49 お茶会という名の戦い
「アルツール王太子殿下、ご機嫌よう」
彼が絡んでくることは織り込み済みだったシャンテルは、落ち着いて挨拶する。
「俺が贈ったドレスはどうした?」
「大切に保管しています。素敵な贈り物をありがとうございました」
「何故、エドマンド皇子のドレスを選んだ」
アルツールの強い口調には隠すつもりがない苛立ちが滲んでいた。
「エドマンド皇子を選んだつもりはありません」
「惚けるな。そのドレスを選んだということは、エドマンド皇子を選んだということだろう」
アルツールはシャンテルの目の前までやってくると、冷ややかに見下ろした。
「いいえ。単純にエドマンド皇子には護衛騎士として会場までエスコートしていただく予定でしたから、彼に合わせただけです」
負けじと言い返したシャンテル。先に視線を外した方が負けのような気がして、目を逸らさず彼を見続ける。
「アルツール王太子、そこまでにしてもらおう」
そんな声と共に、シャンテルは後ろから肩を引かれた。
「!」
驚いて顔を動かすと、一度傍を離れていたエドマンドがシャンテルを自身の方へ抱き寄せる。
「エドマンド皇子に用はない。俺は今、シャンテルと話している」
「生憎、俺はシャンテル王女の護衛騎士です。今のアルツール王太子は随分と気が立っているようだ。であれば、無視する訳にいきませんね」
それを聞いて、アルツールの顔が益々不機嫌に染まる。ジッと視線で探り合う二人の間にシャンテルは火花を見た気がした。
「護衛騎士とは随分都合が良い役回りだな。……まぁいい。シャンテルがエドマンド皇子を選んだわけではないと聞けただけ、一先ずは十分だ」
そう告げると、アルツールは身を翻してシャンテルから離れていく。
ドレスの件でエドマンドとアルツールが揉めると予想していたシャンテルだったが、想像よりも案外あっさり終わった。そのことにシャンテルが胸を撫で下ろすすると、頭上から呆れた声が降ってくる。
「少し目を離すと直ぐこれだ」
「エドマンド皇子にご迷惑をお掛けしたつもりはありません」
「迷惑と言うより心配だな。取り敢えず、この茶会では俺がアルツール王子より一歩勝っているようで良かったよ」
妙な言い回しにシャンテルは首をかしげる。
「お茶会に勝ち負けはありませんよ?」
「そうではない」
シャンテルの護衛騎士として、会場までのエスコートが理由だったとはいえ、シャンテルはアルツールではなく、エドマンドのドレスを選んだ。
シャンテルがどれだけ否定しようと、選んだ理由に特別な想いが無かったとしても、事情を知らない周囲はシャンテルがエドマンドを意識していると捉えるだろう。それは大きな一歩と言える。
そんな風に考えているエドマンドの思考が分かる筈もなく、シャンテルが頭にハテナを浮かべていると別の声が彼女を呼んだ。
シャンテルが振り向くと、ロルフとホルストの姿がある。お互い簡単に挨拶を済ませると、そこにジョセフも合流した。
会場ではそれぞれグループを作って、お茶とお菓子や会話を楽しんでいた。だが、女性メインのお茶会において数少ない男性参加者、それも王子たちがこぞってシャンテルに話しかけている。
夜会で王子たちと殆ど話せなかった令嬢にとって、今日は隣国の王子たちと関われるまたとない機会だった。あわよくば王子の婚約者の座が手に入るかもしれない。
そんな思いが令嬢たちの心に火を付けていた。中にはアンジェラのお祝いそっちのけで、お茶会に参加している令嬢もいる程だ。
中でも一番人気はロルフで、二番人気はホルストだ。二人とも整った顔立ちに加え、ロルフの肩のところで切り揃えられた金髪はとても美しい。短髪のホルストも動く度に少し癖っけのある美しい金髪が柔らかく揺れている。
そんな二人に比べて、元敵国で度々小競り合いがあるギルシア王国のアルツールや大国デリア帝国のエドマンドは近寄りがたい雰囲気もあって不人気だった。だが、一部の令嬢からは“その近寄りがたさがイイ!!”と密かな人気を獲得している。
特にアルツールは銀髪にコバルトブルーの瞳とクールな印象だ。令嬢たちのハートを射止めてもおかしくはないのだが、ギルシアの王子であることと、少々口が悪いことが足を引っ張っていた。それがコアなファン層を除いて、イマイチ人気が伸びない理由だった。
エドマンドは一見すると笑顔が絶えず、紳士的で物腰柔らかな好青年に見える。だが、残念なことに夜会の時からシャンテルにベッタリなのだ。デリア帝国の皇子というだけで近寄りがたいのに、“野蛮な王女が傍にいては話し掛け難い”という令嬢が大半だった。
そんな訳で、ジョセフやセオ国の王子がお目当ての令嬢たちは、シャンテルたちをちらちら盗み見ては、彼らに話し掛けるタイミングを窺っていた。
シャンテルが会場に到着する前にロルフやホルスト、それからジョセフと話していた令嬢は、「シャンテル王女に挨拶してきます」と告げられて彼らと会話を中断している。当たり前だが、彼女たちにとってシャンテルは面白くない存在だ。
「シャンテル様が王子様方を独り占めされていますわ」
「ジョアンヌ様ですら、王子様方とのご挨拶は手短に済まされていましたのに」
「ご自分のことしか考えていらっしゃらないのね」
最初は羨望の眼差しだった視線が、徐々に嫉妬へ塗り替えられていく。その気配をシャンテルは薄々感じ取っていた。それは他の王子たちも同様だった。
そろそろ離れなければと、考えたシャンテルは「他の方に挨拶してきますね」と伝えてその場を抜ける。それを期にジョセフやホルストたちも解散した。
その時、シャンテルの噂をしていた令嬢の輪にジョアンヌが入っていった。
「皆さま、ごめんなさい。お姉様はこういった場にあまり参加なさらないから、王子様方に話し掛けられて浮かれていますの」
瞳を潤ませたジョアンヌに令嬢たちが「ジョアンヌ様」と眉を八の字にする。その姿が飲み物を取りに行ったシャンテルからも見えた。
「わたくしが、お姉様を注意できれば良いのだけれど……」
そう呟いて、怯えたように肩を震わせている。
「そんなことをなさったら、またジョアンヌ様が酷い目に遭ってしまいます!」
「そのお心遣いだけで十分ですわ!」
なんと言うか、相変わらずの団結力ね……
シャンテルは自らが悪く言われているにも拘わらず、どこか他人事のように感じて妙に感心してしまう。それでも聞こえない振りをして、人が少ない場所で静かにお茶を楽しもうと、サリーに小皿を取って貰う。そしてテーブルに並べられた焼き菓子に手を伸ばした。
「わたくし、お姉様の代わりにジョセフ様やセオ国の王子様にお詫びしてきますわ」
そう言って、令嬢たちの輪から抜けたジョアンヌがシャンテルの方へ歩いてくる。
ジョセフはアンジェラと挨拶中だった。そして、ロルフたちはフリーになった途端に、令嬢たちから話し掛けられていた。どちらもシャンテルの傍を通り越した先で話し込んでいる。
シャンテルがテーブルで菓子を選ぶ中、ジョアンヌがシャンテルの近くを通りすぎようとした時だった。
「きゃあっ!!」
ジョアンヌの悲鳴と共に、ドサッと鈍い音がした。




