61 出発前の揉め事
「シャンテル王女、今日からよろしくお願いします」
視察当日、広間にはこれから視察に向かう騎士や官僚たちが集まっていた。その中からシャンテルを見つけたロルフとホルストが挨拶する。
「こちらこそ、よろしくお願いします。長旅になりますので、何かあれば遠慮なく騎士たちに相談して下さいね」
「エドマンド皇子は護衛騎士として同行されるのですよね?」
ホルストがシャンテルの後に控えるエドマンドに視線を向けた。
視察の間、カールには第二騎士団副団長として騎士たちの統率を任せていた。同行者が増えたことで護衛の数も増えたため、急遽まとめ役が必要になったからだ。そのため今は別行動している。
「あぁ、だからシャンテル王女と同じ馬車に乗る予定だ」
「羨ましい特権ですね。立候補して護衛騎士になれるなら、私も立候補したいぐらいです。……と言っても剣の腕が立つわけではありませんが」
ロルフが冗談交じりに言ったのをシャンテルは乾いた笑いで流す。
「立候補してなれるなら、俺は今からでも護衛騎士に立候補するぞ」
話を聞いていたらしいアルツールが、ロルフたちの後ろから会話に混ざった。
「アルツール王太子殿下、冗談を本気にしないでください」
アルツールなら行動に移しかねないと判断したシャンテルは、そう口にする。
「だが、実際エドマンド皇子は国王に取り入って護衛騎士に就いただろう」
「ギルシアの王太子は随分と人聞きの悪いことを言いますね?」
アルツールとエドマンドが視線で小さな火花を散らす。
「あれは国王陛下の気まぐれです」
「本当に気まぐれか?」
アルツールは本気で護衛騎士になる道を考え始めたいた。
顔には出さないものの、シャンテルは内心ハラハラしていた。その心を汲んでかは不明だが、ロルフが思い出したように口を開く。
「それはそうと、我々も視察に同行させて頂けるとは思いませんでした」
「国王陛下は器の大きな方ですね」
ロルフに続いて、そう発言したホルストにシャンテルは思わず苦笑いを浮かべる。
器が大きいというより、お父様のことだから後先考えずに許可したに過ぎないわ。
視察には国の機密も関わってくる。そのため、同行する国賓には“指示があれば馬車で待機してもらう”ことを約束してもらった。
とは言え、彼らを同行させるにあたって、視察には急遽観光地も追加された。彼らにルベリオ王国を知ってもらうことが、目的の一つに追加されたからだ。その他、予定の調整を余儀なくされ、官僚たちは短期間で視察の計画を練り直し、それをシャンテルが承認した。
「我々は視察のお邪魔にならないように務めます」
「お気遣いありがとうございます」
シャンテルがロルフに微笑むと「まぁ!」と声がした。振り向くと、ジョアンヌがマーティンとジョセフを連れてこちらに歩いてくる。
今回の視察は婚約者候補が参加するため、ジョアンヌも同行することになった。そして、それを聞き付けたマーティンも婚約者候補として同行を願い出ていた。
「そこは、“そんなことありません”と否定するべきではありませんか?」
ジョアンヌが言うことは間違っていない。だが、シャンテルはきちんと礼を述べた。だから、わざわざ指摘することでもなかった。恐らくは、シャンテルの印象を悪くするためだ。
「私はちゃんと感謝をお伝えしたわ」
憂鬱な気持ちでシャンテルは言葉を返す。すると、それを見たマーティンが憐れむ視線をシャンテルに向けた。
「シャンテル様には、ジョアンヌ様の思いやりが分からないのですね、可哀想に」
二人と広間へやって来たジョセフは、居心地悪そうな表情をしていた。先日の朝食会終わりの出来事もあり、気まずいのだろう。来る途中で二人とばったり会ってしまったのかもしれない。
「わたくしは皆さまをお邪魔だなんて思っていませんので、ご安心下さい」
