20 もう一人の赤い瞳の持ち主
夜会が終わり、多くの者が寝静まった深夜。その城内に、人目を気にして移動する人影があった。
周囲に誰もいないことを確認すると、シャンテルは物音を立てないように気を付けながら、部屋の隠し通路を通って街へ繰り出す。
フードを目深に被り、暗い道を慣れた足取りで迷わず進んでいく。
市街地へ出て王城からだいぶ離れた場所で、ある邸の敷地を跨いだ。
そこは大きな邸だが、庭は雑草が目立ち、壁もところどころ色が剥がれている。手入れが行き届いていないのは一目瞭然だ。そんな邸の玄関をシャンテルはノックする。
程なくして顔なじみの男性使用人が出てくると、シャンテルはフードを降ろした。少し年を召した使用人は真夜中の客人を確認すると、小さく目を見張った。そうして、全てを察すると「お入り下さい」と声がかけられる。それを聞いてシャンテルは建物に足を踏み入れた。
使用人の後をついて、シャンテルは二階に上がる。そうして一つの部屋の前で止まると、使用人はドアをノックした。
「レオ様、姉君がいらしています」
「入ってもらって」
中から入室を許可するくぐもった声がして、使用人がドアを開けた。
「失礼致します」
室内に足を踏み入れた使用人にシャンテルも続いた。
「姉上、お久しぶりです」
跪いて敬意を払う目の前の少年に、シャンテルは微笑みかける。
「レオ、久しぶりね。そう畏まらないで楽にして。私たちは姉弟なんだから」
告げると、顔を上げた少年が立ち上がる。
彼の名はレオ。没落貴族、ムーカン男爵の子息だ。だが、本来であれば彼はルベリオ王国の第一王子として迎えられる筈だった。シャンテルと同じ赤い瞳を持っていることが、彼の血筋を証明している。
「姉上、どうされたんですか? 今日はお城でパーティーがあった筈では?」
レオの問い掛けにシャンテルは一息ついてから話し出す。
「えぇ。それを踏まえて、もう一度レオに考えて欲しくて来たの。ねぇ、レオ。お城で一緒に暮らしましょう?」
「それは以前お断りしたはずです。そもそも国王陛下がお認めにならないでしょう」
シャンテルの提案に相変わらずレオは首を横に振る。だが、今日のシャンテルはもう一段階踏み込んだ話を口にする。
「お願い。レオには将来、この国の王になって欲しいの」
シャンテルがそう切り出すと、話が長くなりそうだと察した使用人が「一先ずお掛け下さい」とシャンテルとレオに椅子を一脚ずつ用意した。
二人で向かい合って腰掛けると、シャンテルは改めて説得を試みる。
今日の夜会で、国王が新たな王妃を迎えると宣言したこと。そして、国外から招いた王族たちからシャンテルが婚約の話をされたことなど、思い付く全てを支障のない範囲でレオに話した。
さすがに、エドマンドに女王になる提案をされたことは話せなかった。だがそれは、シャンテルやジョアンヌ以外から王を選ぶなら、レオが適任だと判断したからだ。
「姉上、話は分かりました。ですが、私の意志は変わりません」
頑ななレオにシャンテルは尚も食い下がる。
「どうして? レオは間違いなく国王陛下の子よ。赤い瞳を持つ貴方なら、貴族たちも王子として認める。没落しているとはいえ、ムーカン男爵家で育てられたことも考えると、社交界も受け入れてくれるわ」
「それでも、国王陛下は母上と私を城に迎え入れませんでした。……きっと、“お腹の子は私の子ではない!”と、母上と縁を切った手前、認めたくないのでしょう」
レオはシャンテルの異母兄弟だ。
それはジュリエットが亡くなった頃のこと。国王は城を抜け出して、当時愛人だった伯爵家の次女と逢瀬を重ねていた。レオはその伯爵令嬢との間に出来た王子だ。だが伯爵令嬢には別の婚約者がいた。それが当時のムーカン男爵の御子息だったのだ。
令嬢が妊娠を国王に告げると、『それは私の子ではない!』と激怒。それきり、令嬢には会いに来なくなったという。
シャンテルがどうやってレオの存在を知ったかと言うと、毎夜父が何処へ出掛けているのか気になって、その後をつけたからだった。今日使った隠し通路もその時に知ったものの一部だ。
「今のルベリオ王国にはレオが必要なの」
告げると、レオが困ったように眉を顰める。
まだシャンテルとジョアンヌのどちらが次の王になるか分からない。だが、どちらかが今日の夜会をきっかけに婚約した場合、その婚約者の影響を大きく受けることだろう。つまり、他国の王族と婚約すれば、他国の影響を大きく受けるのだ。
そして、国王が王妃として迎えるアンジェラ嬢に子どもができたら、その子が王位を継ぐ可能性もある。しかし、今からだとその子が王位に就くのは何年後になるのか、もっと言えば、子どもが出来るかすら未知数だ。
そこに、国王の血を引くレオが現れれば、事態は大きく変わる。少なくともレオが王子として城に来ることが出きれば、次期国王として王太子の座に就くことになるだろう。そうすれば、他国の干渉を最小限に抑えられるとシャンテルは考えた。
だが、シャンテルがレオを王にすることを諦められないのと同じように、レオの意思も堅かった。
「ごめんなさい姉上。私は母上を見捨てられません。私が城へ行けば母上はまた独りぼっちだ。これ以上、辛い思いをさせたくないんです」
弟の悲痛な表情にシャンテルはそれ以上何も言えなくなる。レオの戸籍上の父、ムーカン男爵は三年前に事故で亡くなっていた。
分かっていたけれど、弟を困らせてしまったわ。
シャンテルが視線を下げると、レオの優しい声が響いてくる。
「今日までルベリオ王国を支えてきたのは姉上です。姉上だって赤い瞳なんですから、次の王にふさわしいのは姉上です」
六つも年下の弟は、励ますように姉に語りかける。
「ですが、その件で姉上が辛い思いをされているのであれば、その時は全て忘れて姉上自身のための人生を歩んで下さい」
シャンテルは驚いて「えっ?」と顔を上げる。
「姉上は今まで一人で頑張っていらっしゃいました。それを投げ出しても、誰も文句は言えません。姉上に全てを押し付けてきたのですから、そのツケが回ってきたのだと、受け入れてもらいましょう」
レオはそう言って笑った。
彼の言葉の意味は、“シャンテルが王女としての生活に耐えられなくなった時は、国を見捨てて良い”と。そういう意味だった。
ここまでお読み下さりありがとうございます!
徐々にブックマークも増え、嬉しく思います!
さて、婚約者候補が出揃いましたので、夜会の日を区切りに、ここまでを1章とさせていただきます。
誰がシャンテルの心を掴むか? など、予想しながらお楽しみ下さい。
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