57 それぞれの思惑
「────ル様? シャンテル様!」
名前を呼ぶ声でシャンテルは深い思考から浮上する。ハッと顔を上げれば、昼食会の席で隣に座るジョセフが心配そうに覗き込んでいた。
「何度お声がけしても反応がなくて、心配しました」
「……申し訳ありません。少し考え事をしていました」
シャンテルは直前まで昨夜アンジェラと交わした会話を思い返していた。
冷静に考えると、彼女がシャンテルを騙している可能性もゼロではないが、アンジェラの様子からしてその心配はあまり無さそうだ。寧ろ、シャンテルが国王や官僚たちに告げ口する可能性もあるというのに、よく話してくれたと思う。
エドマンドに続いてアンジェラと、立て続けにシャンテルを王に後押しする話をされ、自分に都合が良い夢か幻でも見ているのではないか? とシャンテルは疑いたくなった。
勿論、シャンテルも王になることを望んでいる。だが、それはこの国を安心して任せられる身内がいれば、その時は身を引く前提の話だ。しかし、シャンテルが王に望むリオは王族の一員になることを辞退しており、ジョアンヌは真面目に公務をこなそうとしない。
何れ向き合わなければいけない問題には違いない。だが、まだ頭の整理が付いていなかった。
「今朝からずっと上の空だったな。悩みがあるなら話せる範囲で話してみてはどうだ?」
エドマンドに言われて、シャンテルはそんなに分かりやすく態度に出ていたかしら? と苦笑いになる。気を付けなくちゃと思う反面、誰かに相談したい気持ちがあるのは確かだ。
だけど、これは気軽に相談できる内容ではない。誰かの耳に入れば、“シャトーノス侯爵令嬢が謀反を企てている”と言われてもおかしくないからだ。そのため、シャンテルはニックにすら相談していなかった。
「すみません、皆様にお話しできる内容ではありませんので。ご心配ありがとうございます」
シャンテルがエドマンドの提案を断ると、ロルフとホルストが食事の手を止めて心配そうにシャンテルを見つめた。
「数日前まで、昼食の時間も執務室に籠って、ずっとお忙しそうでしたよね?」
「休息はとれていますか?」
「はい。お陰さまで一段落しましたので」
バーバラ主催のお茶会前はジョアンヌの書類を押し付けられて大変だった。遠征に向けた準備や日々の会議は増えているが、今は平時と変わらない仕事量に戻っている。執務室に一日中籠るほどではない。
「シャンテル様、よろしければ気分転換に私と庭園巡りはいかがですか?」
「庭園巡りですか?」
ジョセフの言葉をシャンテルは反復する。そして、以前彼とお茶をした時に“またシャンテル王女をお誘いしてよろしいですか?”と聞かれていたことも思い出した。
確かに、このところ騎士団の訓練以外はずっと執務室に籠っていたし、いい気分転換になるかもしれないわね。
シャンテルがそう思っていると、ロルフが「それは良いですね」と口にする。
「我々もルベリオ王国の植物を紹介して頂きたいと、シャンテル王女とお話ししていたんです。宜しければご一緒させて下さい」
ジョセフは膝の上で手を握りしめる。シャンテルと二人で過ごすために提案したことに、ロルフたちが混ざろうとしていて、小さな苛立ちを覚えた。
その変化に気付いたアルツールがフッと鼻で笑う。
「公国の公子は考えが甘い。シャンテルと二人で過ごしたいなら、俺たちが居ないところで誘え。と言っても、日中はエドマンド皇子がシャンテルにベッタリだが」
「ギルシアの王太子は人聞きが悪いですね。俺は執務室には入っていないので、正確にはベッタリではありませんが?」
エドマンドが胡散臭い笑顔をアルツールに送る。だが、彼は気にしていないのか、そ知らぬ顔で食事を続けた。
「アルツール王太子殿下も庭園巡りに参加されますか?」
ロルフがアルツールへ振り向く。
「……そうだな。時間が合えば参加しよう」
歯切れの悪い返事にホルストが「お忙しいのですか?」と尋ねる。
「送られてくる書類が少々増えただけだ。それに、俺は貴殿らと交流するために滞在している訳でわはない。シャンテルと過ごしたいなら、個人でる誘えばいいだけだ」
それを聞いてセオ国の王子たちは口を閉ざした。今回の割り込みは、ジョセフの抜け駆けを阻止する意味もあったが、アルツールが言うように個人で誘ってシャンテルと一対一の場を設ける方が彼女と沢山話せるからだだ。
エドマンドが日中シャンテルの側にいることを考慮すれば、手紙で約束を取り付けるのが良いだろう。
今のところ、ロルフとホルストは二人でシャンテルと交流している。最終的にどちらかが、シャンテルを射止められれば、セオ国としてはこの戦いを制することが出来る。だが、互いに彼女と婚約したいと考えているいる以上、個人戦だ。
そろそろ国としてではなく、個人で接する機会を増やす方が良いだろう。そう考えたロルフとホルストは互いに視線を送り合う。そこだけ、二人にしか分からない空気が流れていた。
「と、兎に角! 庭園巡りの件、考えてくださいませんか?」
ジョセフが改めてシャンテルに問い掛けた。
社交が苦手なシャンテルだが、それ以外は特に断る理由もない。
「分かりました。またご連絡しますね」
そう返事して、手が止まっていた食事を再開した。




