47 究極の二択
「どちらも素敵なドレスですね」
「えぇ。姫様にとっても似合いそうです!」
アンナとエリーがキラキラ瞳を輝かせている。シャンテルは慌ててサリーを振り返った。
「サリー、今朝私が頼んだドレス選びは!?」
途端に彼女が申し訳なさそうに眉を歪める。
「……姫様、手持ちのドレスも確認しましたが、贈っていただいたドレスがあまりに素敵だったので、片付けてしまいました」
「えっ!?」
「ですが、姫様は何でも良いと仰ったではありませんか! 素敵なドレスが贈られて良かったですね!」
パァッと弾ける笑顔でサリーが手を叩く。その直後に顔を真剣な表情に戻すと、こう付け足した。
「とは言え、どちらのドレスを選ぶかが、厄介ではございます」
「えぇ。その通りよ」
眉間にシワを寄せるシャンテルとサリー。その姿に二人の侍女が首をかしげた。
「姫様が気に入ったドレスを選んではいけないのですか?」
アンナの疑問に同意するようにエリーがうんうんと首を縦に振って頷く。二人の侍女はこのドレス選びの重要性にまだ気付いていないらしい。
デリア帝国の皇子でシャンテルの護衛騎士であるエドマンドを選ぶか。それとも、ギルシア王国の王太子で、シャンテルの従兄であるアルツールを選ぶか。
二人のうち、選ばれた方がシャンテルの婚約者に一歩近づく。事態はそういう問題なのだ。
「やっぱり手持ちのドレスから選ぶわ」
そう宣言したシャンテルの言葉はサリーに即却下された。そして、「姫様! 良いですか!」といつになく真剣な顔でシャンテルに詰め寄る。
シャンテルのドレスは王女とだけあって、簡素な作りでも上質な生地が使われている。公務をこなすため、動きやすい服を好むシャンテル。そして騎士団の訓練がある日は朝から訓練服で過ごすこともあった。
王女として煌びやかなドレスも持ち合わせてはいるが、お茶会や夜会に呼ばれる機会が少ないため、手持ちが極端に少ない。
それにルベリオ王国は現在、国民に高い税を課して国費を賄い、国防費に当てている。シャンテルが手持ちのドレスを増やさないのは、必要以上の贅沢はしたくないという意志も含まれていた。
「お二人から贈られたドレスは、間違いなく姫様の手持ちの中で一番華やかなドレスです! どちらかを身に付けて、ジョアンヌ様や貴族令嬢たちに文句の付け様がないお姿を見せつけてやりましょう!!」
力の籠ったサリーの瞳、そして彼女の熱い想いと勢いにシャンテルは思わず一歩後ずさった。そして、側で聞いていたアンナとエリーにまで彼女の想いが伝染し、火が着いたらしい。
「当日は気合いを入れて姫様の準備を致します!」
二人の侍女が腕捲りして、凛々しい顔つきでシャンテルを見る。
侍女といえど、彼女たちも貴族令嬢だ。城に仕えるにしては少々抜けているところもあるが、女の戦いを理解して燃えていた。
◆◆◆◆◆
エドマンドとアルツールからドレスが贈られた数日後、遂にお茶会当日を迎えた。
シャンテルは昨夜まで悩みに悩んで、着ていくドレスを決めた。それを身に纏って、いつもより少し遅れて自室から出る。出迎えたエドマンドはシャンテルの姿に一瞬目を見張ると、口の端しをニッと持ち上げた。
「今日のドレスは一段と良く似合っていますね」
そっと、エドマンドがシャンテルの手を掬って手の甲に口付ける。いつもと違う朝の出迎え方にシャンテルはドキッとした。
「か、勘違いしないでください! 今日のお茶会は護衛騎士であるエドマンド皇子にエスコートしてもらうことになるので、それに合わせてドレスを選んだだけです」
早口で告げると、シャンテルは視線を逸らす。
「それは光栄です」
なんとも言いがたい恥ずかしさを隠すように、「行きましょう」とシャンテルは言葉を発する。それに頷いて、差し出されたエドマンドの腕にシャンテルは手を添えて歩きだした。
