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シャンテル王女は見捨てられない〜虐げられてきた頑張り屋王女は婚約者候補たちに求婚される〜  作者: 大月 津美姫
2章

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37 ジョセフと庭園巡り

 その日、シャンテルは夜会の日以来に着飾って、ジョセフと待ち合わせしている庭園へ足を運んだ。


「お待たせしました。ジョセフ様」


 約束の少し前に着いた筈のシャンテルだったが、既にジョセフと彼の従者の姿があった。ジョセフはシャンテルの呼び声で振り向くと、ほんのり頬を染めた。


「シャンテル王女、私も少し前に来たところです。シャンテル王女にお会いできるのが楽しみで、早く来てしまいました」


 ふと、ジョセフの視線がシャンテルの後方、数メートル先に向けられる。そこには用意されたテーブルでお茶を飲みながら読書する人物がいた


「あの、……どうして、エドマンド皇子があちらに?」


 やっぱり気になりますよね。ええ、私も気になります。


 心の中で同意しながら、シャンテルは経緯を説明する。


「エドマンド皇子はルベリオ王国に滞在している間、私の護衛騎士を務めることになったのです」


 告げると、ジョセフが思い出したように「あぁ」と声をあげる。


「そのことはお聞きしていましたが、本当だったのですね」

「はい。ですが、この時間はジョセフ様との交流の場なので護衛をお断りしました。その時は了承してくださったのですが、あそこにいらっしゃるのは、あくまでもプライベート……だ、そうです」


 微笑みを浮かべていたシャンテルだが、徐々に口元が引き攣っていくのが自分でも分かった。


 シャンテルは他の王子たちとの交流の間は、護衛騎士を休むようエドマンドに頼んだ。すると、待ち合わせ場所までは護衛するという条件付きで、エドマンドは了承した。だが、これでは護衛として傍にいる時と変わりない。


「エドマンド皇子が近くにいること、どうかお許しください」


 申し訳ない思いで胸が一杯のシャンテルは頭を下げる。


「シャンテル王女、顔を上げて下さい! 私は気にしませ──っ!?」


 ジョセフが慌てて言葉を紡ぐが、最後の方で言葉を詰まらせた。


「……ジョセフ様?」


 不思議に思ったシャンテルはゆっくり頭を上げて、彼の視線の先を振り返る。


 なっ、何!? あのお顔!?


 そこには不機嫌な顔をこちらに向けるエドマンドの姿があった。だが、シャンテルが振り向いたことに気付くと、途端にいつもの胡散臭い笑顔になる。


「……本当に申し訳ありません」


 いたたまれない気持ちで呟くと、ジョセフも苦笑いで返事する。


「いえ、お気になさらず。シャンテル王女のせいではありませんから」

「エドマンド皇子には私たちに近づかないよう釘を刺しています。私の専属護衛騎士も彼と一緒ですので、彼らが私たちの会話を聞きくことはありません。その点はご安心ください」


 シャンテルが精一杯の配慮を伝えると、ジョセフの表情が柔らかくなった。


「ありがとうございます。では、参りましょうか」


 ジョセフが手を差し出す。シャンテルは「はい」と頷いて彼の手を取ると、庭園の案内を始めた。


 シャンテルとジョセフの会話はかなり弾んだ。

 シャンテルが花の説明をすると、ジョセフは相槌を打ちながら耳を傾ける。初めて見る花の説明には質問を投げ掛け、ロマーフ公国にも自生している花に関しては、シャンテルの知らない特徴を教えてくれた。また、公国では品種改良により、今まで無かった色の花を咲かせることに成功した品種もあるという。


 ロマーフ公国はルベリオ王国と気候条件もよく似ている。だから、両国では同じような品種の草花が育ちやすい。だが、ロマーフ公国では最近発見された新種があるらしい。


「赤やピンク、オレンジの可憐な花が咲くのです」

「まぁ、それは可愛らしいお花でしょうね。一度見てみたいです」

「きっと、ルベリオ王国でも育ちますよ。そうだ! 本国からルベリオ王国に送らせましょう!」


 ジョセフの思いつきに、シャンテルは「えっ」と驚きの声を上げる。新種の花が気になるのは嘘ではない。だが、半分社交辞令のつもりで言ったのだ。


「よろしいのですか?」

「勿論です。シャンテル王女がお望みなら喜んで」


 ジョセフが嬉しそうに微笑む。社交の場が苦手なシャンテルだが、喜んでもらえていることにホッとした。


 一通り散策を終えると、庭園に用意してもらっていたお茶の席へ着いた。

 散策中は木々や花々に囲まれて、それらがシャンテルたちの意識を逸らせてくれていた。だが、今は右側からとてつもない視線を感じる。

 かなり離れた場所にいる筈なのに、エドマンドの不機嫌さがひしひしと伝わってくる。だが、ジョセフはあまり気にしていないようだ。いや、気にしないようにしているだけかもしれない。


