46 芽生えかけた気持ち
サリーに消毒してもらった後、シャンテルは執務室に籠った。そうして、あと少しで昼食の時間という頃、シャンテル付きの侍女の一人、アンナが食事を運んできた。
「どうして私がまだ食べていないと分かったの?」
「エドマンド皇子からこちらに運ぶよう仰せつかりましたので」
「エドマンド皇子に?」
部屋の前で別れる直前、公務に集中するよう言っていたエドマンドを思い出す。
「はい。作業しながら食べられる軽食をお持ちするようにと。それから、国賓の皆様には姫様が本日昼食をご一緒出来ない旨、お伝え済みです」
そう言って、アンナはローテーブルの上に二人分の食事を配膳する。どうやらカールの分まで用意してくれたようだ。
食事から国賓の方々への連絡まで……。エドマンド皇子がそこまで気を利かせてくださるなんて……。と、シャンテルは彼を有り難く感じる。
「ありがとう。エドマンド皇子は今も廊下にいらっしゃるかしら? 皇子にも昼食を取るよう伝えてくれる?」
「大丈夫ですよ。ご心配には及びません。先ほどエドマンド皇子も昼食に向かわれました。現在はクレイグ様が執務室の前で待機されています」
「そうなの?」
そういうことなら彼が昼食を食べ損ねる心配は無さそうだ。シャンテルはエドマンドに感謝しながらローテーブルに向かう。そして、用意されたサンドイッチに手を伸ばした。
あら? そう言えば、この前も似たようなことがあったわね?
サンドイッチの具に多少の違いはある。だが、前回も軽食はカールの分まで用意されていた。あの時運んできたのはシャンテルの侍女ではなく、城に仕えている侍女だった。
もしかして、あの時もエドマンド皇子が?
シャンテルはニックが用意してくれたと思っていた。だが、今日は彼に執務室へ籠ると伝えていない。いつも通り報告と書類のやり取りをしただけだ。
何故、帝国の皇子様がここまでして下さるのかしら? 今朝だって、私が小さな怪我をしたことをとても気にしていたし……
『それに俺はシャンテル王女が気に入りました』
『俺が見返りに求めるのは、シャンテル王女の夫の座だ』
「……」
シャンテルは作ったばかりの小さな傷に、そっと触れる。
彼は、本当に私を……?
「シャンテル様?」
不思議そうなカールの声でシャンテルはハッとする。胸が大きく鼓動を刻んでいて、もう少しで何か気付いてはいけないことに気付きそうな気分だった。
「頬の傷が痛むのですか?」
カールが心配そうに眉を寄せて尋ねてくる。
「いいえ。何でもないわ」
カールに心配ばかりかけている気がしたシャンテルは、サンドイッチを一口齧って気持ちを切り替える。
今日は国王の書類もじっくり考えなければいけない案件が多かった。騎士団の訓練後には、官僚たちとの定例会議もある。そこで国王とアンジェラ嬢の婚儀に関する話題も上がるだろう。だからシャンテルは婚儀当日の警備について、現段階で決まっていることを纏めていた。
婚儀に招待する賓客もピックアップ出来たため、ニックを通して宮廷官僚の一人に資料作成を依頼した。更に、来週のお茶会に出席するため、シャンテルに回せる書類は早めに回すように伝えた。
来週に向けて、今から出来る公務の根回しは全て行ったつもりだ。だからこそ、増えてしまったジョアンヌの書類仕事は予想外だった。本当なら、夕方に少しだけお茶会の準備をする時間が作れる筈だったが、仕方ない。
お茶会のドレス選びはサリーたちに任せた。
シャンテルは会に遅れないように気を付けるつもりだ。だが、会場に入っても、早々に退席することになるだろう。何時ものようにジョアンヌの巧みな言葉で居心地が悪くなるに違いない。
だからドレスは王女として恥ずかしくなければ、何でも良いと侍女たちに伝えた。
伝えた。筈だった……
「…………。サリー? これは??」
夕食後、残りの書類仕事を片付け終えたシャンテルが自室に戻ると、お茶会用のドレスが部屋の中央に置いてあるのが目に入った。だが、用意されていた華やかなドレスは持っている覚えがないドレスだ。それも、何故か二着用意されている。
「エドマンド皇子とアルツール王太子からです」
瞬きを繰り返す主人の質問に、ニコニコ笑顔を浮かべて答えたサリー。その後ろでアンナともう一人の侍女、エリーも同じように笑顔を浮かべている。
「昼間にそれぞれの従者が使用人と共にこちらへ運びにいらっしゃいました。どちらも“是非お茶会で着用して欲しい”とのことです」
目の前にあるのは、エドマンドから贈られた淡い紫色のドレスと、アルツールから贈られた淡い青のドレスだ。
教えてもらった訳ではないが、シャンテルは一目見ただけでそれぞれの贈り主が分かった。なぜなら、紫はエドマンドのアメジストの瞳の色で、青はアルツールのコバルトブルーの瞳を連想させる色だからだ。
アンジェラ嬢が主賓の茶会とあって、それぞれ色合いは控えめとなっている。だが、これはこれで目立つに違いなかった。
一体、この短期間でどうやってドレスを用意したのか謎だ。そもそもシャンテルのサイズが分かる筈もないし、仕立てが間に合わない。既製品とは思えないデザインに、まさか前もって作らせていたのでは? と、嘘みたいな考えがシャンテルの頭を過って、頭をブンブンと振ってその考えを追い払う。
「だからさっき、エドマンド皇子はあんなことを……」
シャンテルの脳裏にほんの一分前程のやり取りが思い出される。
『茶会当日に着るドレスは決まったか?』
『いえ、まだです。時間もないで、侍女たちに手持ちのドレスから選んでもらうことにしました』
エドマンドの質問になんの疑いもなく答えたシャンテル。だが、『そうか』と相づちを打った彼の口の端しが楽しげに持ち上がっていた。
『では、当日はシャンテル王女のドレス姿を楽しみにしている』
あの言葉は、こう言う意味だったんだわ……
「困ったわね……」
シャンテルはため息をつく。
独占欲の現れのような二つのドレス。どちらかを選べば、シャンテルは選んだドレスを贈った相手を意識している、もしくは婚約者にしたいと考えていると思われても仕方がない状況だ。
しかも、エドマンドに“楽しみにしている”と言われた。これでシャンテルがアルツールのドレスを選べば、早朝にエドマンドに責められた後、お茶会の席でエドマンドとアルツールが火花を散らすことになるだろう。
だからと言って、エドマンドのドレスを選んでもお茶会の席で二人が火花を散らす未来は避けられそうになかった。




