48 合わされたドレスの色
エドマンドとシャンテルが会場へ姿を表すと、二人の登場に賓客の視線が集まった。
「えっ? シャンテル王女がエドマンド皇子と入らしたわ!」
「デリア帝国の皇子様を護衛騎士にされた噂は本当でしたの!?」
驚く周囲の声。普段ならシャンテルを蔑む声が多いが、今日はそこに羨望が混じっていた。
「シャンテル様のドレスとても素敵!」
「髪もお化粧も、いつもより華やかに見えますわね」
「良く見ると、エドマンド皇子の瞳の色を意識したドレスではなくて?」
うっとりとした視線がシャンテルとエドマンドに注がれる。この状況を目の当たりにして、シャンテルたちの後ろを着いてきていたサリーは心の中でガッツポーズした。
朝から張り切って着付けや髪型、化粧を施した甲斐があるというものだ。留守を任せているアンナとエリーにも早く聞かせてあげたい! と、サリーの心は喜びで弾んでいた。
護衛騎士は有事の際以外は待機することになっている。その為、カールは中庭の外側から他の騎士や従者と共に警備しながら待機しているが、シャンテルを褒める会場の声は彼にも届いていた。こちらも主を称賛する声に顔を綻ばせる。
「お二人はお似合いに見えますわね」
ひそひそと囁かれるのは、どれもシャンテルが主役の浮いた話だ。そんな周囲の反応に慣れなくてシャンテルは戸惑った。そして、ジョアンヌはそれに焦りを覚える。
「お姉様ったら、やっといらしたのね。中々お姿が見えないから、公務が片付かなかったのか心配しましたわ。あの程度の書類に手こずっていたのですか?」
シャンテルたちの前に歩み寄るジョアンヌが取り繕った笑顔で水色のドレスを揺らす。シャンテルの隣にはエドマンドがいるためか、妹の表情は普段より固く見えた。だが、彼女の発言を後押しするようにバーバラもシャンテルの元へやって来ると、口を開く。
「お茶会の主賓であるアンジェラ嬢より遅れるなんて。わたくしたちは歓迎する側です。出迎えられないとは配慮に欠けています。仕事のペース配分に気を配ることも公務の一部ですよ」
周囲に聞こえる声でバーバラはそう告げた。彼女の冷たい視線がシャンテルに突き刺さる。
ジョアンヌの書類を押し付けておいて、よく言うわ。
事情を知っているエドマンドはバーバラの発言を鼻で笑い、小さく「どの口が」と呟いた。
シャンテルも言いたいことはある。だが、ここで何か言っても周囲はバーバラとジョアンヌの味方をするだろう。ここでの反論は、面倒事を増やすだけで無意味だとシャンテルは理解していた。だから「以後、気を付けます」と微笑みを張り付ける。そして、バーバラに探るような視線を向けた。
シャンテルに『シャトーノス侯爵令嬢との婚姻を取りやめるよう、国王陛下を説得なさい』とまで言っていたバーバラ。そんな彼女がアンジェラと国王の婚姻を心から祝福するとは考えにくい。
だから、シャンテルはバーバラがアンジェラに何か仕掛けるつもりでお茶会を主催したのではないかと推測していた。だが、蓋を開けてみれば今ターゲットにされているのはシャンテルだ。
「開始時間ギリギリの到着となってしまい、申し訳ありません」
「謝罪はわたくしではなく、アンジェラ嬢になさい」
「はい。勿論です」
一礼して、シャンテルはエドマンドのエスコートから離れると、アンジェラの元へ向かった。
今回のお茶会はテーブルと椅子も用意されているが、立ったまま会話を楽しんでいるグループも多数見受けられた。他の令嬢たちと一緒に、バーバラとシャンテルのやり取りを離れた所から眺めていたアンジェラが、緊張した面持ちでシャンテルを見た。
「ご歓談中失礼します。アンジェラ嬢、ルベリオ王国第一王女のシャンテルです」
カーテシーでシャンテルが挨拶すると、アンジェラも優雅に挨拶を返す。
