50 シャンテルにかけられた疑い
シャンテルが悲鳴がした方へ振り向くと、ジョアンヌが地面に手をついて座り込んでいた。
「痛っ!」
蹲るジョアンヌに「ジョアンヌ様!?」と、彼女の後ろを付いていた侍女が顔を覗き込む。シャンテルも「ジョアンヌ?」と傍に寄って座り込んだ。
「転んだの? 怪我は?」
尋ねながら肩に触れようとすると、「嫌っ!!」と大きな声で手を弾かれた。
「っ!」
シャンテルは驚いて目を見張る。ジョアンヌの反応に嫌な予感がした。
騒ぎに気付いたマーティンがジョアンヌと親しい令嬢と共に「ジョアンヌ様!」と駆け寄る。ジョアンヌは侍女にすがり付きながら口を開いた。
「歩いていたら、急にドレスの裾が引っ張られてっ、……振り向いたら後ろにお姉様が……っ」
その訴えを聞いて、勢い良く振り向いたマーティンがシャンテルを睨み付ける。
「シャンテル様はジョアンヌ様から離れてください!! またこのようなことをされて、恥ずかしくないのですか!?」
……まただわ。
ざわついていた周囲がマーティンの叫び声で更に騒がしくなる。お陰でお茶会に参加している殆どの人の視線を集めることになった。何事かしら? と様子を伺う野次馬がシャンテルたちを囲う。
「誤解があるようです。私は何もしておりません。傍でジョアンヌの悲鳴と音がしたので、振り返って声を掛けただけです」
「シャンテル様、失礼を承知で申し上げますが、正直に認めては如何ですか?」
駆け付けたご令嬢の一人が屈んで侍女の腕の中で震えるジョアンヌを安心させるように背中を擦る。
その時、「何があった?」とシャンテルの頭上から低い声がした。ハッと見上げると、エドマンドが座り込むシャンテルの隣に立っている。そのすぐ側でサリーも心配そうにシャンテルを見た。
エドマンドはシャンテルに手を差し伸べると、優しく立たせた。
「ジョアンヌが転んでしまったようなのですが……」
シャンテルがエドマンドに説明していると、バーバラの声が近づいてくる。
「一体、何の騒ぎです? 何があったの?」
尋ねたバーバラが侍女の腕の中で震えるジョアンヌを視界に捉えた。
「バーバラ妃殿下! ジョアンヌ様がシャンテル様に危害を加えられました!!」
マーティンが告げると、状況を理解したバーバラは、怒りの籠った顔でシャンテルに声を張り上げる。
「シャンテル! どういうことか説明して頂戴!!」
今までもジョアンヌの件でシャンテルが責められることは何度かあった。だが、公の場でシャンテルとジョアンヌのトラブル現場にバーバラが居合わせるのは初めてだった。
周囲から鋭い視線がシャンテルに注がれる。それらから守るようにエドマンドが一歩前に出る。
「エドマンド皇子?」
不思議そうに尋ねたシャンテルには答えずに、エドマンドは彼女を背中に隠した。
「バーバラ妃殿下、冷静に。一度落ち着かれてから話を」
エドマンドがバーバラを宥める傍らで、周囲からは囁く声がする。
「やっぱり、ギルシアの王女は野蛮ねぇ」
「ジョアンヌ様に怪我させるなんて……」
この場にシャンテルの味方はいないと思える程の居心地の悪さだった。
「っ……」
やっぱり、こうなるのね……
これ以上、何を言っても無駄だと感じて、シャンテルの視線が地面に落ちる。だけど、そこに低い声が響いた。
「随分な言われようだな」
シャンテルが顔を上げると、野次馬が次々と道を空けて、そこからアルツールが現れる。
「ルベリオ王国は親の出身で人を差別する心の狭い国だったか」
先ほど“ギルシアの王女は野蛮”と噂していた夫人にアルツールが鋭い眼差しを向ける。威圧的な態度を感じ取った夫人は勿論、周囲の人々が息をするのも忘れて顔を青ざめさせた。
「貴殿はシャンテルがジョアンヌに危害を加えたと言いたいようだが、シャンテルは何もしていない」
アルツールがバーバラやマーティンに宣言する。だが、マーティンも負けじと口を開いた。
「恐れながら、ジョアンヌ様本人が申告しています」
ジョアンヌを抱き留めている侍女が、援護するように言葉を続けた。
「わ、私は! ジョアンヌ様のすぐ後ろを歩いていました! シャンテル様が急に振り向いて、ジョアンヌ様のドレスの裾を踏みつけたのです!!」
その言葉に周囲が一際大きくざわつく。それに対して主を擁護するため、サリーも声を上げた。
「違います! 私はシャンテル様の傍にいましたが、ジョアンヌ様に危害など加えていらっしゃいません!!」
すると、マーティンが反論する。
「ここにドレスの裾を踏みつけるところを目撃した証人がいます! 貴女はシャンテル様の侍女ですから、嘘を吐いているのでしょう!」
「いいや、彼女は嘘を吐いていない」
アルツールが淡々と告げる。
「何故そう言いきれるのですか!」
「俺もシャンテルを見ていたからだ」
「なっ!?」
ジョアンヌとマーティン、それから侍女が驚きで言葉を詰まらせる。驚いたのはシャンテルも同じだった。まさか、アルツールに見られていたとは思わなかった。
「シャンテルに再び話し掛けるタイミングを窺っていたところ、そこの王女がシャンテルの傍で勝手に倒れた。二人の間には人一人分以上の距離があった上に、彼女が倒れてからそこの王女の傍に駆け寄るまで、シャンテルは菓子を選んでいた。その状態で振り向いて、ドレスの裾を踏みつけたと言うのはどうだろうか」
冷たいコバルトブルーの瞳が細められる。アルツールの存在と言葉に圧倒されて、マーティンたちは声も出ないようだった。