朝食を終えた後、シャンテルは早速執務室へ籠った。ニックが運んできた国王とシャンテルの今日の分の書類に手を付けていると、バーバラ付きの侍女がやってきて、ジョアンヌの分の新な書類を置いていく。
そして昼食の時間が近付いてくると、今日もアンナが軽食を運んできた。この前と同様にアルツールたちには昼食会中止の連絡が既に行われたらしい。またエドマンドが手を回してくれたようだ。
午後にお茶会があることを考慮して、軽食は何時もより少なめだった。元々お茶会自体が朝と夜の二食しか食べていなかった時代の名残だと聞く。
だから今日は昼食を抜いても良いか、と考えていたシャンテルだが、これはきちんと三食摂るように、と言うエドマンドからの伝言に感じた。
その後、シャンテルは国王とジョアンヌの書類を優先して終わらせた。自分の分はお茶会の後で手を着けることにして、予め時間になったら執務室へ来るよう呼びつけていた侍女たちに化粧を直してもらい、髪を結ってもらった。その後、ニックの執務室へ赴き、出来上がった書類を預けた。
数日前に提出した時も今日も、「ジョアンヌ様はまたですか」とニックのため息が聞こえたが、聞こえていないふりをした。
そして、シャンテルはエドマンドのエスコートを受けて、その足でお茶会の会場へ向かう。集合時間ギリギリではあるが、間に合いそうでホッとする。
「エドマンド皇子、この二日間、私の昼食を手配してくださり、ありがとうございました」
廊下を歩きながらシャンテルは感謝を述べる。
シャンテルたちの後ろには、カールとサリーも着いてきていた。
「大したことはしていない」
「ですが、結果的に助かりました。護衛騎士一日目の時も同じように手配してくださったんですよね?」
普段のシャンテルは昼食を広間で摂ったり、時間がなくて抜くことがあったりとマチマチだった。
予め予定が分かっていれば、最初から執務室に運ぶよう使用人に伝えることもあったが、書類の内容によっては長引くことが殆どだったので、昼食を諦めることが多かった。だったら最初から軽食を用意してもらえば良いのだが、“出来れば暖かいものが食べたい!”という欲がそれを躊躇わせていた。
「未来の妻にひもじい思いをさせたくないだけだ」
「っ、妻!?」
シャンテルが驚きの声を上げるがエドマンドは構わず続ける。
「それに食事は大切だ。思考を働かせる上で重要だからな」
「それは否定しませんが、エドマンド皇子の妻になると答えた覚えはありません」
アルツールにも以前、夜会で“俺の妻”宣言されたことはある。あの時のエドマンドは、シャンテルに婚約を申し込みたいと言っていたが……
エドマンド皇子の中で、いつのに妻に格上げされたの!?
ぐるぐると混乱するシャンテルにエドマンドが反論する。
「何を言う、アルツール王太子から贈られたドレスではなく、俺が贈ったドレスを選んだということは、そういうことだろう?」
「っ!?」
アルツールからもドレスを贈られたことが、エドマンドに知られていた。使用人に運ばせたとはいえ、ドレスをシャンテルの部屋まで運べば、それなりに目立つ。エドマンドが知っていても不思議ではなかった。
「今朝も言いましたが、護衛騎士のエドマンド皇子がエスコートしてくださるのに合わせただけです! このドレスを選んだ理由に他意はありません!!」
「そういうことにしておきましょう」
胡散臭い笑みを浮かべた余裕のある返事が返ってくる。それが憎らしくて、シャンテルはエスコートを受けているエドマンドの腕にキュッと力を込めた。
そんなシャンテルの小さな変化に気付いたエドマンドはちらりとシャンテルを見る。口にはしないものの、むっと眉を顰める姿に小さく笑みを溢した。
そうこうしていると、お茶会の会場である中庭が見えてきた。令嬢や夫人たちの談笑する声が少し離れた場所にいても聞こえてくる。それを合図にシャンテルは気を引き締めた。




