59 ジョアンヌへの疑心
「ハムデアミ公爵令息、一つ聞かせて欲しい」
一連の話を聞いていたエドマンドが、マーティンの前に出る。
「貴殿はシャンテル王女がジョアンヌ王女を誘わなかった理由を、正しく理解しているか?」
その問い掛けにマーティンがムッと眉根を寄せた。
「当然です。シャンテル様はジョアンヌ様を嫌って、彼女を虐げてきました。だから、ジョアンヌ様を誘う訳がないと仰ったのです!」
「それはおかしい。うちの優秀な従者が王城の使用人から聞いた話では、これまでシャンテル王女が王家の中で蔑ろにされてきたと聞きています」
エドマンドが胡散臭い笑みを浮かべて、マーティンとの距離を詰めた。
「そんな筈ありません。城の使用人か従者が、シャンテル様に脅されて言わされたに決まっている! 貴方は騙されているんだ!!」
「だったら、知っていますか? 我々がシャンテル王女と食事を共にするまで、彼女は毎食一人で食事していたことを。他の王族は集まって食事を摂っているにも拘わらず、ね」
「それが何です? シャンテル様がいるとジョアンヌ様が落ち着いてお食事できないから、バーバラ様が引き離しただけでしょう」
「……だったら、何故ジョアンヌはシャンテルがいる我々の食事会に興味を持つ?」
突然、エドマンドの声色が低くなった。指摘されたマーティンが「それは……」と言葉に詰まる。
それを疑問にすら思わなかったのだろう。だが、マーティンは直ぐに勢いを取り戻す。
「シャンテル様が国賓の皆さまを独占されているからです! 皆さまは、どうしてシャンテル様の言いなりになっているのですか!? まさか、弱みを握られたのですか!? もしそうであれば、我が公爵家がお守りします! ですから、安心してこちらにいらしてください!」
マーティンが「さぁ!」と手を差し出す。すると、途端にアルツールは笑いだし、エドマンドは肩を震わせ笑いを堪えるのに必死だった。
「な、何がおかしいのですか!」
「っ、はははっ! いや? 残念だがここにいる全員、自らシャンテル王女との食事を望んだ者ばかりなもので」
マーティンから「は?」と短く息が漏れる。
「それに、俺たちは王族だ。弱みを握られたぐらいで言いなりになるほどバカではない」
ギロッと睨み付けるようなアルツールの視線が、マーティンを貫いた。
仮にも将来国を背負う彼らが、脅されただけで他人に従うほど弱い人間である筈がない。特にアルツールとエドマンドであれば、口でも力業でも負けないだろう。
「何故シャンテルだけ家族と別で食事を摂っているか、俺が教えてやろう」
一頻り笑ったアルツールがエドマンドの隣に並び出る。
「それは、バーバラ妃殿下とジョアンヌ王女がシャンテルを虐げ、自分達から遠ざけているからだ」
「は……?」
マーティンは分かりやすく固まった。セオ国の王子たちは険しい視線をジョアンヌに向け、ジョセフは驚きの混じった顔をしていた。
すると、ジョアンヌが慌てた様子で言葉を紡ぐ。
「い、いい加減な憶測はお止めください! マーティン様!? 騙されてはいけませんわ! 残念ながら彼らはお姉様に絆され、信じ込んでいます! もう手遅れのようです」
「あ、……あぁ!! そのようですね」
「これはシャンテルに聞いたわけではないぞ? 数年前に辞めた使用人が教えてくれたことだ。彼女はお前たちがシャンテルを食事の席から追い出したと証言した」
「っ!」
ジョアンヌがぎゅっと唇を噛み締める。その時に、マーティンは怒りと動揺で歪んだ彼女の顔を初めて目にした。ジョアンヌを信じたいと思う一方、彼女の表情がマーティンの信頼を揺るがせる。
「……その者は本当に王城で働いていましたの? 嘘だった場合、アルツール様やわたくしたち王族を貶めていますわ。こちらで調べさせますので、その不敬な者の名を教えてください」
「それはできない。匿名であることを条件に教えてもらった」
「ますます怪しいですわ」
ジョアンヌはいつの間にか演技を辞め、疑いの眼差しをアルツールに向けていた。
「……マーティン様、ジョアンヌ、もういいかしら? 国賓の皆さまも公務をお抱えなの。ここで長く言い争っているほど暇ではないのよ」
シャンテルが言えば「そうやってまた逃げるのですか?」と、マーティンが問い掛ける。
「事実から目を背けているマーティン様にだけは言われたくありません」
シャンテルは、はっきり答えた。
何も心配いらない。その筈なのに、マーティンは何も言い返せない。僅かにマーティンの中でジョアンヌに対する疑心が生まれた。
そして、シャンテルを始めとする各国の王族たちが、冷ややかな視線でマーティンを見ていることに気付く。
彼はようやく道を開けた。




