34 最高の護衛騎士
ノックする音がして、シャンテルは書類から顔を上げる。そこでようやく窓の外がすっかり暗くなっていることに気が付いた。集中して作業していたため、かなり時間が経ったようだ。
シャンテルが入室を許可すると、使用人が軽食を運んでくる。それと同時に紅茶の良い香りが鼻腔を掠めた。
食事を頼んだ覚えが無いシャンテルは、運んで来た使用人に尋ねる。すると、「こちらに食事を運ぶよう仰せつかりました」と答えが返ってくる。と言うことは、ニックが頼んでくれたのだろう。丁寧にカールの分まで用意されていた。
せっかくだから、休憩しようとシャンテルは執務机から立ち上がってローテーブルに移動した。
ハムや卵、それから野菜が挟まったサンドウィッチに手を付けて、咀嚼しながらシャンテルは斜め前の席に座るカールを見る。
『カール、紅茶が冷めない内に一緒に食べましょう』
シャンテルがそう誘うと、最初は「任務中ですので」と断られた。それでも諦めずに「せっかく用意して下さったのよ。ね?」と追撃して、やっと折れてくれたのだ。
カールを食事に誘ったのは紅茶が冷めてしまうのも理由の一つだったが、どうせなら一人より二人で食事したいと思ったからだ。これは、不本意にもアルツールと昼食を共にしたからそう思ったのかもしれない。
シャンテルが晩餐会以外で誰かと食事を共にすることはほぼない。だから、誰かとの食事を恋しく思ったのかも知れない。
とは言え、カールとの食事は賑やかとは程遠い。お互いずっと黙ったままだ。
「カール、私に聞きたいことがあるんじゃない?」
気が付くと、シャンテルは問い掛けていた。カールは食べていたサンドウィッチからシャンテルへ視線を向ける。
「聞きたいこと、ですか」
「私は長年、護衛騎士の貴方に黙っていたことがある。それを今日、思いがけず耳にしたでしょう? 私は度々城を抜け出して、こっそり人に会いに行っていたの。……怒って良いのよ」
告げるとカールが困ったように苦笑いする。
「勝手に城を抜け出されるのは困りますが、シャンテル様が黙っているべきと考えられたなら、私は問い詰めません。話して下さるまで待ちます」
カールが真剣な瞳を向ける。
「騎士として見聞きしたことを誰かに告げ口するつもりもありません。ご安心ください」
あぁ、カールは本当に良い護衛騎士だわ。
王城で、数少ない信頼における人物をシャンテルは改めて認識した。その頼もしさに笑顔が溢れる。
「カールは真面目ね」
シャンテルがクスクス笑うと、「えっ!? 真面目ですか!?」と慌てるカール。
「ありがとう。私専属の口が固い最高の護衛騎士を頼りにしているわ」
期間限定とはいえ、今はエドマンドがシャンテルの護衛騎士になっている。だけど、シャンテルにとってはカールがこれまでもこれからも唯一無二の護衛騎士だ。
シャンテルの言葉にカールは少しポカンとして、それから「身に余る光栄です」と返した。
サンドイッチを食べ終えたあと、シャンテルはローテーブルで紅茶を飲みながら、国王の婚儀の警備関係資料に目を通す。
夕方、ニックから式場が確定したと知らせを受けていた。そのため、教会の見取り図や王宮までの帰り道で行うパレードの通過予定地区の地図を広げる。カールとそれらを眺めたことで、第二騎士団のトップ二人の会議が始まった。
あれこれ話し合い、相談しながらパレードの通過予定地区の変更案や警戒すべき点を書類にまとめていく。
「大体こんなところかしら?」
「はい。問題ないと思います」
「あとは他の騎士たちの意見も聞いて、多少修正すれば警備の件は終了ね」
告げてシャンテルが隣のカールを見る。二人で地図を眺めていた為、いつの間にか間近にカールの顔があった。
近すぎる距離にお互いハッとして体を離す。一瞬、シャンテルにはカールが慌てたように見えたが、何事も無かったかのように彼は「はい」と頷いた。
窓の外に目を向けると星が輝いていた。そろそろカールは夜勤の護衛騎士と交代の時間だ。何ならもう時間を過ぎているかもしれない。
「遅くまで付き合わせちゃったわね」
シャンテルが立ち上がって言えば、「シャンテル様の護衛騎士として、当然のことです」とカールが首を横に振る。
「私はもう少し書類を片付けるわ。交代の騎士が外で待っていると思うから、カールは休んで」
「では、お言葉に甘えて失礼致します。シャンテル様もご公務は程々にしてお休みください」
「ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
カールは一礼すると執務室を出る。だが、扉を開けて一歩廊下に出たところで「え?」と声を上げて立ち止まった。
「カール? どうしたの?」
不思議に思ったシャンテルは扉に歩み寄る。そうして、カールの背中越しに人影が見えた。その人物にシャンテルも驚いて動きを止めた。




