31 ジョアンヌとその侍女の失態
「ジョアンヌ様戻りましょう。このような所に長居されるのは良くありません」
侍女が「さぁ」とジョアンヌを急かす。呆然としたジョアンヌは侍女に誘導されて歩き始める。
ニックやエドマンドの前ということもあって、侍女はあからさまにシャンテルを睨み付けることは無かった。だが、先程からシャンテルを視界に入れようとせず、存在していないように扱っている。そして、そのまま執務室を出ようとした。
「待ちなさい」
ニックが低い声で呼び止めた。少し怖い顔をした宮廷官僚は侍女に睨みを効かせる。
「城に仕える侍女がシャンテル王女を無視して許されるとでも?」
ヒッ! と、侍女から小さな悲鳴が漏れる。シャンテルからはニックの表情を確認することはできない。だが、声色からしてかなり怒っていることは確かだった。
「貴女には再教育が必要ですね」
「待ってニック! 侍女は悪くありませんわ。お姉様がエドマンド皇子と手を組んで、ルベリオ王国をデリア帝国に売るんじゃないかと、わたくしが心配して駆け出したのを探してくれただけなの」
じわっと目尻に涙を浮かべるジョアンヌ。普段であれば、都合よく涙が出ることに感心させられる。だが、今は誤解を生みかねない発言にゾッとさせられた。それはこの場にいたニックとカールも同じだった。
「ジョアンヌ様! 今すぐお言葉を撤回し、エドマンド皇子に謝罪を!」
「え? ……わたくしが謝罪? 何故ですの?」
キョトンと小首をかしげるジョアンヌ。シャンテルは椅子から立ち上がると、素早くエドマンドに頭を下げた。
「エドマンド皇子、愚妹に代わりお詫び致します。大変申し訳ありません。ですが、彼女にエドマンド皇子やデリア帝国を非難する意図はございません。どうかお許しください」
シャンテルに続いてニックも頭を下げる。だが、ジョアンヌはまだ分かっていないようで「は?」と戸惑っていた。
「俺はそれほど気にしていませんよ。ただ、……デリア帝国がルベリオ王国を侵略するかのように思われていることは、ガッカリですね」
エドマンドが不愉快そうに眉を歪めてジョアンヌを見た。そこまで言われて、ようやく彼女は自分の失言に気付いたらしい。ジョアンヌとその侍女の顔からサァッと血の気が引いていく。
ジョアンヌはシャンテルを悪者扱いすることばかり気を取られて、それが捉え方次第ではデリア帝国を敵に回す発言になると、考えもしなかったのだ。
「今の発言を皇帝陛下がお聞きになっていたら、さぞお怒りだったかもしれません。ですが、私は“優しくて、とても紳士的な男”ですから大丈夫です。ですよね? ジョアンヌ王女?」
エドマンドが笑顔で問いかける。だが、その瞳は全く笑っていない。やけに強調された“優しくて、とても紳士的な男”という言葉をどこかで聞いたことがあると思ったら、初めてエドマンドとお茶会をした時に、ジョアンヌが彼を褒めるために使った言葉だった。
「あ、あのっ……、わたくしっ………も、申し訳……」
「ですから、構いませんよ。……あぁ、ですが」
そこで言葉を切るとエドマンドがシャンテルの肩を引き寄せた。「えっ」と驚くシャンテルに構わず、エドマンドが言葉の続きを口にする。
「私は支えると決めた人はとことん大切にするタイプでして、今後シャンテル王女を侮辱されるようなことがあれば、たとえジョアンヌ王女でも許しませんので」
二人は蒼白い顔をさらに蒼白くして、コクコクと頷いた。
「用がお済みでしたらお戻りください」
エドマンドの言葉を聞いて、ジョアンヌたちは逃げるように執務室を後にした。
騒がしかった室内が平穏を取り戻し、シャンテルはホッと息を吐く。無意識の内に緊張していた身体から余分な力が抜ける。
「エドマンド皇子、手間を取らせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。大変お見苦しいところをお見せしてしまい、お恥ずかしい限りです」
ニックが素早く謝罪した。
「そうですね。ニック殿とカール殿には、もっと頑張って頂きたい」
そこまで言うとエドマンドがシャンテルに胡散臭い笑顔を向けた。
「我が儘親子を野放しにされると、一人で抱え込んでしまう王女がいらっしゃいますので」
それは私に仰っているのかしら?
シャンテルはムッとした。それに反して、突然話の輪に入れられたカールは「精進致します」と背筋を伸ばした。
それはそうと、シャンテルは未だエドマンドに肩を引き寄せられたままだ。
「エドマンド皇子、そろそろ離して頂けますか?」
「これはすまない」
シャンテルが指摘するまで、エドマンドはあのままのつもりだったのかもしれない。態とらしくパッと上げられた手に、シャンテルはそんな疑問を抱いた。
「エドマンド皇子が注意してくださいましたが、今回の件は侍女頭にも報告しておきます」
ニックがシャンテルに告げると、エドマンドが「それはとても良い考えですね」と頷く。
「何しろ、この国の人々はシャンテル王女を軽視する傾向がありますので」
その後、結果としてエドマンドに迷惑を掛けつつ、助けられたシャンテルたちは改めてお礼と謝罪をした。
その後、エドマンドにも執務室から退室してもらった。執務室には機密情報が多くある。いくらルベリオ王国の滞在期間中はシャンテルの護衛騎士を任されたといっても、彼は他国の王族であり、国賓であることに変わりない。
成り行きで、エドマンドに執務室へ入られてしまったが、少しの情報から多くを理解してしまう彼を長居させるわけにはいかなかった。
今後は護衛騎士としてのエドマンドに関する決め事も検討する必要がある。
ひとまず、シャンテルとニックは一騒動起こる前に相談していた内容を改めて確認し、ようやくいつもの定期的な報告を終えたのだった。




