28 シャンテルを知りたい王子たち
『エドマンド皇子は大切な国賓です。お気持ちだけ頂戴します』
エドマンドの願い出をシャンテルは丁寧に断った。その後、予定通り入団試験の合否発表が行われた。
訓練用の剣を片付け、演習場から出たシャンテルをセオ国の王子たちが出迎える。
「シャンテル王女、エドマンド皇子との手合わせお疲れさまでした」
「とても素晴らしい剣技でした」
負けてしまったが、ロルフとホルストがそれぞれ労いと褒め言葉を掛けてくれる。シャンテルは急に気恥ずかしさを覚えた。
「ありがとうございます。私もまだまだ鍛練が必要だと思い知らされました」
「シャンテル!」
シャンテルの名前を叫びながらアルツールがロルフたちの後ろからやってくる。
「何故エドマンドに王国騎士団の入団試験を受けさせた!?」
アルツールが険しい顔で詰め寄る。それに関しては、こちらがエドマンドにどうやって一般の試験を受けたか問いたいぐらいだ。
「お答えできません」
「脅されているのか?」
「いいえ、違います」
「では何故言えない? 何か隠しているのか?」
そうではなくて、分からないから言えないのだけど……
「アルツール王太子、その辺りにされてはどうですか? シャンテル王女が困っています」
このままでは平行線を辿りそうで、どうしようかとシャンテルが悩み始めた時、ジョセフがそんな言葉と共に現れた。
「ロマーフ公国の奴は引っ込んでろ」
「っ」
アルツールがジョセフに鋭い視線を向けると、彼は僅かに眉を歪めた。アルツールの言い方は雑で少し乱暴だ。ジョセフを不快にさせてしまったことだろう。
「アルツール王太子殿下、そのような言い方はジョセフ様に失礼です」
シャンテルのために発言してくれた彼に報いるため、シャンテルはアルツールを嗜めた。だが、当の本人はケロッとしている。
「コイツは突き放しておいた方が身のためだ」
「それは、アルツール王太子殿下にとってですよね?」
一応、彼らはみなシャンテルとの婚約を望んでいる。ライバルが減って都合が良いと考えているのだろう。そう思ったシャンテルだったが、アルツールは「いいや」と否定する。
「お前のためだ」
「え……?」
私のため?
「と言っても、お前が俺の妻になってギルシアに来るなら話は別だがな」
またそのようなことを……と、呆れはしたものの、“シャンテルのため”と言いきったアルツールに引っ掛かりを覚えた。何より、アルツールとジョセフが意味ありげに視線を交わしている。
アルツールはよく、密偵から情報を得たと発言している。
アルツール王太子殿下は、ジョセフ様に関する何かをご存知なのかしら?
シャンテルがそんな風に考えていると、ロルフから名前を呼ばれる。ハッと彼を見ると、目が合うなり微笑みを見せた。
「シャンテル王女のご都合がよい日を教えていただけませんか?」
「えっ?」
戸惑うシャンテルにホルストも笑顔を向けて言葉を付け足す。
「一時間……いや、数十分でも構いません。ロルフと共に、三人でお茶の席をご一緒出来ませんか?」
「……ロルフ王子とホルスト王子の三人で、ですか?」
「はい先日の夜会でお伝えしたように、我々はシャンテル王女を知り、シャンテル王女には我々を知っていただきたいと考えていますので」
「……」
シャンテルを知りたい。ホルストはそう言っているが、彼らが先に約束を取り付けたのは、ジョアンヌだ。
きっと、シャンテルを知りたいと言った手前、仕方なく誘って下さっているだけね。
「私のことはお構い無く。それに、明日ジョアンヌと約束されていまよね? きっと、その時に私の話も聞けると思いますよ」