「シャンテル王女が草花にも詳しくて驚きました」


 ジョセフの言葉にシャンテルは「たまたまです」と、答えて紅茶に口を付ける。


 数年前、「毎年同じ花で飽きたわ」と言ったバーバラの気まぐれな一言で、庭園の花を入れ替えることになったのだ。

 バーバラが国王にお強請りした花々のリクエストがそのままシャンテルへ回ってきた。それを元に城の庭師と相談し、庭園は今の形になったのである。


 シャンテルは花は好きだが、特別好きでもない。詳しいのは、そういった経緯があるからだった。


「こんなに話が合うとは思っていませんでした。シャンテル王女と過ごす時間はとても楽しくて、つい話しすぎてしまいます」


 そう語るジョセフの頬はほんのり色付いていた。夜会の日の彼と姿が重なり、シャンテルはどきっとする。


「実は、今日シャンテル王女にお会いするまで、少し不安だったのです」


 突然切り出された告白にシャンテルは首を傾げる。


「何故ですか?」

「夜会の日、異国の王子たちの中で最初にシャンテル王女と話していたのは私でした。ですがその後直ぐ、エドマンド皇子とアルツール王太子がやってきて、貴女とは殆ど会話出来ませんでしたから……」


 告げてジョセフが目を伏せる。彼がシャンテルと交友を持ちたいと願っているのは本心だ。だが、そこには公国の事情も含まれていた。父親のロマーフ公から「シャンテル王女を手に入れて来い」と言われているのだ。


 だが、それとは別にジョセフはシャンテルを魅力的に思い、好意を寄せていた。そんな時、後から来た他国の王族に横からシャンテルを取られたのだ。

 悔しくて、惨めで。だが、ジョセフはその中に割り込む勇気を持てなかった。

 何しろ相手は大国デリア帝国の皇子とギルシア王国の王太子だ。ルベリオ王国よりもさらに小国のロマーフ公国は、目を付けられれば一溜まりもない。


 ジョセフは膝の上に置いていた手をぎゅっと握り込む。そして、決意したように顔を上げると「シャンテル王女」と真剣な眼差しで名前を呼ぶ。


「夜会の日にエドマンド皇子やアルツール王子との会話を聞いているので、あのお二人がシャンテル王女に婚約を申し込もうとされていることは分かっています。ですが……っ」


 徐々に頬の赤が増していくジョセフ。その姿にシャンテルも自分の頬が熱くなっていく気がした。ジョセフは一度言葉を詰まらせ、それから早口に告げる。


「どうか私との婚約を考えて頂けませんか!」

「っ!」


 会話の流れからして、シャンテルはそういったことを言われるだろうと、予感していた。だが実際に口にされると、胸がドキッとして実感を伴わせる。


 こんな時、なんて言葉を返せばいいの?


 夜会の時とは違い、ここにはシャンテルとジョセフ、それから離れた所にエドマンドとカールがいるだけだ。


 そもそも、シャンテルは自分が複数の男性から婚約したい! と望まれるなど、想像もしていなかった。にも拘らず、シャンテルは複数の男性から誘いを受けている。そのため、結婚相手に誰を望むか選ぶ事態が発生していた。


 シャンテルは「えっと……」と目を泳がせる。


「ダメですか?」


 まるで叱られた子犬のようにジョセフの瞳が潤んで困ったように見つめられた。


「ダメかどうか、……よく分かりません」


 シャンテルは戸惑う心中を正直に話す。


「複数の男性から婚約したいと望まれると思っていませんでしたから、それぞれの方とどのように向き合ってよいか分からないのです」

「では、ダメと決まった訳ではないということですね?」

「……はい」


 頷くと、ジョセフが安心して表情を和らげた。


「でしたら、またシャンテル王女をお誘いしてよろしいですか? ロルフ王子も仰っていたように、貴女に私を知って頂きたい。それに、私ももっと貴女を知りたいので」


 私を知りたい、か。


 夜会のあの日まで、シャンテルは他人からそんな風に言われたことはなかった。社交の場ではあらぬ噂をされ、白い目を向けられ、公務で忙しかったこともあって友人と呼べる人物すらいなかったからだ。

 嬉しい気持ちが広がって、胸が温かくなる。


「えぇ、勿論です」


 シャンテルはそう答えると、自然と微笑んでいた。

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