「ご丁寧にありがとうございます。シャトーノス侯爵家の次女、アンジェラでございます」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。この度は国王陛下とのご婚約、おめでとうございます」
「わたくしの方こそ、こちらからご挨拶に伺うべき所、大変申し訳ありません」
さすがはシャトーノス侯爵家の令嬢。所作は完璧だ。ベオ侯爵家とは犬猿の仲だが、それ故に家柄も品位も引けず劣らずだった。
赤のドレスを身に纏ったアンジェラにシャンテルは少し心配を寄せる。それは、バーバラも赤のドレスを纏っているからだ。主賓はアンジェラのため、彼女が何色のドレスを身に付けていても大抵は問題ない。だが、まだ婚約者に過ぎない侯爵令嬢と側妃では、立場上バーバラの方が上だ。
二人が同じ色のドレスを着ていることを考えると、バーバラがわざと赤で合わせて難癖を付けようとしている可能性がある。
「素敵なドレスですね」
何故そのドレスを選んだのか気になって、シャンテルは遠回しに尋ねる。
「ありがとうございます。このドレスは陛下が贈ってくださったのです。バーバラ妃殿下がわたくしの為にお茶会を開いてくださると知って、急だったにも拘らず用意してくださいました」
なるほど。と、シャンテルは納得する。
国王からの贈り物となれば、アンジェラがこのドレスを着るのは必然だ。だが、バーバラがそれを素直に受け入れるとは思えなかった。現にシャンテルたちの会話に聞き耳を立てていたバーバラの表情が僅かに動いた。
アンジェラは既に国王の婚約者として、王城で過ごしていた。婚姻までの限られた時間で毎日王妃教育を受けている。そして、国王は暇さえあればアンジェラの元へ通っているらしい。
シャンテルは参加していないため不明だが、家族揃って摂る朝食と夕食には既にアンジェラが参加しているという。彼女が入城して以降、国王はバーバラの元へ一切通わなくなったと聞く。
つまり、食事と公務で必要な時意外、国王はバーバラに会っていないということだ。
一昨日、シャンテルの元に書類を届けに来たニックが「お陰でバーバラ妃殿下の機嫌が日に日に悪くなる一方です」とぼやいていた。
「流石は国王陛下。アンジェラ嬢によくお似合いです」
「シャンテル王女のドレスもとってもお似合いですわ。先ほど、デリア帝国のエドマンド皇子とお見えになった時、お二人の並んだ姿にうっとりしてしまいました」
「そ、それはありがとうございます……」
まさか、褒められると思わなかったシャンテルは、少し照れつつも無難に答えてアンジェラと別れた。すると、側にいた夫人たちがクスクスと笑う声がする。
「先ほどのバーバラ妃殿下、『まだ婚約者でしかないアンジェラ様が赤のドレスだなんて』と蔑まれていましたが、そういうご事情であればアンジェラ様に部がありますわね」
「既に国王陛下のご寵愛はアンジェラ様のモノのようですし、……ねぇ?」
意味ありげに目を細める彼女たち。ベオ侯爵ともシャトーノス侯爵とも関わりのない、この会において中立的な立場の夫人のようだ。どちらの肩を持つわけでもないが、この状況を楽しんでいるらしい。
あれはハムデアミ公爵家と親しいご夫人たちね。
そのハムデアミ公爵家からはマーティンが参加していた。彼は他の招待客と挨拶する傍らで、ジョアンヌの傍を行ったり来たりしている。それはシャンテルを警戒しているのも理由の一つだろうが、余程ジョアンヌに気に入られたいらしい。
視線を巡らせたシャンテルは会場の雰囲気を探る。お茶会にはシャトーノス侯爵家と仲良くしている貴族もお茶会に呼ばれているが、半数以上がベオ侯爵家と親しい貴族が呼ばれているようだった。
「シャンテル」
どこか不機嫌な声に後ろから呼び止められて、シャンテルは振り返った。
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