どうせジョアンヌはシャンテルに虐げられていると、いつものように話すだろう。もしも、ロルフとホルストが本心でシャンテルと話したがっていたとしても、ジョアンヌの話を聞けば、シャンテルとのお茶の約束を無かったことにしたいと言い出すか、敢えて席を設けて、そこでシャンテルを非難し、問い詰めるつもりだろう。
それなら最初から約束せずに断りたい。理由はシャンテルがほんの少しでも心の何処かで期待してしまうからだ。
彼らなら、私の味方をしてくれるかもしれないと。
シャンテルは今までそうやって社交界で肩身の狭い思いをしてきた。手の平を返したように、誰もがジョアンヌの味方をした。だから、今回も……と思っていたシャンテルをロルフが優しい声で呼ぶ。
「我々が知りたいのは、他人から見たシャンテル王女ではなく、シャンテル王女自身です」
つの間にか俯いていたシャンテルは、その言葉で顔を上げる。
「シャンテル王女に良くない噂があったとして、それが事実とは限りませんから」
「!」
それは、噂に惑わされず、私自身を見てくれる人がいたら良いな……と、シャンテルが心の奥で望んでいたことだった。
「……お二人は、私の噂を知っている上で誘ってくださっているのですか?」
ギルシア王国同様、セオ国もルベリオ王国に密偵を寄越しているだろう。度々交流がある国ということを踏まえても、彼らがシャンテルの噂を知らないわけが無い。
ロルフはシャンテルの質問には答えず、「シャンテル王女は直接声を掛けてお誘いしたいと考えていましたので、タイミングを窺っておりました」と小さく微笑んだ。そして、サッと頭を下げる。
「ですから、ジョアンヌ王女よりお誘いするのが遅れてしまったこと、ここでお詫び致します」
「……っ、謝る必要はありません。顔を上げてください」
他の誰でもないシャンテルと話したい、と二人が思っていることが、シャンテルの心に届く。
シャンテルがこんな風にお茶に誘われたのは初めてだった。今までは王女という理由か、ジョアンヌのおまけ、若しくはシャンテルを嘲笑い、ネタにするために誘われてばかりだったのだ。
それも、直接声を掛けてくださるなんて……
シャンテルは胸が暖かくなるのを感じた。
「とても嬉しいです。喜んでお受け致します」
シャンテルが笑顔で答えると「ありがとうございます」とロルフとホルストが声を揃える。
「おい。黙って聞いていれば! 俺の時は廊下で話すだけだったのに、不公平だぞ」
アルツールが拗ねたような声を上げた。
「ですが、“何時になるか分からない知らせを待つ気はない。移動しながら話せばいい”とご自分で仰いましたよね?」
シャンテルの指摘に、アルツールが言葉を詰まらせた。珍しく図星で、返す言葉がないようだ。
「シャンテル王女、私も貴女とゆっくり話がしたくて昨夜、従者に手紙を届けさせました。どうか、私との予定もご検討ください」
ジョセフは早口に告げた。目の前でセオ国に先手を取られそうで焦っているのだ。だが、シャンテルはそんなこととは知らず、ロルフたちから貰った暖かい気持ちを胸に抱いて「分かりました」と頷いた。
その後、シャンテルは自分の執務室へ戻った。
暫くしてニックが追加の書類とジョセフからの手紙を運んできた。
ジョセフ様が仰っていたのはこのお手紙ね。
昨日からシャンテルは騎士団のことでほぼ一日掛り切りだった。そのため、執務机には書類の山が溜まっている。
すぐにでも了承の返事を出して日程を決めたいが、今の調子だと、いつ公務が落ち着くか見当が付かない。何しろ、一昨日から溜まっている自分と国王の分、それからジョアンヌが持ってきた書類まであるのだ。
社交的な挨拶から丁寧に書かれたジョセフの手紙は、アルツールとは大違いだった。天気の良い日に庭園の花々を観賞し、その後お茶でも一緒にどうか? と、誘いが書かれていた。
一先ず、アルツールの時と同じく、“様子を見て近日中にこちらから声を掛ける“と返事を書いて、ニックに託した。




