32 アルツールの交換条件
エドマンドがシャンテルの護衛騎士になった噂は事実となった。お陰で、噂は鎮火するどころか勢いを増して広がった。今朝はそれを聞き付けたアルツールが、シャンテルの執務室に乗り込んできた。
「おい! エドマンド皇子がお前の護衛騎士になったとはどういうことだ!? 断った筈だろう!?」
「約束もなしに訪ねられては困ります」
執務室の前で「開けろ」と騒がれて、仕方なく出ると、開口一番に問い詰められた。
「質問の答えになっていない! どういう事かと聞いている」
「私も詳しくは知りません。ですが、国王陛下が直接エドマンド皇子に許可されたと聞きました」
「なんだと?」
アルツールが眉間のシワを深くする。
「もうよろしいですか?」
「いや、まだだ。そもそも何故エドマンド皇子に騎士団の入団試験を受けさせた?」
「それはお答えできません。……公務が溜まっておりますので失礼します」
告げて、サッと扉を閉めて会話を終了する。
シャンテルはアルツールと言い合いをしてから、二人で話すのが気まずかった。この前はセオ国の王子やジョセフがいたからまだよかったものの、アルツールを許せない気持ちもあって、彼と話したくないのだ。
「待て、話は終わっていないぞ」
そう訴えかける声を無視して、シャンテルは逃げるように公務に戻る。暫く声がしていたが、次第に執務室の前が静かになった。やっと諦めて帰ったようだ。付き纏われる心配は無さそうだと、胸を撫で下ろしてシャンテルは書類と向き合う。
午後から騎士団の訓練がある。入団試験後、初めての訓練だ。試験で新人が入ったので、暫くは基礎を中心に訓練しようとシャンテルは決めていた。
書類が一段落した頃、午後の訓練に備えて昼食を摂ろうとシャンテルは執務室を出た。だが、執務室の扉を開けてすぐに「え?」と、その場で固まった。
目の前につい先日と同じく、壁に凭れて本を読むアルツールがいたからだ。
「やっと出てきたか」
顔を上げたアルツールの声は不機嫌だった。彼は本を閉じると、いつかと同じように従者にそれを預ける。
「まさか、ずっとこちらに?」
「お前が出てこないから、仕方ないだろう」
スッと目を細めたアルツールは、不満を表に出して訴えかけてくる。
「公務が溜まっているとお伝えしましたよね?」
シャンテルは執務室を施錠しながら尋ねる。
「何故エドマンド皇子に騎士団の入団試験を受けさせた?」
「ですから、お答えできません」
答えながら、シャンテルはアルツールを振り向く。
「申し訳ありませんが、これから昼食ですので、失礼します」
スッとドレスの裾を持ち上げて広間へ向かう。
「待て。昼食なら俺もまだだ。丁度いい。食事しながら話すぞ」
後を着いてくるアルツールの言葉に、シャンテルは「え……」と固まる。アルツールと食事など、落ち着かないのは明白だ。
「この前の返事も聞きたいからな」
アルツールが言うこの前の返事とは、シャンテルが自らアルツールの妻となるか、力ずくでギルシア王国に連れ戻されてアルツールの妻になるかの件だろう。
「そのことでしたら、承知できません」
シャンテルはキッパリ断る。
「何故だ?」
「先日もお伝えしましたが、祖国が危険に遭うかも知れないと分かっていて、貴方に着いて行くはずがありません」
「お前が一緒に来れば、俺も国王陛下に頼んでやると言っただろう?」
「信用できません」
「何故だ?」
進行方向に視線を向けていたシャンテルはアルツールを見る。
「アルツール王太子殿下が国境付近の国民を恐怖に陥れたからです」
それを聞いたアルツールは「まだ言っているのか」と、ため息を溢す。
「何度でも言います」
シャンテルは強めに言って、フイッと顔を逸らす。怒っていることを態度で示した。
「では、どうすれば俺を許す?」
「え?」
許しを請われると思わなかったシャンテルは驚いて、アルツールへ顔を向け直す。プライドの高そうな彼のことだ。「話にならん!」と言って、諦めると思っていたのだ。
「……」
