42 二人の王子が望むもの
「……正直に申し上げると、シャンテル王女がどのような願いを望まれるかによって、我々の望みは形を変えると言ってよいでしょう」
望みが形を変える?
ロルフの言葉が指す意味がわからず、シャンテルは首を傾げる。
「それは、どう言うことでしょう?」
「そうですね。……例えば、シャンテル王女が“この国の王になりたい”と願うなら、我々はこれまで以上にルベリオ王国とセオ国との友好的な関係を望みます。逆に“国を出たい”と望まれるなら、その時は貴女を王子の婚約者としてセオ国に迎えます。そして、その後ルベリオ王国との関係を絶ちます」
「え……?」
関係を絶つと聞いて、シャンテルは頭が真っ白になった。
セオ国とは同盟を結んでいる訳では無いが、仲が悪い訳でもない。ルベリオ王国がギルシア王国と対立していても、セオ国はどちらの味方をするでもなく、両方の国と外交で関わりを持ち、中立を保っている。
「…つまり、ルベリオ王国とは一切関わらないと言うことですか?」
「その通りです」
その回答にシャンテルは唾を飲み込む。つまり、ルベリオ王国がセオ国と仲良くできるか、それとも両国の関係を絶つかは、シャンテルに掛かっていると言っても過言ではない。
「ですが、ルベリオ王国と関係を絶って、それがセオ国の利益になるのですか?」
シャンテルの追求にロルフが一瞬たじろぐ。視線を彷徨わせると一度目を閉じた。
「……すみません。今はお答えできません」
そう告げて表情を切り替えると、ロルフが微笑んだ。どうやらここで理由を教えてくれるつもりはないようだ。
シャンテルが王になりたいと望んだ場合、セオ国とは今以上に友好的な関係になれるようだ。それは両国にとってメリットが多いだろう。しかし、シャンテルが国を出たいと望めば、ルベリオ王国との関係を絶つと言う。
それによって、セオ国が大きな不利益を被ることはないかもしれない。だが、利益が生まれるとも考え難かった。仮にも王女であるシャンテルを婚約者として連れ帰るなら、他国からは一時的にルベリオ王国とセオ国が親密な関係に見える筈だ。
私がセオ国に行くことで、それがセオ国の利益にどう繋がるのかしら?
仮にシャンテルがセオ国に行ったとしても、この国には優秀な宮廷官僚のニックたちがいる。彼らが国を回してくれたら、数年は問題なく国家として保てる筈だ。国王もシャンテルがいないとなれば、今より公務に励むだろう。
次期王妃のアンジェラが子を身籠らない限りは、ジョアンヌがルベリオ王国の次の王となる。仮にアンジェラが子を身籠ったとしても、国王や王女の年齢を考慮して、ジョアンヌが王女になる可能性が高いとシャンテルは考えていた。
そうなれば、バーバラも娘の立場が確かなものとなり、一先ずは安心の筈だ。
ジョアンヌはシャンテルという公務を押し付ける相手がいなくなるが、一国の王になるのだから気持ちを入れ替えて公務に取り組むかもしれない。
幸い、バーバラは公務をきちんとこなしているようなので、母親の手を借りればなんとかなるだろう。
シャンテルが思考を巡らせていると、一連のやり取りを大人しく聞いていたエドマンドがフッと笑った。
「なるほどな」
シャンテルは思わずエドマンドを見る。その顔に戸惑いは無かった。彼はロルフが隠した利益が、何か分かっているようだ。
「他国に掠め取られかねないやり方だな?」
「それでも欲しいものが一つは手に入ります。両方を得られなかったその時は、欲張りな願いだったと受け入れましょう」
エドマンドが指摘しても、ロルフは表情を崩さなかった。それどころか、欲しいもののうちの一つさえ手に入れば満足だと言いたげだ。
「で? どちらの王子がその欲しいものを手に入れるつもりだ?」
スッと視線を細めて問いかけたエドマンドに、シャンテルは疑問を浮かべる。
セオ国の王子たちが求めるものは、どちらか一人しか手に入れられないものなの?
