30 訪問者たち
カールが「お待ちください!」と入ってきた人物を咎める。だが、当の本人はカールなど視界に入っていない。
「お姉様!!」
ズカズカと執務室へ入り込んできたジョアンヌ。今日の彼女はセオ国の王子たちとのお茶会があるため、夜会の日と同じくらい着飾っていた。
ジョアンヌはここまで走って来たらしく、息を切らして顔を赤くしていた。
「どう言うことですの!? エドマンド皇子がお姉様の護衛騎士だなんてっ!!」
ニックを押しのけて、ジョアンヌが執務机をバンッ! と叩く。
「ロルフ王子から噂になっていると聞きましたわ! 昨日の手合わせで護衛騎士の話はお断りしましたわよね!? まさか、あれは演技でしたの!? ここへ来る前、お母様もとてもお怒りでしたわよ!!」
シャンテルは物凄い剣幕で責め立てられた。こういう時のジョアンヌは、話を聞いてくれないことが殆どだ。
「ジョアンヌ落ち着いて。演技なんてしていないわ。どうしてそんな噂が流れているか、私にも分からないの」
「ジョアンヌ様、シャンテル様もたった今、私の報告で噂を耳にされたばかりなのです」
「嘘よっ! きっとお姉様は、わたくしがエドマンド皇子から嫌われていることを利用して何か企んでいるんだわ! お姉様はエドマンド皇子と協力してデリア帝国にルベリオ王国を売るつもりなのよ!!」
「いくら何でも話が飛躍しているわ」
ニックとシャンテルが宥めるのに苦労していると、「随分騒がしいですね」と声がした。
シャンテルたちが振り向くと、ジョアンヌが開け放った扉からエドマンドが姿を見せた。
「っ! ど、どうしてエドマンド皇子がこちらに!?」
驚いたジョアンヌが顔を青くする。だが、次の瞬間にはキッとシャンテルを睨み付けた。
「やっぱり! 護衛騎士の話は本当でしたのね! お姉様の嘘吐き!!」
「だから誤解よ!」
どうしてこのタイミングでエドマンド皇子がいらっしゃったの!?
ややこしい事態になり、シャンテルは内心泣きたくなった。だが、エドマンドはそんな彼女の気も知らず、「失礼します」と部屋に足を踏み入れる。
「ジョアンヌ王女、シャンテル王女は嘘を吐いていませんよ。私も謁見の間で国王陛下からお許しを頂いたばかりで、まだ彼女に話してないのです」
それを聞いて、エドマンドを除く全員の声が「えっ?」と重なった。
驚くシャンテルに視線を向けたエドマンドは微笑む。そして、執務机の裏に回り込むと、シャンテルの隣に片膝を付いた。
「シャンテル王女、俺はルベリオ王国の国王陛下から滞在期間中、シャンテル王女の護衛騎士として過ごすことを認めて頂きました。本日からは護衛騎士としてもどうぞよろしくお願いします」
そう言うと、エドマンドは誓いを立てるように、シャンテルの手を掬ってその甲に口付ける。
「っ!」
何度か同じことをされているシャンテルだが、まだ慣れなかった。その上、不意打ちでされると肩を揺らしてしまう。
そんなシャンテルを面白がるようにエドマンドは唇に弧を描いて、立ち上がった。
「本当に……お父様が認めたのですか?」
半信半疑で尋ねるシャンテルにエドマンドは「はい」と頷く。
「国王陛下はご自身に相談もなく話が進んでいたのが気に入らなかったそうですが、俺がシャンテル王女の護衛騎士になりたいなら、構わないと仰いました」
「なっ!?」
お父様は何を考えているの!?
「そんな筈は──」
言いかけたシャンテルに被せてエドマンドが言葉を続ける。
「この件は俺の従者であるクレイグや国王陛下の側近が何人も聞いています。間違いありません」
シャンテルは頭を抱えたくなる気持ちをぐっと堪える。
「これで、俺がルベリオ王国に滞在している間、沢山シャンテル王女の傍にいられますね?」
含みのある微笑みにシャンテルは背中がゾクッと震えた。デリア帝国の第二皇子が長時間傍にいるなど、落ち着くわけがない。しかも、とんでもなく強い剣の腕前だ。
そんな風に考えていると、エドマンドがシャンテルの目の前で恭しくお辞儀する。
「シャンテル王女の身は、俺が命を懸けて御守りします」
「デリア帝国の皇子様に命を懸けられると、困るのですが……」
苦笑いで、それでも今シャンテルにできる精一杯の笑顔を浮かべる。何しろエドマンドの身に何かあれば、即外交問題に発展する。だから何かあってからでは遅いのだ。
「エドマンド皇子のお気持ちは大変嬉しく思いますが、シャンテル様が仰る通り、我が国で命を懸けるのはご遠慮ください。エドマンド皇子は護衛騎士の前に国賓です」
ニックがルベリオ王国の官僚として口を挟んだ。だが、目の前の彼は自信満々に口を開く。
「ご安心を。そんな事態は起きませんし、仮に起きたとしても俺とクレイグがいれば問題ありません」
確かに、シャンテルは手合わせでエドマンドに手加減されたのだ。この国で彼と渡り合えるのは、恐らく第一騎士団のイドリス団長ぐらいだろう。
「っ、……お父様は何を考えていらっしゃるのっ!」
ジョアンヌが行き場を無くした怒りをここにいない国王へ放った。だが、こればかりはシャンテルもジョアンヌの意見に同意だった。
シャンテルは心配になってカールを見ると、彼は難しそうな顔をしていた。無理もない。自分の役目を取られたのだ。しかも、エドマンドが護衛騎士になると言っても彼は国賓だ。そのため、カールは護衛騎士の役目を丸投げするわけにもいかない。
つまり、カールはエドマンドの機嫌を伺いながら、実質は後方でシャンテルとエドマンドの護衛を務めることになる。それはとても気を使う立場だった。
その時、ジョアンヌの侍女が執務室の前にようやく姿を見せた。ずっとジョアンヌを探し回っていたのか、息を切らしていた。侍女は「ジョアンヌ様!」と呼び掛けると、執務室へ足を踏み入れた。
主人が主人なら侍女も侍女だ。彼女はシャンテルには目もくれず、エドマンドにだけ「エドマンド皇子殿下、失礼致します」と一礼して、ジョアンヌの説得を始めた。




