3 アルツールの目的
アルツールはシャンテルを会場から連れ出すと、彼女を王家の馬車に乗せた。そして、当たり前のように自身も乗り込んで、シャンテルの向かいの席に腰かける。
「え?」
「出せ」
驚くシャンテルには目もくれず、アルツールは馬車の小窓から御者に短く命じた。馬車が動き始めると、アルツールがシャンテルと視線を合わせる。
「……ご自分の馬車があるでしょう? 何故、私の馬車に?」
「こうでもしないと、お前とゆっくり話が出来ないだろう? どうせ城に戻ったら、お前は無能な国王の尻拭いをするに決まっている」
シャンテルは「うっ」と言葉を詰まらせる。アルツールの言う通り、シャンテルは自身に与えられた公務の他に、国王の公務を一部担っていた。
国王の決裁を求める書類に目を通して承認、非承認、保留の三つに分けて、保留以外は何も考えずに判を押せる状態にしているのだ。その他、国王から「任せる」と押し付けられた案件も請け負っていた。
「よくご存知ですね?」
「優秀な密偵がいるからな」
密偵の存在を堂々と明言され、シャンテルは反応が遅れた。
「……それ、ルベリオ王国の王女の前で堂々と仰います?」
「何を言う。お前はギルシア王国王家の血を引く王女でもあるんだぞ」
ニッと笑うアルツールはジュリエットの兄の子で、現ギルシア国王の子だ。つまり、シャンテルの従兄にあたる。
アルツールとはジュリエットが元気だった頃、シャンテルが四歳の時に会ったのが最後だった。それまでは二、三度お互いの国を行き来した記憶がある。
シャンテルより二つ年上のアルツールは、次期国王としてギルシアで期待されている。
「確かに、私にはギルシア王国王家の血も流れています。ですが、ルベリオ王国の第一王女です」
「お前を蔑ろにしている国だがな」
「……」
この人は、ルベリオ王国王家の内情を何処までご存知なのかしら?
従兄とはいえ、最後に会ったのは十年以上も前だ。にも拘らず、ずけずけ話してくるところを含めて信用ならないとシャンテルは感じていた。
「どうして私があの公爵邸にいると分かったのですか?」
「言っただろう? 密偵がいると」
シャンテルは複雑な思いで「なるほど」と納得する。密偵がシャンテルの居場所を教えたらしい。
「私を迎えに来たと仰っていましたが、そんなことをして頂かなくても、一人で王城に戻れます。それに、丁度帰ろうとしていたところでしたので」
そう告げると、アルツールの眉が不満そうに歪められた。
「何か勘違いをしているようだが、俺はお前をルベリオの王城に連れ帰るためにこの国に来たわけではないぞ?」
「えっ?」
じゃあ何処へ連れて帰ると言うの?
「この国には、お前をギルシア王国に連れて帰るために来た。お前を“迎えに来た”というのは、そう言う意味だ」
「……はい?」
シャンテルは言葉の意味を直ぐに飲み込めなかった。
「私を……ギルシア王国に連れて帰る?」
シャンテルが独り言のようにアルツールの言葉を反復すると、「あぁ、そうだ」と頷きが返ってくる。
「ギルシアに来い。お前を俺の正妃にしてやる」
シャンテルの口から「へ?」と、短い戸惑いの音が漏れた。シャンテルの聞き間違いでなければ、アルツールはシャンテルを正妃にすると宣言した。
「正妃? はははっ、……ご冗談を」
シャンテルは乾いた笑いで答えるが、アルツールの表情は真剣そのものだった。
「冗談ではない。それに、おばあ様からは『シャンテルを連れ戻すまでギルシア王国に帰ってくるな』とすら言われた。おばあ様はそれほどお前の身を案じておられる」
おばあ様と聞いて浮かぶのは、幼い頃の朧気な記憶だ。ギルシア王国にいる祖母はどこか近寄りがたいオーラのある人だった。だが、孫のシャンテルを見る瞳はとても優しかった。
「おばあ様のことは気になりますが、それでも私はこの国の王女です。アルツール王太子殿下がギルシア王国に帰国された際は、私は元気に過ごしていたと、おばあ様にお伝えください」
「話を聞いてたか?」
「はい」
「俺はお前を連れ戻すまでギルシアに帰ってくるなと言われているんだぞ?」
「それは大変ですね」
「大体、今度の夜会は王女の婚約者を探すための夜会だろう? 丁度良いじゃないか」
密偵がいると言っていたアルツールであれば、今度の夜会の目的を正確に把握している筈だ。
王家に婿入りしてくれる人を探すのであって、嫁入りするための婚約者探しではない。それに、招待される貴族の殆どはジョアンヌを目当てにしているだろう。
シャンテルは代々王に選ばれてきた赤い瞳の王族だ。一方のジョアンヌは母親譲りの碧眼だった。だが、“ギルシア王国の血を引いた野蛮な王女”と呼ばれるシャンテルを望んでくれる人が、果たしてどれ程いるだろうか。
しかも、シャンテルには後ろ楯がない。その点、ジョアンヌには母親の実家であるベオ侯爵家がある。幾らシャンテルが赤い瞳を持っていても、どちらに付く方が利になるかは目に見えていた。それでも、シャンテルはジョアンヌが女王になるのを黙って見ている訳にいかなかった。
いや、ジョアンヌが公務と真摯に向き合い、取り組む王女であれば、シャンテルは身を引くつもりでいる。だが、現状はそうではない。
ルベリオ王国はシャンテルが殆どの公務を請け負うことで成り立っている。
「申し訳ありませんが、連れて帰る婚約者をお探しでしたら、別の方を当たって下さい。幸い今度の夜会は婚約相手を探しているご令嬢も沢山参加しますので」
国民を思うシャンテルにとって、他国へ嫁ぐことも、母の生家であるギルシア王国の王家に戻ることも彼女の人生の選択肢に入っていなかった。