ジョアンヌが周囲に笑顔を見せる。だが、エドマンドとアルツールには一切視線を合そうとしない。
「……分かりやすい女だ」
アルツールが独り言のように呟いた。エドマンドは黙ったまま、ジョアンヌとマーティンを見据えている。その視線に気付いたマーティンは、デリア帝国の皇子に目をつけられて身体を強張らせた。
「ありがとうございます。お二人のお気持ちは伝わっています。ですから、心配いりませんよ」
ロルフが笑顔を見せると、ジョアンヌも「ロルフ様はお優しいですわね」と笑顔で答えた。
本心が見え隠れするやり取りに、シャンテルは何とも言えない気持ちを覚える。そんな中、ジョアンヌは「そうですわ!」と思い付いたように声を弾ませた。
「よろしければ、お二人もわたくしの馬車に乗りませんか? つい先ほど、ジョセフ様もお誘いしたところですのよ」
馬車の同乗者は事前に決めてある。目の届かない範囲で他国同士のトラブルや密談を防ぐため、シャンテルとエドマンドを除いて、国ごとに編成していた。その方が彼らの従者も同じ馬車に乗れるからだ。そして、マーティンはジョアンヌと乗ることになっていた。
ジョアンヌのと二人きりの馬車ではなくなるかもしれない状況に、彼はピクリと眉を反応させた。
マーティンの味方をするわけではないが、シャンテルも黙っているわけにはいかない。
「出発の直前に、誰がどの馬車に乗るかを勝手に変えるのは、護衛する側にとって良くないわ」
「お姉様もエドマンド皇子と乗車されるなら、わたくしだって他の方と乗車したいですわ。それに、わたくしとマーティン様が一緒なら、道中でルベリオ王国をご案内出来ますもの」
「あの……ジョアンヌ様、私は──」
ジョセフが何か言おうとした。だが、その声をかき消すようにジョアンヌが声を張り上げる。
「きっと楽しい道中になりますわ!」
ジョセフは選べるならシャンテルと同じ馬車に乗りたいと考えていた。それは勿論、ロルフとホルストも同じだ。マーティンもジョセフとロルフたちに、ジョアンヌの申し出を断ってほしいと考えている。
四人の意見はある意味一致していた。だが、ジョアンヌは、マーティンと二人きりになりたくないと思っている。なぜなら、彼を婚約者にするつもりが全くないからだ。
マーティンはジョアンヌがシャンテルに虐げられていることを周囲に訴える時、前に出てシャンテルを追い詰めてくれる都合のいい存在だった。本人より他人が訴える方が信憑性が増し、噂が広がるのも早いため、彼を利用したのだ。
そして、マーティンの方も自らの利益のために、ジョアンヌを利用していた。
マーティンの先祖を辿れば、王族の血筋にたどり着く。だが、臣籍降下した家の生まれだ。シャンテルや国王に比べると色素は薄いが、赤い瞳を持っている。にも拘らず、自分が王族ではないことが昔から不満だった。
どう足掻いてもマーティンは王になれない。それが堪らなく、屈辱的な思いをマーティンに与えた。
だから、マーティンは王配という形で王族に名を連ねるために、ジョアンヌに媚を売っている。そのことは、ジョアンヌも何となく感じていた。
お互い口にしたことはないが、二人は立場を利用し合っている関係だった。だからこそ、ジョアンヌはマーティンと二人きりになりたくなかった。
マーティンは全く好みでもなければ、地位も自分より下だ。そんな彼を人生のパートナーにするつもりはなかった。
マーティン様は当然のように付きまとってくるけれど、わたくしに釣り合うのは王族だけなのよ。
ジョアンヌは幼い頃からずっとそう思っていた。だからこそ、ジョセフかセオ国の王子たちと交流を深めたいと考えていた。
「あら? 何かありましたか?」
馬車の同乗者を巡って揉めていると、そこにアンジェラの声が響いた。