シャンテルはてっきり、“セオ国にとって国益になる何か”か、“二人の王子にとって利益のある何か”が手に入ると思っていた。だが、ロルフかホルストのどちらかしか手に入らないらしい。
「互いに譲る気はありませんので、それはまだ何とも言えません。ですが、成功すれば父上もお喜びになるでしょう。そして、私とホルストのどちらかが欲しいものを手に入れた時、どちらかが王位に近づいているでしょう」
それを聞いてシャンテルは「え?」と戸惑いの声を漏らす。
「あのっ、ロルフ王子? 私に手を貸して得られるものが王位とは荷が重いのですが!? 何故そうなるのです? 一体何を望まれているのですか?」
話の規模が大きくなっていて、シャンテルは顔を青くする。シャンテルに手を貸すことで、セオ国の王位に影響が出ると言われては、落ち着いていられなかった。
「シャンテル王女は何も気負う必要はありません。ただ、王女が思うままお過ごし下さい」
ホルストが微笑みかけてくる。どうやらこの中でよく分かっていないのはシャンテルだけのようだった。
因みに、ホルストの笑顔はとても眩しかった。年頃の令嬢たちの心を鷲掴みにすることは間違いない。シャンテルも思わず、ドキッとしてしまった程だ。
シャンテルはドキドキと戸惑いとで複雑な気持ちになり、顔を顰めそうになる。そんな彼女にエドマンドは腕を組みながら視線を送った。
「シャンテル王女、セオ国の王子たちの口車に乗るなよ」
「えっ? それはどういう? ……というか、エドマンド皇子に関係ありませんよね?」
それに、夜会の日に貴方も似たようなこと仰いましたよね!?
シャンテルに手を貸そうと持ちかけてきたのは、エドマンドも同じだ。まさか、他国の王族に似たような提案を持ちかけられるとは思ってもみなかったが、それ程ルベリオ王国の国政は他国から見てもシャンテルに頼っていることがバレているらしい。
そのことにシャンテルは内心焦りを感じる。
「何度も言うが、俺はシャンテル王女に求婚したいと思っているんだ。その相手が他の男に靡くかもしれないとあっては、止めるのは当然だろう」
「うっ」
またその話題を持ち出してくるなんて!
シャンテルは言葉に詰まると同時に、頬が熱を持ったのを感じた。
「私は皆さんと公平に関わっていくつもりです。靡く靡かないと言われても、エドマンド皇子に指図されるつもりはありません」
シャンテルの回答が気にくわなかったのだろう。エドマンドが僅かに眉を寄せた。
その時、ホルストがにこやかな表情で「そう言えば」と口にする。
「エドマンド皇子とアルツール王太子がシャンテル王女と朝食や昼食を共にしていると耳にしました。その食事会、我々セオ国とジョセフ様も呼んでいただけませんか?」
それを聞いたエドマンドがホルストに視線を向ける。
「シャンテル王女は公平に関わってくださるとのことですから、エドマンド皇子も問題ありませんよね?」
にこりと笑みを向けて問いかけるホルスト。隠していた訳ではないが、アルツールとエドマンドの三人の食事会がどこかで見つかってしまったようだ。
朝食と昼食を共にする人数が更に増えることに、シャンテルは少し緊張感のようなものを覚えたが、それと同じくらい楽しみに思っている自分もいて、少し戸惑う。だけど、同時に少し不安もあった。
アルツールとエドマンドがいるから、大丈夫かもしれないが、ジョアンヌに知られたら「お姉様だけ皆様と交流なさるなんて! ずるいわ!!」と文句を言われるかもしれない。もしかすると、そのうちジョアンヌも参加する可能がある。それでも、断る理由はない。
「私は構いません。寧ろ公平に関わるのであれば、仰る通りです」
シャンテルが了承すると、エドマンドが小さく舌打ちした。
「仕方ないな」
その時、部屋の外が騒がしくなる。
「お待ちください! 困ります!」とカールの声が聞こえたと思うと、ガチャッと音がしてドアが開いた。




