2 迎えに来た敵国の王太子
「軽く、ですか?」
シャンテルがそれまでとは違う雰囲気を纏う。その様子にマーティンが「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。
「そこまで仰るなら、私と剣で勝負しますか? そうすれば、私が決して軽い気持ちで誓いを口にしたわけではないと認めますか? マーティン様も貴族令息ですし、剣術は嗜んでいますよね?」
シャンテルから放たれる言葉に、マーティンは怯んだ。何故ならシャンテルは第二騎士団団長として、実戦経験があるからだ。
「はっ、はははっ……。わ、私を挑発してもムダです! 貴女はそうやって、自分の鬱憤を晴らしたいだけだ!!」
マーティンの顔はひきつっていた。おおよそ、剣術でシャンテルに敵う実力がない自覚はあるらしい。
「そう思うなら試してみてはいかがです?」
「やはり、ギルシアの血を引く王女は野蛮ですね! 直ぐ荒事を起こそうとする」
シャンテルが挑発すると、マーティンはシャンテルの出自に関する話題で話を逸らそうとする。周囲もそれに同調して彼女を嘲笑った。シャンテルがそれにうんざりしていると、楽しそうな声がその場に響いた。
「随分楽しそうだな? 俺も混ぜてくれるか?」
背後からしたその声をシャンテルは何故か懐かしく感じた。だが、声の主に心当たりがない。
後ろを振り返ると、そこにいたのはこの国では珍しいシャンテルとお揃いの銀髪に、氷のように冷たいコバルトブルーの瞳を持つ青年だった。シャンテルの記憶にある、幼い頃の面影と少し前に肖像画で見た姿が青年と一致する。
「なっ!? まさか、アルツール王太子殿下!?」
シャンテルの声に周囲も驚きの声を上げる。
アルツールは令嬢たちが色めき立ちそうなほど美しい顔立ちをしていた。それなのに、どこか威圧的な存在感を持っている。そして、シャンデリアの光を浴びてキラキラと輝く銀髪に人々は確信する。
「間違いない! ギルシア王国のアルツール王太子殿下だ!!」
「どうして彼が今日の夜会に!?」
「国賓を招く王家主催の夜会はまだ二週間も先だろう!?」
「ギルシア王国の王子が入国したとは聞いていないぞ!」
それはシャンテルも聞いていないことだった。
今度開かれる王家主催の夜会は、シャンテルとジョアンヌの婚約者を探すためのものだ。将来、この国の王配になるかもしれない人物を探すべく、国内だけでなく、近隣諸国からも王族や貴族を招待している。
ギルシア王国の一行が、予定より早く国境に近付いている報告は受けていた。だが、まさかもう入国 していたとは、予想外だった。それも、ギルシア王国の王太子が来るなんて想像もしていなかった。
夜会の趣旨を考えると、ギルシア王国の次期国王であるアルツールより、第二王子の方が適任だろう。
だが、シャンテルの目の前にはアルツールがいる。しかも、ここは公爵家の屋敷だ。他国の王族とはいえ、招待も無しに入るのは如何なものだろうか。
「シャンテル、昔みたいにアルツールと呼んで良いぞ」
「……何故、アルツール王太子殿下がこちらに?」
アルツールの提案を無視してシャンテルが問いかける。すると、彼はニッと唇に弧を描いた。
「お前を迎えに来た。そうしたら、随分と楽しそうな会話が聞こえて邪魔したくなった」
そう言ったアルツールはシャンテルの手を掬い上げると、手の甲に軽く口付けた。その行動に「なっ!?」とシャンテルは固まる。そんな彼女を横目に、アルツールはマーティンを睨み付けた。
「そこのお前、随分と好き勝手言ってくれていたな? ギルシアの血を引く王女は野蛮だと?」
見えない圧がマーティンを襲う。だが、覚悟を決めたマーティンは勢いに乗せて口を開く。
「あぁ! そうさ!! 先の戦争でルベリオ王国の人々が大勢死んだのだからな! 当たり前だろう!?」
「それは、ギルシア王国も同じだ。その理屈だと、ギルシアではルベリオの血を引く奴らが野蛮ということになるが?」
「それはギルシア王国がルベリオ王国に攻撃したからだろう!?」
マーティンの言葉にアルツールがスッと目を眇る。
「何を当たり前のことを言っている? それが戦争だ」
「っ!?」
マーティンが言葉に詰まる。だが、アルツールは構わず言葉を続ける。
「平和ボケした坊っちゃんには、戦争がどんなものかという話は難しかったか? まぁ兎に角だ。シャンテルは連れて行く。これ以上、お前たちのような奴の相手をさせたくないからな」
告げると、アルツールが握ったままだったシャンテルの手を引く。
「行くぞ」
「え?」
シャンテルの肩を引き寄せたアルツールは、踵を返してホールの出口に向かう。
「あ、ちょっと! 離してください!!」
「いいから、行くぞ」
半ば強引に連れられて、シャンテルは公爵邸のホールを後にした。




