23 アルツールの告白
シャンテルは午前中いっぱいを書類整理に費やした。明日は王国騎士団の入団試験を控えており、午後から試験の準備があるからだ。
騎士たちに指示を出せば、あとは各自動いてくれる。その為、シャンテルがやることは受験者リストと試験の流れの確認、それから備品の最終チェック。あとは合間を見て騎士たちに進捗を確認するぐらいだろう。
準備の待ち時間で書類を捌けると良いのだが、機密書類が多く関係者以外に見られては不味い。その上、紛失する危険もある。
仕方なく、シャンテルは書類の代わりに、ニックたちが用意してくれた本を一冊持って執務室を出た。すると扉を開けた先、壁に凭れて本を読むアルツールの姿が目に飛び込んでくる。
「えっ? アルツール王太子殿下?」
シャンテルの声でアルツールは本から顔を上げた。彼の傍には従者が控えており、パタンと本を閉じたアルツールはノールックで従者に本を差し出す。それを従者が受け取ると、本から手を離した。
「どうしてこちらに? というか、いつからそちらに!?」
国賓の客室はシャンテルの執務室からだいぶ距離がある。それに、アルツールが事前の連絡もなしに訪ねてくるのは予想外だった。
驚きながら、シャンテルは執務室前で護衛していたカールに目を向ける。
「構わん。俺が黙っているよう頼んだ」
どうして教えてくれなかったか責めようとしたシャンテルにアルツールが告げる。
「とは言え、あと少し出てくるのが遅かったら、呼び出すつもりだった。拒否されたらドアを蹴破っていたかもしれんな」
付け足された物騒な言葉にシャンテルは口許をひきつらせる。
「ドアが蹴破られなくて良かったです」
そう答えた後、シャンテルは改めて「どうしてこちらに?」と問いかけた。
「それは、お前が連絡を寄越さないからに決まっている」
「え? 昨日、お手紙の返事を送りましたよね?」
「あぁ、受け取った」
「でしたら──」
「何時になるか分からない知らせを待つ気はない。それに、ジョアンヌは明後日、セオ国の奴らと茶会するそうじゃないか」
ジョアンヌがセオ国の王子たちとお茶をする話は、シャンテルも数時間前に本人から聞いたばかりだ。早すぎる情報に「また密偵ですか」と最早感心する。
「いや、本人が嬉しそうに使用人たちに言いふらしていた」
なんとも拍子抜けな答えに「あぁ……」と呆れた声が漏れる。
「そうだったのですね」
ひとまず、シャンテルはアルツールに背を向けて、執務室を施錠する。
「お前の妹が浮かれて茶会の準備に励んでいるということは、お前たちの公務は量が大したことないか、シャンテルに偏っているかの二択だ。後者だった場合、俺はお前との約束をあと数日は待つ羽目になると踏んだ」
アルツールの予想通りだった。
アルツールもエドマンドも、どうしてこんなに鋭いのか。その観察眼と推察力がシャンテルは羨ましかった。
「それで私の所に入らしたのですか?」
「そうだ」
「私が執務室にいると何故分かったのです?」
シャンテルの問い掛けにアルツールが顎でニックを指す。
「お前の護衛騎士が扉の前に立っていたからな」
「……」
今までは機密書類もあるからと、執務室ではカールを外で待機させていた。護衛騎士を部屋の外に待機させることは、中に守るべき存在がいると周囲に知らせることになるようだ。
今度から貴賓が来客しているときは中で護衛してもらおう。
シャンテルは今回の失敗からそう決めた。
「わざわざ訪ねて頂いて申し訳ないのですが、私はこのあと明日の王国騎士団の入団試験準備がありますので……」
「問題ない。移動しながら話せばいい」
「えっ?」
思わず漏れた声に、アルツールが不機嫌そうに眉を寄せる。
「何だ? 不満か?」
「い、いえっ。そんなことはありません」
図星をつかれたシャンテルは誤魔化すように笑みを浮かべる。
「では、さっさと歩け」
せっかちね。と思いながら、シャンテルは訓練所の方へ足を向ける。
「ところで、アルツール王太子殿下は何時までルベリオ王国に滞在されるおつもりですか?」
なるべく早く帰ってくれると助かるのだけど。と思いを込めながら、シャンテルは尋ねた。
「お前が俺の妻になると頷くまでだ」
「っ!?」
平然と言ってのけるアルツールに驚いて、シャンテルは隣を歩く彼を見た。だが、アルツールは何でもないことのように眉一つ動かさない。顔は進行方向に真っ直ぐ向けられていた。
「申し訳ありませんが、仮に私が現在滞在されている他国の王族の方々から、婚約者を決めるとしても、かなり時間が掛かりますよ?」
大体、何故私がアルツール王太子殿下を選ぶこと前提なの?