黙り込むシャンテルにアルツールが小首を傾げる。
「何だ。何も出てこないのか?」
「……アルツール王太子殿下からそのようなことを言われるとは、思わなかったものですから」
「お前は俺を何だと思っている?」
暴君です。と言えるわけがないシャンテルは言葉に詰まる。
「……アルツール王太子殿下こそ、どうして私に許してほしいのですか?」
「簡単な理由だ。妻にしたいほど好いた女に嫌われたままなのは、堪える」
「っ!?」
シャンテルは驚きで目を見張ると、隣を歩くアルツールをまじまじと見た。彼はいつも通りの表情だが、よく見ると耳が赤い。
だが、シャンテルは頭がいっぱいいっぱいで、その事に気付かず、自分だけが気持ちを振り回されているようで恥ずかしさが込み上げる。
「からかわないで下さいっ」
シャンテルが熱くなった頬を誤魔化すように早口で返せば、「からかっていない」と言葉が返ってくる。
アルツールは立ち止まると、落ち着いた声で「シャンテル」と呼んだ。ドキッとしながらシャンテルも立ち止まって彼を振り返る。
「お前に俺の本気が伝わっていないなら、何度だって言ってやる」
アルツールはシャンテルとの距離を詰めると、その手を掬う。
「俺はお前に初めて会った瞬間に一目惚れした。あの時から今日まで、ずっとお前が好きだ」
「っ!」
アルツールから目を合わせて“好きだ”と言われて、シャンテルは身体まで熱くなったように感じた。顔を逸らそうとすると、アルツールの空いた手がシャンテルの顎に添えられて、強制的に視線を合わせられる。
「何も心配いらない。ギルシアの国王陛下にルベリオに攻め込まないよう頼み込んだあとは、お前の弟に国を任せればいい」
「!」
さらりと語られた弟の存在にシャンテルは目を見張る。
国王はレオの存在を認めていない。そのため、彼を知るのは一部の人間だけだ。シャンテルはカールにも弟の存在を教えたことがない。この会話を耳にして、彼はさぞ混乱していることだろう。
「何故知っているか、と言いたげな顔だな?」
一言も言葉を発していないのに、アルツールはシャンテルの心中を正確に察していた。
「何年もルベリオに密偵を潜入させているんだ。それくらい、お前のあとを着けさせれば簡単に分かる。赤い瞳の人間は限られているからな」
シャンテルは何も言えなかった。下手に言葉を紡げばレオの身分を肯定するも同然だからだ。
とはいえ、この場合は黙っていても肯定することになるのだが。
「このあと俺と昼食を共にするなら、一ついいことを教えてやろう」
不敵に笑うアルツール。彼はまだこの国の“何か”を掴んでいるらしい。対策を打つためにも、知っていることを話して貰う必要があるとシャンテルは判断する。
「何です?」
低めの声で聞き返したシャンテルの耳元に、アルツールは唇を寄せた。
「俺以外にも、国賓の中にお前の弟の存在を知る者がいる」
「え?」
小さく声を漏らしたシャンテルに、アルツールは耳元から顔を離すと自信満々に答える。
「うちの密偵が夜中にお前を尾行して城下に出る怪しい影を目撃している。間違いない」
「っ! それはどなたですか!?」
レオのことを知られるわけにいかないシャンテルは焦りから詰め寄る。
「それはお前が俺の妻になると頷くまで、教えられないな」
「っ」
提示された交換条件にシャンテルは力なく黙り込む。
「……卑怯です」
「それは悪いな」
「はははっ」とアルツールが楽しそうに笑う。
「ではそろそろ行くぞ」
「行くって何処に? 私はこれから昼食を──」
「だから、その昼食に行くんだろう」
「え?」
「先程、『このあと俺と昼食を共にするなら、一ついいことを教えてやろう』と言っただろう? そしてお前はその条件を飲んだ」
アルツールの言う通り、シャンテルは情報を聞き出さなければと、その一心で尋ねた。
は、嵌められた……!!
「やっぱり卑怯だわ」
「なんとでも言え。大体、それを受け入れたのはお前だ」
呟くと、痺れを切らしたアルツールは立ち止まったままのシャンテルの手を掴んで歩き出した。




