルは思った。