シャンテルが心の中でそう付け足すと、アルツールが顎に手を当てながら「なるほど」と呟く。
「長期戦は困る。なるべく早くお前を落とすしかないようだ」
「おっ、落とす!? そんな、お城を攻め落とすみたいな言い方はやめて下さい!」
シャンテルが言えば、「そんなつもりで言ったわけでは無いのだが」と呆れた顔をさ出たれた。
「それはそうと、こちらに滞在されている間、公務はどうなさるのです? 王太子であれば私より多く公務を抱えているのではありませんか?」
「問題ない。弟に任せてある」
「第二王子殿下に?」
「あぁ。どうしても俺の署名や指示が必要なものは、ルベリオ王国に届けてもらうことになっている。恐らく他の奴らも似たような感じだろう」
「そうですか」
「俺が優先すべき最重要事項は、お前をギルシア王国に連れて帰ることだからな。おばあ様がお前の帰国を強く望んでいる。それに、国王陛下と王妃殿下もお前を心配している」
それまで歩いていて、一度も合わなかったアルツールの視線がシャンテルを捉えた。驚いたシャンテルは思わず息を呑む。
「というわけで、そろそろ本題だ」
アルツールがズイッとシャンテルを覗き込んだ。
「お前が望むなら俺は側妃を娶らず、生涯お前だけを愛してやる。だから俺と一緒にギルシアに来い」
告げだアルツールはシャンテルの髪を一房掬って口付けた。
「っ!」
まるで誓いだと言わんばかりの行動だった。頬や唇にキスされたわけでもないのに、シャンテルは顔が熱くなる。
「そ、そんな簡単に言わないで下さい! それに、時が経てばアルツール王太子殿下はそんな約束、きっと忘れますよ」
耐えきれなくてシャンテルは顔を逸らす。だが、アルツールはシャンテルの顎を掴んで、強制的に顔を向き合わさせた。
「なっ、何を……!」
「簡単には言っていない。それに俺は案外一途だ。約束は必ず守る」
「私には、一途なアルツール王太子殿下が想像出来ません……」
失礼を承知で口にすると、少し思考を巡らせたアルツールが口を開く。
「離れて暮らしていたから無理もない。ならば、特別に教えてやろう」
グイッとアルツールがシャンテルを抱き寄せた。シャンテルは「ひゃ!?」と小さく悲鳴を上げる。突然の行動にカールはアルツールを止めようとしたが、アルツールの従者が立ちはだかって、逆に動きを止められた。
「俺はお前に初めて会ったときから、ずっとお前を想っていた」
「……え? えぇっ!?」
幼い頃、最後にアルツールと会ってからハムデアミ公爵家の夜会に彼が現れるまで、二人は一度も顔を合わせることは無かった。にも拘らず、何年も想っていたと言われても信じられる筈がなかった。大体、あの頃は二人ともまだ子供だったのだ。
「あの頃の私と今の私は全然違います。それに、幼い頃会ったきりなのに、そんな風に言われても信じられません」
「一目惚れだったと言ってもか?」
「ひ、一目惚れ!?」
氷のような冷たい瞳をしたアルツール王太子が!?
少々失礼なことを思ったシャンテルだが、そつ思う程には淡々としたアルツールの話し方からは、想像が付かない単語だった。
「それに、俺はルベリオ王国とギルシア王国の国境付近で遠くからお前の姿を何度も見かけている」
「え?」
その言葉にシャンテルは目を見開く。それまでの驚きや戸惑いがサッと引いて、まるで時が止まったような気分だった。
つまり、ルベリオ王国とギルシア王国の小競り合いの指揮を取っていたのは──
「……今までの国境付近での争いは、……全てアルツール王子が指揮されていたのですか?」
キュッと手を強く握り締めて、シャンテルはアルツールを見た。
「そうだ」
短い肯定の言葉にシャンテルの中に怒りが沸き上がった。




